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ブレイクデイズ ~世界の終わりに僕たちは生きる~  作者: Jint
第1章 足跡は赤く染まる

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第11話 後戯


 心地よいまどろみの中からゆっくりと覚醒した。目を開けると二段ベッドの底板が見える。兵士たちの部屋は備え付けの家具と共に貸し与えられるが、このベッドも多くの人が使ったのだろう。たわいもない落書きが所狭しと書かれていた。仲間や上官への恨み言、寂しくなってきた懐事情への不安、そしていつの世も尽きない性への探究心だ。


 傍らで身じろぎを感じて思わず身体を固くした。右腕には包み込まれるような体温を感じる。白磁のような滑らかな肌。低反発のクッションより柔らかで心地よい膨らみ。安らかな寝息を立てているヴァレリアは一糸纏わぬ姿を惜しげもなく晒していた。


 言い訳できる状況ではない。彼女に誘われるがままに性欲に負けてしまったのだ。初戦闘の興奮が過ぎ去って幾分、冴えを取り戻した頭は主体性もなく、ただ流されるままの自分自身に腹を立てていた。いや、自分を罰するのは後回しだ。先ずは彼女のことを考える必要がある。


 二度目の目覚め(イニシエーション)の直後にヴァレリアと出会ってまだ一週間と経っていない。彼女はクルスのことを以前から知っていて好意を抱いていてくれたようだが、正直なところ全く心当たりがない。何せ目覚めるまでの記憶を失っているのだから。


 しかし、真っ直ぐに好意を向けられて悪い気分はしない。ましてや相手は可愛い女の子だ。いや、可愛いだけじゃなかったが。それでも好かれていれば、少しでも好意を返したくなる。まだ、愛しているとか恋しているとか言える段階ではなかったが。


 それだけに一足飛びで関係を進めてしまった自分の節操のなさには呆れ返った。この時代の倫理観に照らし合わせれば、特に問題のない行為ではあるが、浮ついた気持ちで身体を重ねたのなら胸を張って言えることではない。たとえ両者の合意があったとしても。


 何か彼女に報いたいという気持ちはある。それが愛だとか恋だとかから湧き上がった感情でないこと確かだ。それだけに自分が薄汚れた存在のように感じた。一途で純粋な彼女の好意に付け込んでいるのではないかと考えると反吐が出る。


 とにかく彼女に何か行為で報いなくてはならない。そんなことを考えながらふと隣に視線を移すと、透き通るような緑の瞳がこちらを見つめていた。眉間に皺をよせていたクルスと比べ、彼女は嬉しそうに顔をほころばしている。


「どうしたの? 難しい顔をして」

「あ、いや、これからのことを考えていたんだ」

「そうね。私、クルスの子供が欲しいわ」


 そういってくすくすと笑うヴァレリアを見て頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。こういう行為をしているのだ。当然、彼女の目的はそうだろう。快楽を得るためだと言われる方が衝撃的なはずなのに、千々に乱れた心はなかなか立ち直れなかった。


「ああ、うん、子供か。キミの子供なら可愛いだろうな」

「クルスに似ても当然、可愛いわよ。受精していれば、卵子はしばらく凍結保存ね」

「凍結保存?」

「だって、まだ生殖権を買えるほど余裕もないでしょう」


 生殖権を購入して子供を残せるようになるまで女性は卵子を凍結保存する。どこかの誰かが生殖権を行使してDNAを求めた場合も卵子はそこから提供された。男性なら話はもっと簡単だ。希望があれば、その時々で精子を提供すればいい。


「生殖権って高いんじゃないの?」

「5億クレジットね。貯められない金額ってわけじゃないわ」

「5億か……、今の僕にはとてつもない金額だ」

「あら、クルスも協力してくれるの? それなら半分で済むじゃない」


 ヴァレリアはひとりで生殖権を購入して子供を残すつもりだったようだ。期待されていないのか元々そういうものなのか判断に迷う。どちらにせよ彼女だけに任せっ放しにするつもりはなかった。クローンを生み出すわけではないのだ。半分だけでも支払いを背負う覚悟はある。


「僕の子供でもあるんだ。協力するのは当たり前だよ」

「そうやってカッコつけようとするところ、私は好きよ」

「別にそういうわけじゃ」

「そんなに気にしなくてもいいって、クルスとの子供は私の夢だったんだから」

「気にしないわけにはいかないよ。キミ、ひとりに頼りっきりだなんて」

「でも、現実問題として今は稼げるようになるのが先決でしょ」


 痛いところを突かれた。初出撃で景気良く稼げたからといって何もかも状況が好転するわけではない。打席に入れば、いつでもヒットを飛ばせるような十割打者はいないのだ。継続して報酬を稼げるように任務の達成率を上げつつ、保険をかけてクレジットを貯蓄するしかない。昇進すれば、もっと高額の報酬を稼げる任務にも就くことができるだろう。


「ヴァレリアの言う通りだけれど、諦めたわけじゃない。これから少しずつ頑張るよ」

「はいはい、期待しないで待っているわ。それはともかく勝手に死んだりしたら怒るからね」

「死にたがっているわけじゃないさ」

「機体のことはクルスの考えを尊重するけど無茶はしないで。生まれてきた子供に顔ぐらいは見せて欲しいんだから」


 クルスは親の顔を見たことがなかった。もしかすると赤ん坊の頃に会ったのかもしれないが記憶に残っていない。今でも記録を調べれば、彼らのこともわかるだろう。そうしない理由は八割方すでに亡くなっているからだ。顔も知らない親のことを調べて結局のところ死んでいましたでは報われないではないか。基本的に血縁関係はDNAの提供者以上の意味はなかった。育ててもらったわけでもない彼らに親愛の情を持てといっても無理がある。


 だからといって生まれてくる子供の顔を見たくないわけでもない。自分の血を分けた後継者。血縁関係にDNAの提供者以上の意味はないといっても親の側からは一方通行の愛があった。子供の顔を見たいと思う気持ちに嘘はない。


「信じてくれないかもしれないけど、僕だって子供の顔は見たいんだ」

「それじゃ、パパにも頑張ってもらわないとね」

「はは……、ははは、任しておいて」


 何故か乾いた笑いが出た。水切りの石のように水面に着いて波紋が生まれた時にはもう先に跳んでいる。周囲の状況が変化するスピードについていけるだろうかと不安になった。むしろこういう時の対処法を《書き込み(ライティング)》で教えておくべきじゃないかと管理者(ブリギット)に対して理不尽な怒りを覚える。


「今日は休みなんだし、ゆっくり楽しもうよ。クルスもしっかり稼いだんでしょう?」

「お陰様で、仲間にも助けられたからね」

「まさかあんな装備で出撃しているなんて思わなかったわ。アドバイスを聞いてハンドガンは持っていたみたいだけれど」


 クルスには機体をカスタマイズについて自分なりの信念があった。それはバトバヤルやフィエーダとて同じだろう。二度目の目覚め(イニシエーション)から一週間、出会った人々は異なる性格で考え方もまちまちだ。たかが四年間程度しかない外での生活でこれほどの差異が生まれるのだろうか。《書き込み(ライティング)》は同じ知識を皆に与えているのだろうか。管理者(ブリギット)の求める多様性を保持するためのゆらぎはどこまで認められているのだろうか。疑問は次々に浮かび上がって尽きることはなかった。


「また、難しい顔をしてる」

「ゴメン、何だか色々と頭に浮かんで」

「今は忘れて楽しもうよ。ねえ、いいでしょう?」


 ヴァレリアに抱き着かれて唇を塞がれる。昨日のような荒々しさはない優しい接触だった。彼女は経験から学習して身に着けるまでの間が驚くほど早い。細長い舌が口内を蹂躙して鋭敏になった感覚に刺激を与えた。脳内に痺れるような電気信号が走る。


「うふふ、ご馳走様。気持ち良かった?」


 クルスの心理的な障壁など一度の接触で薄いガラスのように粉々に砕け散った。あとはもう成すがままだ。最初から捕食者が誰だったのかをクルスは思い出した。







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