第8話 敵対
高機動攻撃型の自暴自棄ともいえる行動に一瞬だけ思考が空白になった。左腕ならまだしも、右腕はアサルトライフルを握ったままだ。これで敵の武装は左手の高周波ブレード一本。だが、勝てる算段があるからこそ敵は繋がれた糸を切ったはずだ。
その時、身体に電流が走ったような感覚を覚える。これまで何度もクルスの命を救ってきた第六感が自分の身に迫る危機的状況を知らせてくれた。右腕が絡みついたワイヤーアンカーを切り離し、ブーストを吹かしながら地面を蹴って後方に跳んだ。
「バトバヤル、離れろ! 何か仕掛けてくるぞ」
『チッ、まだ何か隠し持ってやがるのかよ』
高機動攻撃型は地面に伏せると、背中に装着された槍状のドローンを展開した。翅、そうとしか表現できない形状だ。扇方に開いたそれは四方に撃ち出されると、空中で花弁のような翼を開いて地面に突き刺さる。まるで風で舞うタンポポの綿毛のように。
先端を地面の中に潜り込ませたドローンは幻想的な見た目とは裏腹に凶暴な顔をのぞかせた。ドローンによるネットワークがエリア内に形成され、センサーが感知した敵の情報を共有する。死角はもはや存在しない。常に有利な位置から攻撃することが可能だ。逆に攻撃を受けると、地面に潜ってやり過ごす。攻守共に厄介な相手だった。
ドローンから20mm機関砲による十字砲火の洗礼を浴びる。回避行動を取りながら標的を探すが、敵はもう地面の中だ。その間にも別のドローンから絶え間ない砲弾の雨が降り注ぐ。ここは罠の内側。敵の領域だ。逃げの一手で攻撃をかわし続ける。
「クロイツェル、敵の攻撃パターンを読めないか?」
《死角となる範囲を絞れば可能ですが、この草原では難しいでしょう》
「ドローンに有効な攻撃方法は?」
《位置が特定できれば、地中でも杭打ち機が有効です》
「それって攻撃している暇はあるの?」
《攻撃中に撃墜される可能性が高いと言わざるを得ません》
「もっと現実的なプランを提示してくれよ」
《カスタマイズの時点でこちらの不利は確定的ですが》
クルスは苦虫を噛み潰したような表情を返す。その行為をクロイツェルが理解しているとは思わないが、それでもパイロットのモチベーションを著しく下げる言動に対して不満を訴えたかったのだ。言葉にしない辺りで小心者とそしられても仕方ない。
「フィエーダ、こちらの援護はできないか?」
『現在、ロリポリと交戦中です。ここを抜かれると、そちらに増援が向かいますよ』
「くそっ、了解だ!」
『おうおう、万策尽きたってとこだな』
一蓮托生にも拘らず、バトバヤルの飄々とした態度は変わらない。どこか自分の命も仲間の命もギャンブルのチップ程度にしか考えていないのではないかとの不安がよぎった。それでも無様に取り乱したりしないところは仲間として頼もしい限りだ。
「僕は諦めの悪い男でね。援護を頼む」
『マジかよ。逃げときゃ生き残れるってのによ』
「挟撃を防ぐのが目的だろ?」
『これだけ騒いでるんだ。もう本隊も気付いてるはずだぜ』
バトバヤルの指摘はもっともだ。エリアを制圧するドローンに移動機能は備わっていない。わざわざ罠の中に足を踏み入れなければ、高機動攻撃型の攻撃手段は極端に制限されている。生き残るためには逃げた方が正解だった。
しかし、装甲戦車型が合流すれば、本隊の後方に簡易的な陣地が形成される。ドローンに守られたエリアから安全にミサイルで攻撃が可能だ。今の内につぶしておく必要があった。
クロイツェルが地面を蹴ってドローンネットワークの中に飛び込んだ。すぐさま迎撃態勢が構築されて銃弾が襲いかかる。ブーストを小刻みに吹かし、ショートジャンプを繰り返した。機体は銃撃を避けながら不規則な軌道を描く。
その時、迎撃のために地上に顔を出したドローンが突如として爆発した。バトバヤルからの援護射撃だ。調子の悪い左腕を抱えてあれだけ精確な射撃をよくもやる。今度は自分がおごる番かと口の端を歪めた。
右に左に軌道を変えながらも目指す場所は決まっていた。地面にスライディングで滑り込み、目的の物を拾い上げる。それは逃亡の際に邪魔になると、切り離したワイヤーの先。もう一方には高機動攻撃型の右腕が絡みついているはずだ。
ワイヤーを片手に速度を上げた。張られた糸が地上に頭を出したドローンたちを次々になぎ倒す。高みの見物だった高機動攻撃型がしびれを切らしたように動き出した。高速で間合いを詰めると、高周波ブレードを横薙ぎに振るう。居合い斬りのような鋭い一閃が空間を断ち切った。切り札とも言うべき必殺の一撃。その斬撃をクルスは機体の上体を反らし、すんでのところでかわした。そのままテンションのかかったワイヤーに身を任せ、ブーストを吹かして弧を描く。
すぐさま高機動攻撃型も後を追うが、先に飛び出したクロイツェルの方が一歩早かった。ワイヤーの先、斬り落とされた右腕が握っていたアサルトライフルを手にする。バトンのようにくるりと回転させて構えた時には敵はもう目の前だった。腐っても標準規格だ。鹵獲した武器だろうが問題なく使える。
クロイツェルは追いかけてきた敵に銃撃をお見舞いした。ろくな狙いもつけずにばら撒いた弾丸だったが、その内の一発が高機動攻撃型の左肩を撃ち抜いた。かなりのスピードで迫っていた敵の機体は障害物をかすめたようにバランスを崩して錐揉み状態となる。もはや自らの力では進行方向をコントロールできないでいた。
ふうっと短く息を吐いたクルスは心を落ち着かせて狙いを定める。一発、二発、三発。銃口から飛び出した銃弾が機体を食い破った。高機動攻撃型は勢いを失った独楽のように地面に倒れ込んだ。親機が撃墜されて命令系統を失ったドローンたちも一斉に休眠状態へと移行する。
「クロイツェル、敵の反応は?」
《敵は完全に沈黙。予想外の結果でした》
「少しは応援してくれてもいいんじゃないか? 僕が負けたらキミも終わりだぞ」
《応援することで勝率が上がる要因があるなら、もちろんそうしますが》
「気持ちの問題だよ。今度からは無駄だと思ってもやってくれ」
《クルスからの命令とあらば、善処いたしましょう》
「頼んだよ、クロイツェル」
AIとの不毛な会話に戦闘以上の疲れを感じたクルスはため息をついてシートの背もたれに身体を預けた。手を組んで頭の上に伸ばし背筋を反らす。思った以上に身体が強張っていた。強敵と呼んでも差し支えないだろう。ひとりで戦っていたなら完全に負けていた。何が勝敗を分けたのか。それは一握りの幸運がこちら側の天秤に載っただけかもしれない。ディスプレイには地面に横たわる高機動攻撃型が映し出されていた。機体の胸部を銃弾が貫いている。コックピットの中を赤く染める血の海がかいま見えた。
好奇心に負けたクルスは銃口の先で破壊された装甲をはぎ取る。パイロットの姿が見えた。左腕が失われているが、両腕に両足、顔にはふたつの目と鼻、口。その姿は人類とほぼ変わらない。黒い肌に黒髪は彼の出自が黒人だったことを示していた。
しかし、人類と大きく異なる部分もある。淡く光る神秘的な文様が顔に浮かび上がっていた。それは身体の全体を覆うように描かれているとの情報が共有されている。そしてもうひとつ。頭の上には光る輪が浮かんでいた。そうまさしく天使の輪だ。以前に捕らえられた敵兵を検査した結果では、脳内にある未知の器官が作り出す脳波が空間を歪ませて光を反射しているとのことだった。
人類の敵である彼らはこう呼ばれている。
《放浪者》と――。




