第10話 帰還
クルスたちの働きにより、挟撃を免れた本隊は余力を持って敵と戦って勝利した。アルファチームの帰還率は9割近い。敵部隊と遭遇し、挟撃されそうになるイレギュラーなイベントがあったにしては、例年と比べてもかなり高いのではないか。そんな考えを巡らせていたところブラボーチームが無傷で帰還した。どうやら初出撃の帰還率は新兵たちに無謀な行動を取らせないため、かなり低い値に改竄されて公表されているようだ。だが、それを知ったところで、初戦闘を経験した今となっては怒りなど湧きようがなかった。
『よくぞ帰還した。キミたちの任務はこれで終了だ。任務達成の報酬はそれぞれの口座に振り込まれている。後で確認しておいてくれ。短い間だったが、お客様扱いはこれで終了となる。次からは自分たちで自由に任務を選んでもらって構わない。だが、全て自己責任となることを覚えておいて欲しい。では、つかの間の休息を楽しみたまえ。以上だ』
アシュリー隊長から任務完了の通信が入り、新兵は一様に緊張感から解放された。クルスもシートに身体を預けてしばらく放心状態だった。今になって思えば、かなり無謀な行動に仲間たちを巻き込んでいた。その時、その場での判断は正しいと思っていたことも、余裕ができて振り返ってみると、相当に追い詰められていたのだと頭を抱えたくなる。さっさと部屋に帰り、シャワーを浴びてベッドへ潜り込みたい気分だった。
格納庫へ向かうと整備ドローンに機体を預ける。整備費に燃料代、弾薬の補充など諸経費は自動で引き落とされるはずだ。機体に大きな損傷がなくて良かった。口座にはまだ最初に支給された支度金が残っているが、二機目となればカツカツなのは想像に難くない。なるべく今の機体を大切に使おうと、もう一度だけ心に誓った。
左手首を突き出してホロディスプレイを映した。口座に入っているクレジットを確認する。浮かび上がった金額は――。
「5620万!?」
金額がおかしい。出撃前に確認した時は2000万を少し上回る程度だったはずだ。すぐに入金履歴に目を通す。任務達成で500万、敵機撃墜で2400万、特別ボーナスで500万となっていた。かなり高額の報酬をもらったようだ。その金額に今更ながら震えがきた。
「よう、エース様じゃねえか。今日は稼がせてもらったぜ!」
「今日は助けてもらってありがとうございました。私もなんとか生きて行けそうです」
目の前に現れた男女二人組は通信で聞いた声からすると、バトバヤルとフィエーダだろう。顔を合わせるのは初めてだった。バトバヤルは短く切られた黒髪に好奇心旺盛な黒い瞳をしている。頭ひとつ分だけ低い背丈に体つきもまだ成長段階で華奢だが、猫のようなしなやかさと素早さを感じさせる。フィエーダは亜麻色の髪を肩で切り揃え、目鼻立ちのハッキリした顔をしている。話し方から想像した生真面目さよりも幾分、派手さが目についた。
「いや、こちらこそ助かったよ。あの、その……、無理に突き合わせて悪かった」
「ったくこっちは三人だっていうのに別動隊を相手にしようなんて気でも狂ったかと思ったぜ」
「バトバヤルくん、挟撃されていたら本隊の被害はもっとひどかったと思いますよ」
「長距離通信が妨害されてんのは仕方ねえけど、信号弾なら知らせることもできただろ」
今回のケースでは結果的に上手くいっただけで、バトバヤルの意見が正しい。クルスたちは無茶をして戦う必要はなかった。常に成功率の高い行動を選択しなければ、多くの味方を巻き込んで早晩にでも自滅してしまうだろう。
「あれは僕の判断ミスだったよ。本当にごめん」
「その通りだぞ、クルス・A91!」
まなじりを吊り上げてこちらへ歩いてくるヴァレリア。つかつかと規則正しい足音は静かな怒りを感じさせた。突然、頬に衝撃を受けて身体が吹き飛んだ。床の冷たさを感じて殴られたことに気付く。拳を振り抜いたばかりの彼女の冷たい瞳が見下ろしていた。
「クルス、貴様の上げた戦果によって多くの仲間が救われた。それには礼を言おう。しかし、勇敢さと無謀をはき違えてもらっては困る。お前は自分の迂闊な判断で自分の命だけでなく、その二人の命も奪うところだったのだ」
「それは……、その通りです。申し訳ありませんでした」
「それだけか?」
「はい、心配をおかけしました」
かがみ込んだヴァレリアは胸元を掴んで無理矢理引きずり起こした。真正面から鋭い眼光を浴びてクルスの膝は力なく崩れ折れている。これから蛇に捕食されようとする蛙のようだ。
「私は言ったはずだぞ。初出撃は生き残ることを考えろと。それがなんだこの有様は。誰かにカッコいいところでも見せようとしたのか? そこの可愛い女にでも」
「い、いえ、そういうわけでは」
「そういうわけでなければ、どういうわけであんな無茶をした?」
「本隊を助けたい一心で……、ヴァレリアがいると思って」
「フンッ、私がそんなに頼りなく見えたか? 新兵に助けを求めるくらいに」
何を言っても火に油を注ぐだけだった。ヴァレリアの怒りは燃え盛る炎が渦を巻いて勢いを増すようにクルスの言葉に反応する。抑えの効かない感情がほとばしり、彼女自身でもコントロールできないようだ。こうなってはひたすら頭を低くして嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
「キミの言う通りだ。心配かけてごめん。もう、二度と無茶なことはしないよ」
「口では何とでも言える。それにこの機体だ!」
「クロイツェルが、僕の機体がどうかしたの?」
どうやらヴァレリアの心中で渦巻く熱量は水を浴びせたぐらいでは収まらず、新しい燃料を見つけて飛び火した。胸元を掴まれて激しく揺さぶられる。息苦しさから逃れようと、彼女の右腕を掴んだが、それはあまりにも弱々しい抵抗だった。
「クルスは慎重な男だと思っていたが、どうやら思い違いのようだな」
「ぐっ、何を……、言ってるんです?」
「装甲を剥いで軽量化したあんな機体など、弾が一発でも当たればお陀仏だなんだぞ!」
「信頼性と性能を選択しただけです。限られた予算の中で僕に最適な機体だと思ったんだ」
「アルミ缶みたいな装甲が、その答えか?!」
「ヴァレリア、あなたは言ったはずだ。間違っても遠回りしても自分で決めることが大切だと、これはその答えです」
身体を振り回されながらもヴァレリアの目をじっと見つめ続けた。心臓の鼓動まで聞こえてきそうな近さだ。怒りの炎が急速にしぼんでいくのを感じる。瞳に宿っていた熱は、今や頬を赤く染めていた。
「ヴァレリア隊長、私たちはクルスに助けられました。彼に独断専行の疑いがあるなら決して自分の功績のためではないと証言します」
遅まきながらフィエーダからの援護射撃が行われた。ヴァレリアの剣幕に呆然自失となっていた周りの二人もようやく再起動したのだ。恩人とも言えるクルスに処分が下っては寝覚めも悪かろう。
「お前、フィエーダ・C11だったな?」
「は、はい、そうですが」
ヴァレリアはクルスの胸倉を力任せに引き寄せると、唇と唇を合わせた。勢いが付き過ぎて彼女の歯で唇を切り、流れ出した血で口の中は鉄の味がする。彼女の長い睫毛は強気な行動と裏腹にはかなげに揺れていた。息苦しくなったのか彼女は唇を離すと、新鮮な空気を肺に流し込んだ。
「コイツは私の男だ。手を出すな!」
「えっ、は、はい。了解しました」
「帰るぞ、クルス!」
唖然とする二人を残してヴァレリアに引っ張られるままにその場を後にした。バトバヤルの呟くような声が耳に届く。
「アイツ、そっち方面でもエースかよ……」




