第二話 復讐の誓い
「…………父さん!!」
ボク、エルピスは、約半年ぶりに帰ってきた我が家である魔王城の頂上に広がる惨状を前に、絶望した。
だがその事態を理解するよりも早く、ボクは引き裂かれた父さんの身体の元へと駆け寄っていた。
父さんの体は二つに裂かれ、紫色の血が床一帯を染め上げ、勇者カイアスの首無しの遺体がその傍らに転がっている。暗雲が渦巻く空の下で、ボクは震える手で父さんの顔に触れた。冷たさが、指先から心臓まで染み渡る。
「父さん……どうして……。俺、楽しみにしてたんだよ。父さんの顔をまた見れるのを……。なのに、なんで……」
ボクは幼子のようなか細い声を絞り出し、涙ながらに父さんに言葉を添えた。
やはり、やはりただの胸騒ぎじゃなかったんだ。
……魔王の息子として生まれたボクは、人間で言う十五の歳を迎えた時に父さんにこう告げられた。
「エルピスよ。我らが魔王軍はいずれ領土を拡大し、すぐにでも人の地へと、さらなる進軍を開始するだろう。だからお前には伏兵となってもらう」
「伏兵?」
「ああ、エルピスの好きなスパイのようなものさ。人の姿をしたモンスターはそう多くない。だから、今のうちから一人の人間として、人間達と共に生活を歩むのだ。そして来るべき時が来たら、我ら魔王軍に情報を与え、人間どもを攪乱させる。それが伏兵だ」
「うぇーかっくいー! いいの? ボクがそんな役目担っちゃって」
「ふっ、自分を誰だと思っているんだ。魔王の息子だぞ。十分すぎるくらいだ。それに、その為にお前を魔王軍に所属させなかったのだからな」
「ふーん、わかった。やるよ、その伏兵の役目」
「ああ、頼んだぞ。準備しておけ。いつ何が起きてもいいようにな」
純粋な当時のボクは、言葉の意味をそのまま受け取り、魔王軍と勇者の戦いに加わらず、あのすぐ後から人として人間の生活に溶け込むようになった。
だが、その時など来なかった。数時間程前、嫌な胸騒ぎがしたボクは、確信などなかったが魔王城へと向かうことにしたのだ。
そして目の当たりにしたのが、この惨状。
父さんは始めから、こうなることが分かっていたんだ。魔王軍は負けると。
今になってようやく、父さんの言葉の意味が分かった。いつ魔王軍の進行が始まってもいいようにということじゃない。いつ、魔王が討たれてもいいように、一人で人と共に暮らせるようにしておけと、そういう意味だったんだ。
周囲を見回す。魔王の玉座は崩れ、勇者たちの足跡が残る。ボクは父の顔を撫で、微笑みが残る口元に気づいた。この微笑みはきっと、ボクに向けられたものなのだろう。
「父さん……」
ボクは涙を堪えきれず、地面に額を擦りつけた。
「父さん、俺……どうしたらいい? 勇者たちは去ったけど、俺は……俺は……」
分かっていた。自分がどうするべきなのかは。けれど、それを理解したくはない。
そこで視線が、カイアスの遺体に移った。首のない体から、剣が抜かれている。もぬけの殻のように横たわる、父さんの仇。
怒りが、悲しみを塗り替える。瞳が炎に覆われたように熱くなり、黒翼のマークが入ったブレスレットが光を放った。それは父さんから受け継いだ力の証。代々に渡り受け継いだ魔王の血が、体の底から憤怒し湧き上がっていくのを感じる。
涙は、とうに消えていた。
「父さん……ボク、決めたよ。これからどうするか」
ボクは立ち上がり、魔王城の頂上から、遠くの地平線を見つめる。勇者一行は今、勝利の余韻に浸りながら帰路についているはずだ。だが、勇者共はまだ知らない。父の死は終わりではなく、新たな始まりだということを。
「魔王軍に入る。まだ、ボクたちは負けてなんかない。必ず、勇者どもをぶっ殺して仇を討つよ。……父さんの願いとは少し、違うかもだけど」
ボクは、渦巻く前髪を払い、勇者カイアスの首元へと足を運ぶ。人の街で暮らしている時から思っていたが、皮肉にも、ボクとカイアスの顔や体型は酷似していた。
……ちょうどいい。
顔を知っているのは勇者一行のリーダーを務めていたカイアスのみだが、他四人も名前だけなら知っている。
アリンデ、ニアーナ、フレイン、レギウス……カイアスの居ない今は恐らく、副リーダーであるアリンデがチームを率いているのだろう。
ボクは深淵を見つめ微笑んだ。やってやろうじゃないか。伏兵だと言うのなら伏兵らしく、内から輪を乱し、やり遂げてやろう。
復讐を。
ボクは、カイアスの頭部を雑に持ち上げ、そのまま魔王城の闇に溶け込むように姿を消した。金色のブレスレットの、かすかな光だけを残して。
一方、勇者一行は魔王城を離れ、森の道を進んでいた。アリンデはカイアスの剣を握りしめ、無言で歩く。仲間たちも、言葉少なに続く。だが、フレインがふと振り返った。
「今一瞬、魔王の気配が……」
アリンデは首を振り、「気のせいよ」と答えたが、心の奥で、同じ予感を抱いていた。勇者の旅は終わったはずなのに、新たな影が忍び寄る予感。
けれど、そう願うしかなかった。
そうでなければ、一体何のためにカイアスが命を捧げたのか、分からなくなってしまうから。
フレインは立ち止まって誰も残らないはずの魔王城を見つめていたが、歩みを止めないアリンデ達に連れられてすぐに歩を進めることにした。
物語は再び動き出す。これから待つのが惨劇か、それ以外かは未知数だが、いずれにしても、平和は遠のくばかりだ。
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