第一話 終局
勇者と称えられる少年少女達一行、その統率者であるカイアスはたった今、魔王の手によって葬られた。
「カイ……アス?」
冒険譚の最終盤となるエリア、彼らの倒すべき魔王の居る魔王城の頂上にて、カイアスはその人生に幕を下ろしたのである。
「……は、ハハハ、やったぞ勇者共。いくら強固たる絆と力を有していたとしても、タダでやられる我ではない。しっかりと頂いたぞ、その勇者カイアスの首」
空を覆う暗雲によって光の届かないこの魔王城だが、一粒の涙のように輝くそれだけは嫌でも目に見えていた。
地を這うようにして溢れ出る大量の血液、そして首から上を綺麗に撥ねられ飛んでいったカイアスの頭部……誰が見ても、死を連想してしまう。
「……れ……おのれ魔王! 殺してやる! いますぐに!」
瞬間、決死の表情を見せた副リーダー、いや、敢えてこう称した方がいいかもしれない。カイアスの恋人であったアリンデは、勇者の肩書きに似合わぬ雄叫びをあげ、剣を振るいあげた。
それに続き、ニアーナ、レギウス、フレインの三人も魔法陣を形成し、各々が得意とする属性の魔法を放つ準備をし始める。
勇者らは、アイコンタクトもせずに同じ思考を巡らせていた。いや、カイアスがやられたことに対しての反射のような感覚で、それをやってのけようとしていた。
魔王討伐の為、そして勇者らが歩んできた道の証を記す為、編み出した彼ら彼女らだけの必殺技。
「「「旅路の剣!!」」」
本来であればニアーナの風魔法、レギウスの炎魔法、フレインの氷魔法をカイアスとアリンデの剣に纏わせ、アリンデの雷属性を付与した剣とカイアスの土属性を付与した剣で挟み撃ちにすることによって衝撃波を生む技である。
だがカイアスのいない今、この技は未完成であり、決して完成することのない不完の技となった。しかし、それでもアリンデらはこの剣を振るった。
自らの旅路を記すため、カイアスと共に歩むため。
魔王は、それに抗う様子も見せず、ただ自身が討たれるのを待っていた。当然であった。魔王も勇者ら同様に瀕死であり、カイアスの首を刈り取った一撃も、残りの力を全て振り絞った結果だったのだから。
闇に輝く剣の閃光は、魔王の胴体を肩から腰へと真っ二つに切り裂き、瞬間紫色の血液が噴水の如く吹き出し始める。
双方、理由は違えど叫びたい思いを堪え、最後の瞬間を目に、体に焼き付けた。魔王はその地に倒れ込み、アリンデは魔王に背を向け、仲間の元へと歩き出す。
そう、カイアスの元へと。
魔王討伐の達成感をも凌駕する、決して埋まることのない悲しみを抱きながら、アリンデはカイアスの頬を撫でた。
「終わったよ、カイアス……カイアス……。なんで、なんで先にいってしまったの……。私、まだあなたと生きたかったのに……こうなるならいっそのこと私が……!」
そこまで言いかけて、アリンデの肩をニアーナが触れた。アリンデと同じくして女勇者、立場は違えど同じ女として、同じく旅を共にした仲間として、伝えるべきことがあると彼女は思った。
アリンデと同じようにして涙を流しながら、ニアーナは首を横に振った。その意味を理解し、アリンデは言いかけた言葉を飲み込む。
そして、アリンデはぐしゃぐしゃに崩れた自身の顔を叩き、涙を拭い、気を持ち直した。きっと彼ならこれを望むだろうと思い。
アリンデは、カイアスに最後の言葉を添えた。
「ごめん、今までありがとう」
アリンデは立ち上がり、ニアーナを始めとした仲間らに向けて言葉を紡ぐ。
「……帰ろう」
アリンデのこの言葉を最後に、この戦いは幕を閉じることとなった。
帰り際、アリンデは首の無いカイアスの胴体の前で立ち止まると、形見の意味も込めて鞘ごと剣を抜き取った。
きっとこうすれば、カイアスはアリンデらと共にまだ道を歩めると信じて。
魔王は、そんな様子をずっと見つめていた。だが、実際にその目で眺めていた訳ではない。アリンデの攻撃を受け、死にゆく精神の最中、所謂魂としてぼんやりとその光景を見つめていたのだ。
魔王の心には、後悔や不安こそあれど、絶望はなかった。その証拠に、アリンデらは気がつかなかったが、倒れ込む魔王の口元は微笑んでいたのだ。
それは決して悪の大魔王を象徴する笑いなどではなく、希望を込めた微笑み、一人の生命としての微笑みだった。
勇者一行は、今回の旅で魔王を始めとする魔王軍に所属するモンスターを全て討伐している。しかし唯一、魔王と血の関係を持ちながらも魔王軍所属ではなかったモンスターについては例外である。
それは一体誰か。そう、魔王にとってたった一人の息子、エルピスであった。
魔王は、消えゆく命の灯火の中、勝利を確信する。
「エルピス、幸せに生きてくれよ」
それは魔王としての言葉ではなく、一人の親としての言葉であり、それに深い意味などなかった。ただ本心から、エルピスの幸せを願っていた。
魔王は、子を守るという親としての責務を果たし終えたのだ。
数時間ほどが経過した後、誰もいなくなり、勇者カイアスと魔王の骸のみが残る魔王城に一人の人影が現れた。いや、人の形をしたモンスターの影と言った方が正しいだろう。
毒々しい赤と紫が入り交じった、渦巻くような前髪に、真紅の瞳、黒翼のマークが印されている父から貰った金色のブレスレット。それは、エルピスに他ならなかった。
「…………父さん!!」
ここまで読んでくださりありがとうございます!
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