第9話 災厄
《放浪者》――。
この生命体がどこでどうして生まれたのか起源はまったくといっていいほどわかっていないが、地球に現れたその瞬間だけは人類の記憶に焼きついている。《終末の目覚め》と呼ばれるその日、2069年1月11日。地球をかすめて飛び去ると予測されていたヴィルト彗星が突如として内部崩壊し、破片の一部が軌道を変えてアメリカ合衆国ニューメキシコ州ホワイトサンズに落下した。その日を境に人類の繁栄は終わりを告げる。
ヴィルト彗星の落下によって巻き上げられた塵は成層圏まで達し、世界中を覆い尽くした。太陽光は遮られて平均気温は2度も下がり、農作物の不作によって世界は慢性的な食糧危機に陥る。だが、それも後に続く悲劇のほんの一部でしかない。
時を同じくして世界に蔓延したアクセラレーション・ウイルスに世界の人口の半分が感染し、そして亡くなっていった。ウイルスが人間の細胞分裂を加速させる症状を引き起こしたのだ。感染者は急激な成長を遂げ、そして急激に老いていく。数年と経たぬ内に大人は老衰で死に、子供たちは大人へと成長した。
しかし、見た目は大人に成長しても中身は知識と経験に乏しい子供のままだ。見た目通りの生産性は求められなかった。感染者は生き急ぐように十年も経たずに次々と亡くなっていく。細胞分裂が加速される原因はようとして知れなかったが、老化のメカニズムは明らかとなっていた。細胞分裂の度に染色体の末端にあるテロメアが失われているからだ。
世界中の研究者たちが協力して研究を重ねた結果、テロメアの減少を補うテロメラーゼの再活性化によって感染者の急激な老化を抑制することに成功した。人類はアクセラレーション・ウイルスの脅威から逃れたのだ。
そうして人類が新たな一歩を踏み出そうとした時、それは出現した。ホワイトサンズにあるヴィルト彗星の落下地点を含むアメリカ南西部一帯はウイルスの蔓延が特にひどく、《終末の目覚め》が起こって以来、立ち入り禁止区域となっていた。人の住まなくなったその地から人類の敵となる存在、《放浪者》たちが現れたのだ。
外見からもわかる通り彼らは人に寄生して生きている。寄生された人々が自我を保っているのかどうかは定かではないが、これまでの事例から統一された意志の下に行動しているようだ。彼らが人類の前に現れて最初に行ったことは略取誘拐と支配地域の拡大だった。
《放浪者》は捕らえた人々に寄生して数を増やした。そしてアメリカ軍が保有していた人型機動兵器を始めとした兵器を操り、疲弊した人類に対して攻撃を仕掛けてきたのだ。彼らの手にアメリカという国自体が丸々落ちるまでそう長い時間はかからなかった。世界中がアクセラレーション・ウイルスの災禍から抜け出せておらず、他国に干渉する余裕などなかったからだ。
《放浪者》の目的は明らかだった。種の繁栄だ。それは宣戦布告が行われなくとも地球の支配権を巡って人類と戦う意志を露わにしたこととなる。超大国であったアメリカが彼らの支配下に置かれたことで、新たな脅威を再認識した世界各国はようやく足並みを揃え始めた。
すでに世界中はウイルスの被害によって人口密集地以外の生存圏を放棄していた。過疎地にまでワクチンを届ける余裕が残されていなかったからだ。国という概念を捨てて緩やかに世界政府の体制に移行していった。人類はそのまま各都市をハイブと呼ばれる防塞都市として機能させる。
ハイブでは人類の存続が可能となるように管理者と呼ばれるAIに全ての統治機構が託された。管理者は効率を優先し、あらゆる倫理的な制限や禁忌を排除した。新たな秩序の確立に戸惑う人々も多かったが、時間がそれを解決する。人はどんな状況にも慣れる生き物なのだ。
最も大きく変化したのは生殖に関する事柄だ。恋愛から婚姻、出産、育児とこれまで子供を育てるには両親が多くのコストを支払ってきた。もちろん子供たちを産み育てることは大きな意義がある。しかし、個人で背負うには重過ぎるコストに膨れ上がっていたことも確かだ。
管理者はそこにメスを入れた。恋愛は制限されないまま自由が保障されている。肉体的な接触も双方の合意があれば問題ない。だが、その一方でクレジットによる生殖権も解放した。好きな異性、同性からDNAの提供を受けて子を成せる権利だ。
異性であれば精子と卵子を、同性であれば互いの生殖細胞から受精卵が作られた。いわゆるデザイナーズチャイルドだ。受精卵は人工子宮の中で育つ。女性はついに妊娠、出産から解放された。
そうして生まれた子供たちは二歳までの間、養成施設で育てられる。この時期、五感から得られる情報は《書き込み》を凌駕し、脳の発育を促進すると言われていた。培養カプセルに放り込まず、わざわざ手間暇かけて育てることにはそうした意味がある。
その後、三年間を培養カプセルの中で眠り、肉体年齢で八歳となった子供たちは再び養成施設に集められて二年間の集団生活を送ることになる。同じ年代の子供たちや親代わりともいえる職員たちとの接触によって情緒や社会性を獲得するためだ。そして、また三年間の眠りにつくのだった。
人は生殖活動を行って子を次世代に残すが、そこに妊娠や出産、育児は存在しない。すでに家族制度は意味をなさなくなり、血縁関係はDNAの提供を示すだけとなった。それでも血を残すことは《書き込み》によって最優先事項として管理者から与えられた目的だ。魂に刻まれているといっていい。二十歳に満たない平均寿命しかない、この世界では短い命でさえも無駄にはできなかった。人々は今でも心の奥底から魂の片割れを探し続けている。そしてその足跡を残したいと願うのだ。自分が生きた証として。
《放浪者》との戦いに勝利し、人類を存続させるためには質と量を伴った戦力を整えなければならない。管理者は徹底した適者生存を統治に組み込んだ。人は生まれながらにして兵士となる。そのための知識は《書き込み》によって与えられていた。そして任務の中でクレジットを稼ぐ。稼げない兵士は廃棄処分となり、稼げる兵士は生殖権を得てDNAを残した。世代を重ねるごとに、より優秀な兵士が生まれることになるだろう。
しかし、兵士以外で身を立てるものもいないわけではない。ほとんどの労働力がドローンでまかなわれていたとしても人が就かなければならない仕事も僅かに残っていた。それはほんの一握りの者が通ることのできる狭き門だ。毎年多くの者が兵士という血生臭い職業から逃れるために試験に挑み、そしてほとんどの者が兵士を続ける羽目になる。運良く転職できた者も、その地位を失わないために必死でしがみつかなければならない。そうして人の世界は驚異的な生産性を誇っていた。
また、管理者の統治から外れる人もいた。人権を認められないが市民権を持つ人の庇護下に入れば生きることはできる。そうした例外的なゆらぎでさえも多様性を維持するためには必要なことだと、管理者から認められていた。
ただし、新しい文化を創造するような余裕は失われ、旧文明のアーカイブをサルベージして楽しむ程度にとどまっている。それでも戦いの日々に憩いを与えるアーカイブは密かな愉しみとして根強く息づいていた。
こうして歪な社会でありながらも戦時下の一時的な対処ということで認められてきたAIによる統治ももう100年の時が過ぎ、すでに当時のことを覚えている者はいない。人類はただ管理者に率いられて戦い続けていた。
《放浪者》を倒すその日まで――。




