第14話 変節
ヒョウカが二度目の目覚めを終えた時、施設の職員から大人の仲間入りだと告げられ、ひどく混乱したことを覚えている。培養カプセルの中で目覚めて真っ先に目に映った自分の身体が成熟しているとは言い難かったからだ。規格を逸脱する小さな身体は彼女の人生に暗い影を落とした。
兵士たちの価値は戦力として高いかどうかだ。それ以外の存在理由は戦闘で生き残ってからしか顧みられることはない。ヒョウカは戦力としてほとんどゼロというハンデを背負って生きなければならなかった。
それでもヒョウカは諦めなかった。心の中には生きたいという気持ちが溢れていたからだ。それは《書き込み》で植え付けられた偽りのモチベーションかもしれない。だが、それを区別することなどできなかった。生きる目的はすでにヒョウカを構成する一部となっていたからだ。
とにかく少しでも長く生き残るために頭を働かせた。フットペダルまで足が届かないのなら補助器具を自作した。リーチが短いのなら操縦桿の感度を上げた。やれることは何でも試してみた。身体にハンデはあったとしても、知性まで後れをとったつもりはない。
そうして導き出した答えが重装甲と高火力を両立した支援型機体だ。移動に重きを置かず、味方を支援する判断力で敵と戦う。そうしたコンセプトで機体をカスタマイズした。所持金を全て使い果たしたことも後悔はしていない。その時はそう信じていた。
ヒョウカの選択は間違っていない。彼女の持っている能力を最大限に活かすなら正解に近いと言っていいだろう。問題は支援する仲間がいなかったことだ。彼女が戦力としてあてにならないことはすでに知れ渡っていた。一緒に組もうとする者が皆無だったのも当然の結果だ。
初出撃は散々な結果に終わった。高火力で弾幕を張ってもひとりでは敵の物量に抗しきれず、機体に損傷を受けた。だが、機体を修理する余裕はどこにもない。ヒョウカが兵士として存在価値を証明するために弾薬は欠かすことのできない出費だ。生命線と言っていいだろう。次の出撃には右腕の動かない機体で参加した。出撃を繰り返す度に故障個所は増えていく。戦果を上げることはほとんどなくなり、稼ぎは雀の涙となった。彼女は逃れようのない悪循環に陥る。だが、それも長くは続かない。ついに虎の子の機体が撃墜され、彼女は何もかも失った。
命以外の何もかもを。
この世界に生まれてきたことをヒョウカは嘆いてはいない。生まれながらのハンデを理不尽だと思っても、生まれなければ良かったとは思えなかった。結局、彼女にできることは足掻くしかないのだ。生き残るための覚悟を決めて可能性にすがるだけだ。
救いの手は特殊性癖の男から差し伸べられた。最低限の機体と武装を整えるためのクレジットを貸してくれるとの提案だ。一も二もなく申し出に飛びついた。そうするしか残された道はない。たとえ条件が生殖権と引き換えだったとしても。
そうしてヒョウカは自分の価値を知った。人形のように整った顔立ちと未成熟な身体つきが一部の男たちにどう映るかを。たかが冷凍保存した卵子を提供するだけだ。それで兵士として生き残れるなら忌避感はない。兵士として戦えずに廃棄処分になることだけを恐れていた。
案外、ヒョウカのように真っ先に淘汰されてもおかしくないDNAが生き残っているのも、こうした男たちによって命脈を永らえてきたのかもしれない。性癖は死んでも治らないのかと考えると暗い笑いが込み上げてくる。
一先ず命をつなぐ水は得られた。地道ではあっても少しずつ借金を返していけばいい。今となっては、そんな風に安穏としていた自分を殴ってやりたくなる。所持金をほとんど全てつぎ込んだ高性能の機体から量産型にまで落ちたのだ。以前よりも稼ぐためのハードルは上がっている。それに輪をかけるように救いの手が醜悪な本性を露わにした。
彼らはひとつの噂を流した。ヒョウカは足手まといで一緒に組んだ仲間は生還できないと。量産機に乗った彼女が戦力として役に立つかはギリギリの線だ。だが、仲間の足を引っ張ったことはない。何せ一緒に組んだ仲間がいないのだから。信じ易い嘘の中にひと摘みの嘘を入れ込む。単純な手ではあったが、効果は劇的だ。彼女は部隊の中で孤立し、単独での出撃を余儀なくされた。
結果は火を見るよりも明らかだろう。機体は敵の攻撃を受けて全損。ヒョウカが無事に生還したこと自体が奇跡といっていいかもしれない。いや、それさえも彼らの手の内だった。彼女から距離を置いて監視し、撃墜される寸でのところで助けに入ったのだから。
こうしてヒョウカは後へも先へも行けない状況に陥った。周りに助けてくれる仲間はいない。彼女にももう自分を絡め取ろうとするからくりはわかっていた。それでももがけばもがくほど糸は絡みついて自身を縛るのだ。彼らはまた貸借契約を提案してきた。今度は肉体的な接触による生殖権が条件として設定されている。正直、自分の卵子が試験管で受精しようが、体内で受精しようがどうでも良かったが、相手の男の下卑た笑みを見ていると思わず頭に血が上って断固として拒否したくなった。
「あなたの申し出は受けられません。もう放っておいてくれませんか!」
「だってよ、トウミ。あーあ、フラれちまったなあ」
「タイン、少し黙っていてくれませんか。ヒョウカさん、この提案を受けないとあなたは廃棄処分になるんですよ!」
「それで廃棄処分になるなら、それでも構いません」
「ぎゃはは、お前に抱かれるよりも廃棄処分になることを選んだぜ、この女」
「くそっ、これだから生身の女は、純真さ……まで……、だから……なんだ。どう……」
トウミ・16Fは親指の爪を齧りながらぶつぶつと小声で呟いた。彼の異常な執着にタイン・BB4も肩をすくめて苦笑を浮かべている。だが、獲物が少し噛みついたからといって諦めるような輩ではなかった。三人の男たちの中で比較的に冷静な態度のツカサ・A8Cは揶揄うように話しかける。
「ヒョウカ、あなたは廃棄処分になった者がどうなるのか本当にわかっているのですか?」
「死ぬのでしょう? 理解しているわ」
「いいや、あなたはわかっていない」
「なら、どうなるっていうの、ツカサ?!」
「自分の意思では死ねなくなるのですよ。あなたの身体は細切れにされて様々な部品となる。そして今は茹だっているその脳も例外ではありませんよ」
管理者から廃棄処分の詳細は公表されていない。それでもいくつかの噂は流れていた。ハイブからの追放、薬品による安楽死、食品への加工、奴隷として強制労働との噂までまことしやかに囁かれていた。生きることを諦めるのは苦痛だ。だが、生きているとは言えない自由が失われた生に縛り付けられるのはもっと苦痛だ。それが終わりのない悪夢だとすれば、この世界は地獄でしかない。
ツカサの告げた真実は頭に血が上ったヒョウカの顔を青くする程度には効果があった。足が震えるのを止められず、その場にぺたりと座り込んだ。この恐怖から逃れることができるならなんだってするだろう。たとえ悪魔に魂を売っても。
「ちょっと活きのいい新人たちがいるんですよ」
「えっ、それに何の関係が?」
「あなたが彼らに同行してあるポイントまで誘い出してくれませんか?」
「どうするつもりなの?」
「少し痛い目に遭ってもらうだけです。調子に乗っている新人へのお灸みたいなものですよ」
「そんなこと、私はできな……」
「ああ、ヒョウカぁ!? あれも嫌、これも嫌じゃあ廃棄処分になるしかねえよなあ?」
「待って、待って、タイン。わかったわ。その新人たちを連れて行けばいいんでしょう?」
「そうだ。素直にオレたちの命令に従えば、命までは取らねえって、安心しろ」
タインの言葉は何ひとつ安心感を与えなかったが、覚悟を決めるにはいいタイミグだった。この世界では適者生存が全ての根幹となっている。それならば自分自身が生き残るために精々、彼らを利用すればいい。ヒョウカは仮面を被った。これから自分の心を知る者は自分だけだ。




