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ブレイクデイズ ~世界の終わりに僕たちは生きる~  作者: Jint
第1章 足跡は赤く染まる

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第19話 錯誤


 話し始めれば、おどおどしていたヒョウカの態度は変わった。言葉の端々に自信を感じる。彼女がどんな思いで電脳戦の技術を磨き、自分を取り巻く状況を変えようと奮闘していたかはわからない。だが、自信に裏打ちされた努力の跡は察せられる。彼女が自分自身を裏切らない限り、クルスたちの命運と一蓮托生だろう。


『現時点での敵の位置です。赤い点が多脚型(スキュラ)、黄色が装甲戦車型(ロリポリ)になります』

『って、ハイブ方面の方が敵の配置が多かったってわけか』

『退却したらど真ん中に突っ込むところだったわね』

「最も手薄なのは敵基地方面、か……」

『このまま峡谷を抜けて出口に地雷を敷けば、足止めできるでしょう』


 共有された情報は量も質も確かなものだった。広範囲にばら撒かれた偵察用ドローンからはリアルタイムで情報が更新されている。送られてくる膨大な量のデータから必要な情報だけを抜き出すことは砂漠で針を探すようなものだ。フィルタリングで不要なデータを排除し、何をトリガーとしてどう情報をまとめるか。そのアルゴリズムには個々のセンスが問われる。その点で彼女は非凡な才能を持っていた。


「うーん、当面の危機は回避できるとして、ここまで僕たちを連れてきたのは何故なんだい?」

『それは……、彼らを、罠にかけるための餌に……』

「餌か……、まったくやってくれるね」

『ごめんなさい。どうしても裏をかきたくて。でも、あなたたちの身を危険にさらすつもりはありませんから』


 出会った時にこの真実を聞いていたとして、はいそうですかと簡単に協力するほどクルスもお人好しではない。信頼関係を築いてからならまだしも初対面の相手に対してそこまで親身になれないだろう。ヒョウカの立場とすれば、巻き込む形で同行したことは仕方のないことかもしれない。それでも巻き込まれた側の気持ちは晴れなかった。


 この状況から抜け出すためにヒョウカと協力するのはやぶさかではない。だが、この状況を作り出したのもまた彼女なのだ。このままでは憐憫の情から自分たちでただ働きを買って出たことになってしまう。それは避けなければならないことだ。これから対等な仲間として一緒に戦っていくのなら。


「ヒョウカ、僕たちはキミに騙されたんだ。かなり迷惑している。当然、何か見返りはあるんだよね?」

『……迷惑料をクレジットで支払うってことではダメですか? 貸借契約を結んでの』

「全然、懲りてないね。残念だけど、それはなしだよ。キミ自身ができることを示して」

『私自身が……』


 通信はノイズを拾うだけになった。今、ヒョウカは必死で考えているのだろう。自分が供給できてクルスたちからの需要を満たすことは何かを。これは試験も兼ねていた。想像している範疇の答えならお客さんとしてもてなしてそれっきりだ。次はない。だが、本気で一緒に戦うならそれ以上の答えが欲しい。


『……情報、情報ならどうですか?』

『情報なら俺も集めてるっての。キャラ被りしちまうじゃねえか』

『い、いえ、バトバヤルさんが集める情報のリソースは人ですよね?』

『まあ、いろんなところに潜り込んでいるからな』

『どう考えても嫌われ者の私が、同じことをできるとは思っていません』

『そこまでわかってて、どうしようっていうんだ? どこから情報を集める気だよ』

『ネットワークです』

『はあ?! 誰でもアクセスできるネットからの情報なんてたかが知れてるだろうが』


 バトバヤルの呆れたような口調も仕方のないことだ。海底ケーブルが切断され、地表の通信回線が死に絶えたこの時代でも、未だにネットワークは世界を覆っている。通信衛星が生きているからだ。100年の時が過ぎ去っても通信衛星が使用可能な理由。それはメンテナンスをする者が存在するからに他ならない。


 《終末の目覚め(エンジェルフォール)》が起こり、地表がアクセラレーション・ウイルスによって汚染された時、宇宙にいた人々は事態が収束するまでの間、地球に帰還しないことを選択した。月基地は都市に変わり、彼らの安住の地となる。その後、《放浪者(ヴァグランツ)》による侵攻が始まっても彼らは傍観者の立場を貫いた。宇宙から地上の様子を観察しているが、人類に対して積極的な接触をすることはない。ただ、隣に存在を感じるだけだ。


 いつしか宇宙に逃れた人々はアクセラレーション・ウイルスによって変異していない純粋な人類のDNAを保存する立場として、《上位者(ハイエンダー)》を自称するようになった。新世界の神は人類に進むべき道を啓示してはくれないが、インフラの整備はしてくれるらしい。通信衛星は保守され、人類が無許可で使用することも黙認されていた。


『ネットには膨大な情報が流れています。本当に行きたい場所へたどり着くためには、道具が必要だと思いませんか?』

『ええっと、ネットに溢れる情報から欲しいものを取り出せるってこと、かな?』

『はい、その通りです、フィエーダさん。例えばこの場所のことも偵察任務の報告を読むだけなら誰にでもできますが、報告者のSNSから任務での出来事を調査すれば、もっと深く掘り下げた情報も得られるでしょう』

『なるほど、報告書に書くほどでもない些細なことは人の口の端には上らないってことね』

『バトバヤルさんのカバーする領域と重ね合わせれば、多角的に見られると思いませんか?』


 人は無意識に情報を整理している。雑多な情報を全て記憶するには脳の容量が足りないからだ。ひとつひとつにラベルをつけてファイルに閉じ、重要度に応じた棚に並べる。必要でないと判断した情報はシュレッダーにかけて捨てられる。そうして整理された情報は自分にとって都合のいい内容だ。だが、消去された内容にこそ必要なものがあるかもしれない。ヒョウカはその部分を機械的に拾ってつなぎ合わせると言っている。クルスたちが使い易いようにだ。


『なんだ。ちっとは考えてんじゃねえか、出来損ないの愛玩人形(トラッシュドール)

『バトバヤルくんはもう少し口のきき方に気を付けたら?』

『うるせえ、今はコイツの話だろうが』

『はいはい、で、ヒョウカの提案に乗るの? 決めていないのはあなたひとりでしょう?』

『チッ、いいだろう。認めてやるよ。だがな、金輪際、俺たちを騙すんじゃねえぞ!』

『は、はい。ありがとう……、ございます』


 鼻をすする音とともに感謝の言葉が紡がれた。電脳世界でのヒョウカの能力がどの程度なのかはまだわからない。だが、クルスたちが何を欲しがっているか考え、その中から自分なりの答えを導き出した点は評価したい。そんなもっともらしい理由をつけて自分自身を納得させた。結局、手を差し出す理由を探していたのかもしれない。


「話は決まりだね。彼らを罠にかけるのなら、これからどうするつもり?」

『罠っていってもよ。準備も何もしていねえしなあ』

『彼らの目的はあなたたちを嵌めることです。包囲網の中で立ち往生しているところで、救援要請を受けて駆け付ける。そういうシナリオですよ』

「救援要請に達成不可能な付帯条件をつけようか。それでものここの出てくるかな?」

『それなら大丈夫です。ドローンから送る情報を改竄していますから。彼らの望んだままに』


 タインたちの罠にかかったように見せ、その実、自分たちは敵の包囲網の外に逃れている。即席の罠としては十分な仕掛けだろう。騙しの基本は相手がそうであって欲しいと思っている状況を作り出してやることだ。上手くいっていると調子に乗ったときこそ足元が留守になる。


「よし、作戦を開始しよう。僕たちを嵌めようとしたツケを払わせてやる」

『痛い目に遭わなきゃ学習しねえ、バカもいるしな』

『それ、自分のこと?』

『てめえ、喧嘩売ってんのか!?』

『ああ、ちょっと、今は止めてください。仲良くいきましょう。仲良く、ね』

『誰のせいでこうなってると思ってんだ? あー?』

『誰のせいでこんなことをしてると思っているの?』


 二人の剣幕にたじろぐヒョウカの様子を通信越しに感じながら、クルスは思わず忍び笑いを漏らした。







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