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ブレイクデイズ ~世界の終わりに僕たちは生きる~  作者: Jint
第1章 足跡は赤く染まる

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第18話 望外


 数時間前――。


 資源回収機(プレコ)視界(カメラ)から送られてきた映像。そこには息を殺して移動する敵部隊の存在があった。このまま放置すれば、包囲網の中に閉じ込められてしまうだろう。だが、安易な動きでこちらが気付いたことを悟られれば、すぐにでも攻撃を仕掛けてくるかもしれない。それは避けるべきだ。クルスたちはまだ敵部隊の規模さえ把握できていなかった。


「クロイツェル、わかる範囲でいい。敵部隊をディスプレイに出してくれ」

《了解です。周囲の資源回収機(プレコ)からの情報で判明した範囲の敵を表示します》

「くそっ、かなりの数が展開しているな」

《現時点での戦力差は四倍。包囲網が完成しつつあります》


 クルスたちが選んだルートには、すぐに救援に向かえるような友軍は存在しなかったはずだ。となれば包囲網が完成する前に、囲みを破ってハイブ方面へ退却しなくてはならない。行動を起こすなら早ければ早いほどいい。包囲網が完成してからではもう遅いのだ。


「バトバヤル、フィエーダ、ヒョウカ。現在、僕たちは敵に包囲されつつある」

『なんで敵さん、こんな過疎ったところで張っていやがるんだ?』

『そんなことは後回しに。それよりも戦うのか退くのか決めないと』

「見えている範囲で戦力差は四倍だ。速やかに退却しよう」


 クルスの言葉に二人から了承の返事が返ってきた。この状況下で議論を戦わせるような暇はない。そのことを理解してくれているだけでも、ありがたかった。だが、撤退指示を出そうとしたところで意外なところから待ったがかかる。


『退却は、できればしないでもらえませんか?』

「退却しないって、ヒョウカ。この数を相手に戦うつもりなのか?」

『いえ、それが無謀であることは私もわかっています』

「逃げもせず戦いもしない。別のプランがあるっていうこと?」


 ヒョウカから明確な答えは返ってこない。何か言い淀んでいる雰囲気を感じるが、クルスもそこまで察しがいいわけでもなく。焦燥感にさいなまれながらも彼女の言葉を待った。


『これが……、罠だと、気付いていましたか?』

「気付いていたらここにはいないと思うけど」

『普通はこんな遠回りのルートを敵が張っているなんてことはありません』

「なんでそう言い切れるんだ? 現に僕らは敵に囲まれつつあるじゃないか」

『それが彼らの手口なんです』


 ただでさえ切迫した状況なのに、なかなか核心をつかない迂遠な言い回しに神経がささくれだった。少なくともこんなところで長話をしている暇はないはずだ。だが、一方でヒョウカの口から語られた言葉の中に何か引っかかるものも感じていた。彼女は彼らと言った。奴らではなく、彼らだ。


「敵は、《放浪者(ヴァグランツ)》じゃないと?」

『そう、です。私たちを罠に嵌めた人たちが同じ部隊にいます』

『はあ?! それをなんでお前だけが気付けるんだよ、出来損ないの愛玩人形(トラッシュドール)

『……私も、彼らに嵌められたひとりですから』

『フンッ、それだけじゃねえんだろ? このルートを選んだのは誰だ。思い出せよ、クルス・A91(エーナインワン)


 出撃前のやり取りが記憶の底から蘇る。確かにこのルートを選んだ理由はヒョウカが薦めたからだ。ここに罠が張られているとすれば、彼女の手引きなしには成立はしなかっただろう。クルスたちを嵌めようとしているグループとぐるのはずの彼女が、ここにきて真相を暴露する気になったのは何故か。焦りだけが空回りして思考がまとまらない。通信状態がオフラインに勝手に切り替わった。パイロットの意思に反してこんなことができる存在に心当たりはひとつしかない。


《時間が経てば状況は不利になる一方です。ヒョウカのプランを聞いてみては?》

「クロイツェル、彼女は僕たちを騙したんだぞ。同じことを繰り返さないなんて誰が言える?」

《誰にも証明できません。心証が悪くなっていることは確かでしょう》

「それなら彼女の口車に乗る必要はこれっぽっちもないよ」

《しかし、何かの意図があって情報を伝えたのなら、先ず全てのカードをオープンにしてから判断しても遅くないのでは?》


 クロイツェルの問いに対してクルスは咄嗟に答えを返せなかった。いつもは煩わしく感じるサポートAIだが、常にパイロットの味方となってくれる存在だ。どんな状況でも一蓮托生。決して裏切ることはない。そんな相棒からの助言を無下に扱うわけにもいかない。ふっと息を吐いて覚悟を決めたクルスは通信をオンラインに切り替える。


「ヒョウカ、聞かせてくれ。キミはどうしたいんだ?」

『私は、私ならこの包囲網を抜ける手助けができます』

『今度はどこに連れて行こうってんだよ。いまさら信用できるわけねえだろうが!?』

「そうだね。わかっていると思うけど、キミと僕たちとの間に信頼関係はない」


 息を飲む雰囲気が通信越しにも伝わってきた。元々、甘い判断でヒョウカが同行することを許したのはクルス自身だ。この状況に陥った責任は全て彼にある。バトバヤルとフィエーダに何かあれば自分自身を許せないだろう。だからこそ聞かなくてはならない。彼女の本心を。


「信じられるかどうかはこの後の言葉次第だよ。ヒョウカの目的はなんだ?」

『私はっ、私は助かりたい。この状況から抜け出したいんです。協力して、くれませんか……』


 言葉尻がノイズの中に溶けて消えた。自信のなさをうかがわせる反応。それでも叫ぶような一言にはヒョウカの強い想いが感じられた。助かりたい。そう、彼女は助かりたいのだ。それなら僕たちと彼女の目指す方向は重なる。たとえそれが同床異夢であったとしても。


「いいだろう。僕はもう一度、騙されよう」

『お、おい、クルス。気でも狂ったか?!』

「バトバヤル、フィエーダ、二人もどうするか決めてくれ」

『私は……、最後まで信じてみたいんです。それで騙されたのなら、自分の見る目がなかっただけですから』

『またこの展開かよ。いいか、俺は乗らねえからな。だが、話だけは聞いてやる。洗いざらいぶちまけろよ。どうするかはそれからだ』

『は、はい。本当に、ありがとうございます』


 三者三様の反応に思わず口の端が上がる。目覚めたばかりのクルスたちは人間関係において苦難にぶつかった経験がない。なんだかんだ言っても基本的にはお人好しなのだ。これからの人生の中で肩をぶつけ合い傷ついてすれていくとしても、それはまだ先の話だった。


「それじゃ、ヒョウカのプランを話してもらおうか」

『わかりました。その前にひとつ伝えたいことが。私はこのエリアの敵の動きは全て把握しています。安心してください。完全に包囲網が敷かれるまで、まだ十分に時間はあります』

『……マジかよ。どうやって索敵しているんだ?』

『私たちを嵌めた相手の偵察用ドローンをジャックしています』

『ヒョウカ、あなた電脳戦ができるの?!』

『電脳戦なら身体的なハンデは関係ありませんから』


 確かに電脳戦は操縦技術を必要としない。豊富な知識と閃きに近い発想のセンスがあれば、電脳世界で戦えるのだろう。皆がその方面の腕前を磨かないのは旨みが少ないからだ。人類と《放浪者(ヴァグランツ)》は標準規格に則った兵器を使っている。奴らも元は米軍の兵器を利用している以上、そこから連なる技術で生み出された兵器も規格を逸脱しない。それならば通信を傍受し、サーバーからデータを盗み出せば大きなアドバンテージとなるだろう。それができない理由はひとつ。奴らの意思疎通の方法が人類とは異なるからだ。


 《放浪者(ヴァグランツ)》の会話は電波を介して行われている。脳内にある未知の器官が送受信の役割をしていることまでは判明していた。あの天使の輪を生み出す器官だ。それ故に盗み出した情報は管理者(ブリギット)が長い時間をかけて解析しても内容は明らかにならなかった。


 それでも電脳戦がまったく無意味なわけでもない。敵の機体にも操縦をサポートするAIは積まれている。わずかな時間であっても妨害することができれば、戦いの結果に与える影響は小さくないだろう。


 これは意外に拾い物かもしれない。クルスはヒョウカの価値に気付いて大きく目を見開いた。







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