第15話 浸透
出撃準備を終えた機体から使い捨ての飛行ユニットを背負い、電磁式カタパルトから次々に射出されていく。このまま低空を飛行し、地対空地雷を避けて作戦区域まで侵入する算段だ。分散した部隊は敵の警戒網を掻い潜り、集結ポイントまで移動する。最終的には敵基地に接近したところで輸送した地中貫通爆弾をお見舞いすれば任務達成となる。
作戦の目的を悟られないために敵の目を欺き、分散して進攻する。実際のところは作戦の要となる爆弾を運搬する本隊以外は体のいい囮でしかない。人的資源を軽視する上層部の作戦は大抵こうなのだから、兵士たちは自分が貧乏くじを引かないように賢く立ち回る必要があった。
《システム起動。パイロットとの同調を確認――。機体は全て正常》
「クロイツェル、今回もよろしく頼むよ」
《もちろんです。あなたが無茶をしようとも最後までサポートするのが私の役目ですから》
「なんだか言葉に棘があるように感じるなあ」
AIに対して会話の機微を推し量ったところで仕方がないのだが、ただのプログラムされた反応だとしてもクルスはどこか人間らしさを感じてしまう。昔の日本には長い年月を経た道具には魂が宿るという信仰があったというが、こうして会話しているとそうした信仰が生まれた理由がわからなくもない。そんなたわいもないことを考えていると管制室から通信が入った。
『何をのんびりしている。後ろが詰まっているぞ。さっさと出撃しろ!』
「は、はい。クルス・A91、出撃します!」
クルスは慌てて機体の腰を落として衝撃に備える。シグナルはとっくに緑だ。手元のタッチパネルを操作してカタパルトを起動した。シートの背に押し潰されるような強い重力を感じた後、ふわりと身体が浮き上がる。視界には一面、雲ひとつない青空が映し出された。このままどこまでも飛んでいけたなら広大な海を一跨ぎして隣の大陸にもたどり着けるかもしれない。そんな妄想は飛行ユニットから翼が展開して機体が安定すると同時に萎んでいった。携帯式の飛行ユニットはいわゆるグライダーのようなものだ。推進力となるものは付いていない。飛び出した瞬間からゆっくりと落ちていく運命だ。機体の軌跡は彼の気持ちと同じ曲線を描いた。
レーダーが複数の感を捉えた。どうやら仲間たちも問題なく後ろをついてきているようだ。フィエーダの重量級の機体が飛行ユニットで飛べるのかと不安に思っていたが、単なる杞憂に過ぎなかった。炭素繊維とカーボンナノチューブを組み合わせた炭素繊維複合材料で作られた翼は高弾性率と耐衝撃性を両立している。50t近い重量を支えてもびくともしていない。
「ヒョウカ、本当にこのルートは警戒が手薄なのか?」
『はい、ここ最近の偵察でも、そう報告が上がっています』
『それにしちゃ、同じルートを選んでいるヤツらがいなくねえか?』
『それだけ敵に発見される危険性も少ないじゃないですか? ねえ、ヒョウカ』
『ええ、他の人たちは報告書なんて気にしていないのかも、しれませんね?』
山間を流れる小川沿いのルートは待ち伏せが容易な危険性の高い地形だ。他の者たちが忌避したとしても不思議ではない。それだけに敵の警戒が薄いという理由も頷けなくはなかった。飛行ユニットを切り離した機体はバーニアを吹かせて静かに地上に降り立った。後ろをついてきていた仲間たちも次々に降りてくる。
「クロイツェル、周囲の索敵を」
《周囲500に敵影はありませんが、地形が入り組んでいて全てを感知できません》
「厄介だな。何か異常があれば、すぐに教えてくれ」
《了解しました。あなたも気を抜かないでください》
「わかっているよ。ったくうるさいなあ」
シートに深く沈み込んだクルスはふうっと息を吐いた。両親の記憶があるわけではないが、アーカイブから知った想像上の人物はこんな感じなのかもしれない。少しの鬱陶しさと確かな絆の両方を感じる存在。クロイツェルからはそんな匂いがした。
『どうですか、クルスさん。敵は?』
「今のところ敵影は見えない。どうやらキミの情報は確からしい」
『ええっ、まだ信用してくれていなかったんですか?』
「いや、そういうわけじゃないけど……」
『クルスくんは慎重なだけよ。ヒョウカも気にしないで』
『はい、気にしません。そういうことにしておきます』
クルスの微妙な反応にも拘らずヒョウカの返事は明るかった。根拠のない疑念だけで彼女を執拗に責めているようで若干きまりが悪い。色々と問題を抱えているが、彼女自身がこれまで不誠実な行動をとったわけでもない。色眼鏡で見ることは止めようと改めて心に誓う。どちらにしても戦闘になれば、信頼とまではいかなくても協力しなければ互いに生き残れないのだ。
「それにしても静かだ。他のルートから外れているからかな?」
『ああ、何かあっても味方の救援は間に合わねえだろう』
『無茶はなしでいきましょう。危険であれば撤退も視野に入れないと』
『命令違反の罰金はちょいと痛いが、まあ、死ぬよりはマシだな』
「構わないか、ヒョウカ?」
『えっ、ええ、もちろんです。命には代えられませんから』
命令違反で罰金となれば、資産に余裕のないヒョウカにとっては素直に頷けないに選択だ。それでもひとり反対して仲間を死地に連れて行くわけにもいかず、流されるように賛成の意を示す。彼女は何かと足を引っ張るかもしれないが、自ら進んで輪を乱す行動はとらないだろう。この時、クルスにはヒョウカという少女の本質が根を張らない浮草のように見えていた。
クルスとバトバヤルの二人が先導し、ヒョウカはフィエーダの機体の背中に載せてもらって移動していた。ヒョウカが機体を操るよりはよっぽどスムーズだ。河原沿いに上流に向かって遡って二時間あまり。木々が鬱蒼と生い茂り、急峻な地形が行く手を阻む。障害物が多過ぎてレーダーはほとんど役に立たなかった。目視での索敵は神経をヤスリで削るように精神を疲労困憊させる。風に揺れる枝に驚いて銃口を向けるほどだ。
『なんだか嫌な予感がしやがるぜ』
「なんだ、バトバヤル。虫の知らせか?」
『第六感の正体は無意識に収集したデータからの推論って話だぜ』
「つまりいつもと違う何かに、僕たちが気付いていないと?」
『まあ、そういうこった。単なる怯えが生み出した幻影かもしれないがな』
バトバヤルの言葉を受けてその場で機体を立ち止まらせた。確かに違和感を覚える。だが、それが何を意味するのかまでは、クルスにもわからなかった。単なる気の迷いかもしれない。疑心暗鬼に陥るのもあまり良くないと思い始めたところで引っかかっていた何か形を成した。違和感の正体は音だ。機体を動かせば、ステルスモードであっても振動を起こす。鳥は驚いて飛び立ち、獣は泡を食って逃げ出すだろう。ここにはそんな音が一切なかった。
「まずい、バトバヤル。僕たちはすでに敵の腹の中だ!?」
『クソッ、待ち伏せか。どこにいる?』
「クロイツェル、レーダーに映らない位置で伏兵に適した地形を出してくれ」
《了解です。危険度に応じてエリアを色分けします》
「緊急事態だ。レッドゾーンに資源回収機がいたら目を借りる」
資源回収機の視界をジャックして送られた映像を共有する。複雑な地形を回り込んだ電波には荒いノイズがのっていたが、紛れもない敵の機体がそこにはあった。クルスたちは罠の中に飛び込んだ狐だ。これから猟犬たちが追いかけてくるだろう。地の果てまでも。




