第12話 再会
数日後、部隊全体に新たな任務が提示された。達成報酬は1000万クレジット。なかなか高額な報酬だ。それだけにかなり困難が伴うことも想像に難くない。前線に建設中の敵基地を完成する前に叩くことが今回の任務の目標だった。敵は防衛戦のための力を十分に揃えてくることだろう。
「よお、エース! 初出撃以来じゃねえか」
「また一緒に戦えますね。……ヴァレリア隊長の許しがあればですが」
ブリーフィングには見知った二人、バトバヤルとフィエーダの姿もあった。懐に余裕がない限り新兵の参加はほとんど強制と言っていい。何もせずにハイブに閉じこもっていては早晩、クレジットが尽きることは目に見えている。馬車馬のように働かなければ、兵士に待っているのは廃棄処分の運命だ。
「ああ、まあ、ヴァレリアは大丈夫じゃないかな」
この休みは随分と爛れた日々を送った。起きて食べる以外のほとんどの時間をヴァレリアと二人で過ごしたのだ。今朝の彼女は十分過ぎるほど満足して満ち足りていた。しばらくは何かちょっかいをかけてくるようなことはないだろう。
「それなら俺たちで組んで戦おうぜ。お前と一緒なら稼げそうだしな」
「クルスくんなら安心して前を任せられます」
「なんだ、俺じゃ安心できねえって言いたいのかよ」
「自分の胸に手を当てて聞いてみてはどうですか? あなたに良心が残っているならですが」
「かーっ、出たとこ勝負のギャンブラーに言われたかねえな」
「誰がですか!? あなたみたいに虚勢を張ってリスクを避けるのは性に合わないんです」
バトバヤルとフィエーダは睨み合った。水と油の二人だが意外に息が合っている。四の五の言わずにくっついてしまえと心の中でぼやいた。そうすればヴァレリアからの圧力ももう少しかわし易くなるだろう。世界に平和が訪れるのだ。
「まあまあ、僕は二人に背中を預けられると信頼しているんだから一緒に頑張ろうよ」
「……お前って見境なく口説くよな」
「そうでした。クルスくんはそういう人でした」
その場を収めようとしたら攻撃の矛先が変わった。この辺りの切り替えの早さは仲間として買っているのだが、多勢に無勢ではどうにも旗色が悪かった。どうしてここまで貶められねばならないのか。解せぬ。
「ちょっと待って誤解だよ。別に誰にでもそんな態度をしているわけじゃないから」
「そうやって隊長のことも落としたのかよ?」
「あれは恋する乙女の目でしたよ。やらしいですね」
恋する乙女の目って視線で血を凍らせたり、身体を石のように強張らせたりするような力があるのだろうか。周囲との認識の齟齬をすり合わせるべきか悩ましいところだ。どう考えても信頼度ではヴァレリアの方に軍配が上がる。沈黙は金というわけか。
「あまりクルスをいじめるな。私の大切なパートナーなんだからな」
「ヴァレリア隊長!? はい、彼には指一本触れていません」
「ふむ、フィエーダだったか。お前は自分の立場をきちんと理解している。偉いぞ」
「はっ、もちろんであります」
「もちろん俺もクルスとは、良い仲間でありたいと願っています」
ふらりとその場に現れたヴァレリアに対して、フィエーダは直立不動の姿勢で敬礼をする。それを見たバトバヤルも慌てて追随した。どちらにつくかは明白な状況だ。権威に尻尾を振るのは兵士の魂に刻まれた最上位命令なのだろうか。
とはいえ子供の喧嘩に親が出てきたようなものだ。決まりが悪くて二人の顔をまともに見ることができなかった。戦闘以外で自分はこれほど無力なのかと思わず天を仰ぎたくなる。早く戦いに身を置きたいと、これほど強く願ったことはなかった。
「アイツ、またこっちを見ている」
吐き捨てるようなヴァレリアの声が耳を打った。視線の先には黒ずくめパイロットスーツに身を包む長身痩躯の男。ターオルングだ。獲物を狙うような鋭い目つきでこちらを見ていた。背中に冷たい汗が流れ落ちる。じとっとしたなんとも言えない気持ちの悪い感触だ。しばらくして彼はふっと口元を歪めて視線を外すと、踵を返して立ち去った。
「ああ、もう、おぞましいわね。あの死んだ魚のような目。鳥肌が立つわ」
「なんだか暗い雰囲気の人ですね」
「死神ターオルングだろ? 俺たちの世代じゃ、一番の出世頭だ。これまでの任務での功績は頭ひとつ飛び抜けている。正真正銘のエースってヤツだな」
「ヴァレリア隊長、負けないでくださいね」
「私だってあんなヤツに負けるとは思っていないわよ」
ヴァレリアのターオルングに対する態度は褒められたものじゃない。これまで任務に支障がなかったので問題になっていないのだろうが、仲間であるはずの兵士同士で確執があることはひとつ間違えば死につながる事柄だ。どこかで是正する必要があるだろう。だが、疑問に思うところもある。彼女は自分の感情を素直に表に出すが、理不尽な怒りをぶつける質ではない。理不尽な怒りをぶつける質ではないはずだ。理不尽な怒りをぶつける質ではないよね?
「ヴァレリア、ターオルングと何かあったのかい?」
「アイツのことは口にもしたくない」
「何かあったんだね……」
「言いたくないと言っているの」
ヴァレリアのかたくなな態度を見ていると、無理に聞き出すのもはばかられた。彼女が率先して任務に支障が出るような行動をすることはないだろう。第三者が首を突っ込んだところで解決するとも思えず、クルスはそのまま問題を先送りにした。
隊長であるヴァレリアは部隊の指揮もあってクルスたちと同行できない。言いたいことだけ言って彼女はさっさと立ち去った。残された三人は顔を見合わせて苦笑を浮かべるしかない。初出撃以来なんとなくつるんでしまったが、これもなにかの縁なのだろう。話し合った結果、そのまま分隊のようにまとまって行動することにした。
人類軍は大きな枠組みで部隊単位に分かれてはいるが、兵士たちはそれぞれが傭兵のように独立して行動している。上官からの命令は絶対だが、目的に沿ってさえいれば細かな現場での判断は兵士に委ねられていた。ともすればそれぞれが好き勝手に動いて自滅することにもなりかねない。だが、部隊を有機的に運用するために新兵であっても高い作戦実行能力が備わっていた。一定水準まで新兵を育成するためのノウハウは《書き込み》によってすでに実現されている。
「あのう、ちょっとよろしいですか?」
「ん? 僕たちに何か用?」
「はい、実は……、私も同行者を探していまして。一緒に連れて行ってもらえないかと」
腰をかがめて話しかけないと、こちらを仰ぎ見て首を痛めそうなほど小さな女の子だ。この部隊には同じ年代の兵士しかいないはずだが、彼女は頭ふたつ分低い。腰まで伸びた艶やかな黒髪、大きく黒目がちの瞳。まるで人形のような可愛らしい少女だった。
「ヒョウカ・D10と申します」
「ヒョウカって、あのヒョウカか……」
「知り合いなのか? バトバヤル」
礼儀正しく頭を下げるヒョウカに対してバトバヤルの顔は苦虫を噛み潰したように歪んだ。初対面にしては遠慮がない。彼女はそれを見て困ったように笑顔を浮かべた。こういう反応に慣れているのかもしれない。
「ターオルングと逆の意味で有名だ。出来損ないの愛玩人形。そうだったよな、ヒョウカ?」
「あはは、これは困りましたね。随分と悪い噂が流れているようで」
害のなさそうな笑顔を振りまく少女は首を傾げてあざとくしなを作った。




