第13話 契約
ヒョウカという少女はある意味で規格外だった。同じ年代とは思えないほど未成熟な身体は標準規格の枠外だ。操縦ひとつとってもシートに座ると、フットペダルにさえ足が届かない。兵士として任に就いた時からハンデを背負っていた。本来であれば個々の能力に適した職業を選べるのだろうが、生憎とこの時代にそんな自由は存在なかった。
「お願いします。私、何でもしますから。斥候だって囮役だって任せてください」
ヒョウカが必死に頭を下げる姿を見ると何とも言えない気持ちになる。いくら多様性を保持するためのゆらぎといっても限度がある。それぞれの個性が伸ばせる時代ならともかく最初の職業が兵士しかないのでは活かせる能力も限られていた。人間もある程度は規格の枠内に収めないと、こうした悲劇しか生まないではないか。
「ねえ、同行ぐらならいいいんじゃない。私たちだって数が多い方が助かるでしょう?」
「甘えな、フィエーダ。足手まといを連れて行けるほど、俺たちゃ余裕があるわけじゃねえぞ」
「足りないところを補い合うためにみんなで組んだんじゃない」
「コイツに補ってもらうとこなんて、何もねえから言っているんじゃねえか」
バトバヤルとフィエーダは鼻息荒く角突き合わせてにらみ合った。バトバヤルの言っていることはもっともなものだ。前回は運よく少し稼げた。今回も同じ幸運が舞い込むとは限らない。他人の事情を抱え込めるほどの経験もなければ、クレジットの余裕もなかった。
「ヒョウカ、正直に答えてくれないか。キミは何ができる?」
「……質問の意図がよくわからないんですけど」
「一緒に組むなら役割分担は必要だろう? 僕はキミのことをよく知らないんだ」
ヒョウカは半分、諦めたように短いため息をついた。どうせまな板の鯉だ。どうとでも料理すればいいと半ばやけになっている感がある。それでも眉間に皺を寄せてクルスの質問に答え始めた。
「接近戦は無理です。瞬時の判断で機体を操ることに難があります。中距離も苦手です。回避行動をスムーズに行えません。遠距離はマシです。わりと手先は器用ですから。しかし、私の機体はどノーマルのアジムで、武装はアサルトライフル一挺しかありません」
クルスは頭を抱えたくなった。あまりにもぶっちゃけ過ぎだ。正直が美徳とされるのは状況次第でしかない。ほとんど何もできることがない彼女を同行者に選ぶお人好しはいないだろう。いたとしてもよっぽどの変わり者だ。だが、彼女の自己評価は悪くない。自分ができることを明確に把握しているのは加点対象だ。
「いいよ。僕がスナイパーライフルを貸そう。フィエーダを盾にして支援してくれればいい」
「えっ、本当に!? 嬉しい。ありがとう、クルス!」
「クルス、お前……、その性格、さっさと直さねえと、痛い目に遭うぜ」
「何も憐れんで手を貸しているつもりはないよ。戦力になるアテがあるんだ」
「その差し出した手を別のヤツに向ければ、もっと楽に生きられるだろうよ」
バトバヤルは苛ついた様子で明後日の方向を向いた。心が整理できるまでしばらく話したくないのだろう。それでも最終的には提案を飲むと思っていた。結局、彼の好意に甘えているのかもしれない。
「あのう。私、スナイパーライフルの弾を購入するクレジットが……」
「わかっているよ。弾も100発分、購入して渡すから安心して」
「凄い、お金持ちなんですね。尊敬します!」
黄色い声を出してヒョウカはクルスに飛びついた。身長差からお腹辺りに顔を埋めている。何だかくすぐったいような感覚が気恥ずかしく頭をかきながら周りを見回す。呆れた顔をしたバトバヤルと目が合った。
「クルス、悪りいことは言わねえ。きちんと貸借契約を結んでおけよ」
「そうだね。ヒョウカ、構わないかい?」
「は……はい、そうですね。必要ですよね、契約」
八割ほど元気を失ったヒョウカは諦めたように左手首を差し出した。左手首に埋め込まれた端末を合わせてリンクを繋ぐ。クルスはホロディスプレイに表示された注意喚起の一文を見て驚いた。
「所持金マイナス5000万クレジット?!」
「あー、こりゃ、いろんなヤツからつまんでいやがるな」
「どういうことなんだ、ヒョウカ?」
「それは、その……、前回の出撃で機体を失いまして」
「それで借金をしてこの機体を購入したのか」
「ソウイウコトデス」
どおりで安い機体に最低限の武装しかなかったはずだ。どこからクレジットを調達したのか知らないが、この状況はかなりマズイ。先に貸借契約を結んだ方に優先権がある。借金を整理しなければ、これから貸すクレジットは返ってこないだろう。つまり5000万クレジットをヒョウカに稼がせる必要がある。
「これは、無理だ……」
「なっ、俺が言った通りじゃねえか」
「貸してくれるって約束してくれたじゃないですか。喜ばせておいて梯子を外すなんて酷い」
「それは悪かったけど、こんなに借金があるなんて言ってなかったじゃないか」
「あなたは何ができるかと聞かれました。私はそれに真摯に答えたはずです」
ここでクルスたちに同行を断られれば、ヒョウカが稼げる可能性はかなり低くなる。今から他のグループを探すにしても時間が足りない。袖を掴む手にも力が入ろうというものだ。瞳を潤ませて視線を外さないあたり手慣れている。
「クルスくん、私も半分クレジットを出しますから何とかなりませんか?」
「キミは弾薬や燃料費がかなりかかるだろう。大丈夫なのか、フィエーダ?」
「結構、稼がせてもらいましたからね。私はなんとかなりますよ」
「はっ、ここは甘ちゃんばっかだな。この先が心配になるぜ」
「あなたは口しか出していないんだから関係ないでしょう」
「信用ってのは一朝一夕ではできねえんだ。まっ、一回、痛い目に遭えばいいんじゃねえの」
客観的に見れば、クルスとフィエーダの行動は慎重さを欠いているのは明らかだ。口は悪いがバトバヤルは二人のことを心配して耳障りなことを言ってくれている。その気持ちは嬉しいものだった。
「わかった。僕が全額出そう。フィエーダは自分の機体に使ってくれ」
「そう、クルスくんが決めたことなら従うわ」
「ということは私を受け入れてくれるの。ありがとう!」
「ただし、指示には従ってもらうからね」
「わかっているわ。一緒に連れて行ってくれるなら、私は従順なあなたの僕よ」
クルスの両手を掴んで上目遣いで弾んだ声を上げる。ヴァレリアに吸い取られていなければ勘違いしたかもしれないが、今のクルスは修行僧のように穏やかな心を持っていた。優し気な笑顔をヒョウカに向けて頭を撫でる。
「コイツ、絶対にわかっていやがらねえ」
「そうでした。クルスくんはそういう人でした」
「なんだか前途多難ですね」
誰のせいでこんな事態になったのかと問い詰めたい気持ちになった。クルスの心が風のない湖面のように凪いでなければ、たまらず反論しただろう。だが、今のクルスは満たされている。前向きに建設的な話し合いをするべきだ。
「そんなことはないさ。僕たちが力を合わせれば何だってできる。さあ、一緒に考えよう」
「頭、沸いてんじゃねえの? ああ、やだやだ、卒業したての万能感ってヤツは」
「ちょっと変なものでも憑いているんじゃないですか?」
「本当に私、ここに入って正解だったのかな」
仲間たちから向けられる生暖かい目に違和感を覚えた。何故か浮いているような気がしないでもない。だが、自分がやっていることはこれから必要なことだ。みんなの呆れる顔をよそにクルスは胸を張った。




