第17話 反転
タイン、ツカサ、トウミの三人が乗る人型機動兵器は深い森の中を駆けていた。流線型を多用した特徴的なフォルムの機体はイスファハンの製品だ。中価格帯で圧倒的なシェアを持つこの企業は豊富なオプションを取り揃え、特徴を自由に変えられる点が売りとなっている。現に彼らの機体はベースが同じでも突撃型、斥候型、支援型と役割はまちまちだ。三機がひとまとまりで行動することを前提としてあらゆる状況に対応できるよう異なる武装を選択していた。
『トウミ、出番だ。道を開けろ!』
『任せてください。こんな雑魚ども、焼き払ってやりますよ』
包囲網の一角に外側から攻撃を仕掛けて突破口を開いた。敵にしてみれば、想定外の戦力が突如として現れたと感じるはずだ。対応を決めかねている間にクルスたちと合流して退却する。敵の数は厄介だが、タインたちが加わることで戦力差は約三倍程度。決して無茶な戦闘だとは考えていなかった。彼らにとっても勝算があるからこそ取引を持ちかけたのだ。ミイラ取りがミイラになる必要などどこにもない。
最後方を走る機体のポッドから次々にミサイルが発射される。偵察用ドローンからの情報で敵の位置はあらかじめ把握していた。多脚型と装甲戦車型の混合部隊が相手だ。大盤振る舞いで高価なミサイルをばら撒けば、ほとんど壊滅しているだろう。
『敵の様子はどうだ、ツカサ?』
『前方の部隊はほとんど壊滅状態です。順調じゃないですか』
『いつもなら足の出るようなコストをかけてるんだ。これで効果がなきゃ詐欺だぜ』
『まあ、ここはトウミの見せ場ですからね』
『ははは、この圧倒的火力! みんな、みんなみんな、紙屑のように燃えるがいい!?』
いつもは引っ込み思案なトウミの豹変に、タインはため息交じりでこめかみを指で揉んだ。機体に積めるだけの弾薬を抱え、弾倉が空になるまで撃ちまくる。いわゆるトリガーハッピーと呼ばれる輩だ。容易に冷静さを失い、硝煙の匂いと発砲による反動の感触に陶酔する。だが、物は使いようだ。適切なタイミングで適切な方向に爆発させてやればいい。可塑性爆薬のように危険性の少ない便利な道具だった。
反撃は皆無だが、レーダー上の敵の反応は次々に消えていった。包囲網を抜けてクルスたちとの合流まであとわずかだ。所要時間は十分余り。これででひとり頭5000万クレジットの仕事とは笑いが止まらなかった。彼らが報酬をどう工面するかを考えると今から愉しみで仕方ない。これで言い成りの人形が増えるのか、身ぐるみを剥がれて市民権を失い落ちていくのか、どちらに転んでも退屈はしなさそうだ。
『タイン、もうすぐ奴らとの合流地点ですが、何かおかしい』
『おかしいって、どういうことだ?』
『レーダー上では移動していないはずですが、妙に静かだと思いませんか?』
トウミの飽和攻撃で敵の目はタインたちに釘付けとなっていることは確かだ。だが、全ての敵がこちらにきているわけではない。クルスたちが戦闘を行えば、多少なりと銃声や爆発音が発生するはず。その様子がまったくうかがえなかった。何かが起こっているのは感じられる。それが何かわからず、タインは混乱した。
『クルス、もうすぐそちらに合流する。状況を教えてくれ』
『タイン・BB4だ。そちらの状況は?』
『返事をしろ、クルス。やられちまったのか?!』
タインの発する呼び掛けにクルスからの応答がない。最悪の結末を想像して血の気が引いた。計画の準備にはそれなりに時間と金をかけている。これでもしクルスたちが全滅していれば、骨折り損のくたびれ儲けだ。何も得ることなく、掌中の小鳥も殺してしまったとなれば、大損もはなはだしい。
『くそっ、奴らに何かあったのか。ツカサ、トウミ、急ぐぞ!』
『了解です。反応はロストしていません。まだ、間に合いますよ』
『ああ、ヒョウカ。生きていてくれ……』
タインたちはバーニアを吹かし、ショートジャンプを繰り返して視界の悪い森の中を駆ける。周りの風景は飛び去るように流れた。逸る心を抑えて操縦に全神経を集中する。焦りは禁物だ。ここで自分たちまで撃墜されては元も子もない。全ての状況に対応できる体勢を整えた。
目の前の森が開けて草原の光景が目に入った。
『……何も、ない、だと?!』
慌ててレーダーを確認する。ディスプレイ上でふたつの光点は重なっていた。間違いない。ここが合流地点だ。そして、足元にクルスの反応がある。だが、機体が破壊された様子もない。
『何が起こっている。どういうことだ、ツカサ?!』
『待ってくれ、今、調べている』
『どこだ。どこにいる、ヒョウカぁ。隠れてないで出てきておくれぇ』
ツカサが偵察用ドローンの情報を再検証しようとしたところで世界は一変した。レーダーに映し出されていた情報は消え、新しい情報に更新される。敵の包囲網が完成した状況だ。だが、これまでと異なるのはその中心がクルスたちでなく、タインたちに置き換わっている。そして敵の戦力は未だに健在だった。タインは即座に理解した。罠に嵌められた狐が自分たちであることを。
『やってくれたな、ヒョウカああぁぁぁ!?』
『まさか、ドローンにバックドアが仕掛けられていたのか』
『それなら、ヒョウカは、ヒョウカは無事なんだな?』
『くそっ、今は自分の命を心配しろ。トウミ、ミサイルの残弾数は?』
『あ、ああ、十発かな』
『ツカサ、敵の包囲網で一番手薄な方向は?』
『敵基地へ抜けるルートです』
『運が悪けりゃ、挟撃か。仕方ねえ、トレインしてでも本隊に合流するぞ』
ツカサとトウミの了承を合図に三機が動き出した。間を置かずに周囲から20mm機関砲の雨が降り注ぐ。360度、死角のない銃撃だ。機体を右に左に振りながら移動してかわすしかない。
『ツカサ、最新データでロックしろ。トウミは残っているミサイルで前方の壁をぶち破れ!』
『すでにデータは更新済みです』
『とっておきをお見舞いしますよ!』
前方に展開していた多脚型と装甲戦車型が吹き飛び、細い道が開けた。ツカサを先頭にトウミ、タインと食い破った穴に機体を潜り込ませる。戦力差はまだ五倍以上。撃てば敵に当たる状態だが、今は逃げに徹するしかない。
その時、追ってきた敵が突如として吹き飛んだ。援護射撃かと周囲を見回すも、その様子はない。次に敵が吹き飛んだ時にその正体がわかった。地雷原だ。包囲網が完成する前にクルスたちはこのエリアを抜け、追手を止めるために地雷を敷いたのだ。そのおこぼれにあずかって命を長らえている。救援要請を受けた自分たちがだ。苦々しい思いで身を焦がしそうになる。
追われているにも拘らず、タインは頭の片隅でこのくそったれな状況に陥った原因を考えていた。ヒョウカの裏切りは十中八九確実だ。いくらクルスの勘が鋭かろうとも罠だと気付いてからこちらを罠にかけるには時間的な余裕がなさ過ぎる。ならばヒョウカならそれが可能か。いくつもの障害がそこに存在するが、決して不可能だとは言い切れない。だが、あの小心者で出来損ないの愛玩人形に一杯食わされたと考えるだけで虫唾が走る。
この状況を創り出すためにはツカサの偵察用ドローンにバックドアを仕掛けて偽情報を送りながら、初対面のクルスたちを説得して味方につけるという離れ業をやってのけなければならない。信じがたいことだが、それをあの愛玩人形がやり遂げたというのか。少し気後れしたような笑みを浮かべる整った顔立ちを思い出し、ぎりっと奥歯を噛みしめた。
『ヒョウカぁぁ、絶対に殺してやる!? 俺を生かした自分の甘さを呪え!!』




