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ブレイクデイズ ~世界の終わりに僕たちは生きる~  作者: Jint
第1章 足跡は赤く染まる

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第16話 欲望


 敵基地までのルートから少し外れた崖の上に三機の人型機動兵器(ウォードレイダー)が眼下に広がる深い森を睥睨していた。暗緑色で全身を塗り固めた機体は周囲の森に溶け込み、遠目には彼らの存在をひと摘みとも悟らせない。完全に動きを止めて息を殺したまま、周囲にばら撒いた偵察用ドローンから送られてくる情報に聞き耳を立てていた。


『奴ら罠に足を踏み入れたようですね』

『案外、上手くやってるじゃねえか。ヒョウカはよお』

『あんなことに彼女を使うなんて。こんなところで消費していい存在ではないはずなのに』

『チッ、うっせえなあ。すっかり彼氏気取りかよ。まったく相手にされてねえじゃねえか』

『そんなことはない。彼女もわかってくれるはずだ。きっと、いつか……』

『んじゃ、精々、それまで死なねえようにお前が守ってやれ、な?』


 しつこく絡んでくるトウミに辟易したタインは体よくあしらって会話を終わらせた。だが、トウミだけでなく、タインとツカサもクルスたちを殺すつもりはこれっぽっちもない。敵との交戦で疲弊したところで助けに入るつもりだ。何せ彼らはこれから飲み込んだ資産をせっせと運ぶ鵜飼いの鵜になってもらわなければならない。彼らの機体が全損となれば、首につながる縄は太くなる。


『それにしても、おあつらえ向きの状況じゃないですか』

『そりゃあ、俺たちも頑張ったじゃねえか。コツコツと、準備をよお』

『そうでしたね。これで奴らは敵の包囲網のど真ん中だ』

『多少、腕が立つって言ってもこの数を相手にするのは無理じゃね?』


 タインたち三人は偵察任務にかこつけてこの地域に頻繁に足を運んだ。敵影なしとの報告を上げる一方で自分たちが侵入した痕跡をわざと残した。進攻するならこのルートを選択すると敵が警戒する程度に。そうしてクルスたちを陥れる罠を張ったのだ。後は先導する狐を放てばいい。


『奴らの中にはヴァレリアのお気に入りがいるという話ですよ』

『そいつを嵌めれば、ヴァレリアもハメられるって寸法か』

『あの女がそこまで執着しているかは……。まあ、もうひとりの女だけでも十分ですけどね』

『どちらに転んでも楽しめそうじゃねえか』

『なあ、ヒョウカを私にくれる話はどうなったんだ?』

『今回、上手くいったとしても、まだ借金は残っているだろうが。後はお前次第だな』

『きょ、協力してくれるんじゃないのか……』

『俺たちゃ共犯だぜ?! 十分、協力していると思ってんだがなあ、俺は』

『いや、私だってそれは理解しているつもりだ。ただ、切っ掛けが欲し……』


 突如として森の中で爆発が起こった。連続して爆炎が噴き上がる。静かだった森がにわかに騒がしくなった。隠れていた敵機が連動して動き出す。すでに退路は閉じられてクルスたちは袋の鼠となっていた。戦力差は五倍以上。とうてい勝ち目のない戦いだ。


『おっと、始まったようですよ』

支援型(サポート)に後方の足止めをさせて突撃型(アサルト)で露払いか。いい腕じゃねえか』

『それでもこの戦力差です。抵抗はスコールのようにすぐに止むでしょう』

『ああ、ヒョウカ。死なないでくれ……』


 偵察用ドローンから送られてくる情報はどれもこれもクルスたちの善戦と包囲網の完成だ。ツカサの予想は当然のものに思えた。新兵がいくら頑張ったところで資産的に高性能の機体は持てず経験も足りない。この状況から抜け出すには奇跡を待つしかなかった。騎兵隊が助けに現れるような奇跡をだ。


『そろそろ心優しい友軍部隊の登場ですかね?』

『精一杯、紳士面をしてお迎えするぜ』

『どこからどう見ても、あなたは悪人面ですよ』

『ったく、ツラのいい奴が生き残る時代なら悩まずに済んだのによお』

『顔にも標準規格を用いれば良かったんじゃないですか?』

『違わねえな。お前えも血を残すなら気を付けとけ』


 タインとツカサの笑い声にトウミの追従笑いが続く。二度目の目覚め(イニシエーション)からここまで兵士として生き残った彼らの心に強く根付いた信念は管理者(ブリギット)の定めたルールを逸脱しない限り他人を犠牲にしても構わない、だ。自分の血を残すことだけが全てに優先される。この世界で生き残る術は機体を操る能力を高めることだけではないはずだ。作戦を立てて実行する能力、危険を察知する能力、敵を出し抜く能力、そして他人を糧とする能力。


『よおし、そろそろだな。お前えらも準備はいいな』

『ああ、僕はいつでも大丈夫だ』

『私だって問題ない。早く助けに行かせてくれ』

『そんじゃ、ま、救ってやるか。代償は高くつくが、死ぬよりゃマシだろ』


 5チャンネルから暗号化された波形を送り、受信側で合成された音声を復元する。ドライブレコーダーに残ったところで、それぞれはただの雑音に過ぎなかった。こちらのレコーダーはとっくの昔に整備不良で機能していない。つまり事が済んで軍法会議にかけられたところで、証拠は存在しないということだ。この手の裏技は上の世代から連綿と語り継がれてきていた。いつの世でも人が生き続けている限り悪意にも終わりはない。


『あー、そこで戦闘中の新兵諸君。助けは必要か?』

『こちらアシュリー中隊所属、クルス・A91(エーナインワン)。救援を要請します』

『救援要請に報酬が発生するのは知っているよな?』

『ええっ、そうなの、クロイツェル? ああ、なるほど。失礼、理解しました。改めて救援を要請できますか?』


 コックピットの中でタインは口の端を上げた。何も知らない無垢な新兵を地獄に叩き落とす時がもっとも興奮する。助かった安堵と感謝で綻んだ笑顔が怒りで歪み、失望と落胆で表情を失うのだ。他人の運命を握っている。その感覚が彼の心を高揚させた。戦い続けなければ生き残れないこのクソッたれた世界を光で照らしてくれる。


『こちらの提示額はひとり頭5000万クレジットだ。もちろんハイブまで送り届けてやる』

『高いですね。もう少しまけられませんか?』

『おいおい、自分の命の値段だぜ。高いはねえだろう』

『それはまあ、そうですが……』

『それにこちとら任務放棄となれば、罰金も払わなきゃならねえ』

『わかりました。ハイブまで無事に送り届けてくれたら、そちらの言い値を払いましょう』

『契約成立だな。契約書は……』

『こちらのAIが作りました。目を通してください』


 戦闘をこなしながら報酬のディスカウントまでするとは、なかなか目端の利く交渉相手だ。このタイプは借金を負ったとしても、早々に返済してしまうかもしれない。遊び相手としてはつまらない男だとタインは眉間に皺を寄せた。だが、彼ひとりだけが救助対象ではなかった。残り二人は自分の嗜虐心を満足させてくれるかもしれない。余計なことで一喜一憂せず、計画通りに事を進めるべきだ。


『問題ねえ。これで契約は成立だ。すぐに救援に向かうから、ちいっと踏ん張ってくれよ』

『わかりました。あなたも食いっぱぐれないように』

タイン・BB4(ダブルビーフォ―)だ。覚えておけ』

『……タインさん、危ない時は僕たちに拘らず、退いてください』

『報酬を出してくれる間はクライアントとして優遇してやるよ』


 タインにとってこうやって手を汚すことは初めての経験ではない。新兵たちは恐怖のあまり混乱をきたして喚き散らすか、懇願するかのどちらかだった。こうして落ち着いた態度で受け答えができる相手は初めてかもしれない。それだけに相手の底が見えず、どうにもうすら寒い感覚を覚えた。


『ツカサ、奴らの動きは?』

『必死に防戦中といったところですか。こちらを気遣う余裕もなさそうですね』

『ふむ、考え過ぎか……』

『早く、早く助けに行こう、タイン!? ヒョウカが死んでしまう』

『わかった、わかった、落着け、トウミ。お前えの火力をアテにしてんだからよ』

『私だって早くぶっ放したくて、うずうずしているんだ!』

『なら、行くぞ! 奴らの逃げ出す穴を作ってやれ』


 三機の人型機動兵器(ウォードレイダー)は崖を飛び降りた。救出ポイントに向けて深い森の中を突き進む。戦いの中には人が欲する全ての物が散りばめられていた。それならば己の命を賭け金にして欲望のままに掴むしかない。彼らにためらう理由はなかった。







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