第6話 交錯
破壊した敵の機体にはどこからともなく現れた資源回収機たちがたかっていた。資源回収用として広範囲にばら撒かれたこのドローンはあらゆる武装を持たず、敵対的機能を持たないが故に敵からも見逃されている。
しかし、この地で人類が戦い続けられている理由として大きなウエイトを占めるのはメタンハイドレートというエネルギー源が近海で産出することと共に、このドローンの存在にある。撃墜された味方の機体はもちろんのこと敵の機体さえも余すことなくリサイクルすることで、資源の回収率は100%に近い。さらに旧文明の残したゴミも全て資源として有効活用できる。地下資源はなくとも都市鉱山を有しているようなものだった。
『助かったぜ。ありがとよ!』
『こんなところで敵に遭遇するなんて驚きました。助けていただいてありがとうございます』
「無事で何よりです。機体の損害状況は?」
『こっちは左腕の動きが若干怪しいぐらいだな。移動に支障はねえよ』
『私の方は被弾していませんので大丈夫です』
「急いでここを離れましょう。敵の増援が来ては厄介ですし」
二機の僚機と合流したクルスは、彼らの機体をそれとなく確認する。口調の荒い男の機体は軽装甲の突撃型だ。武装はアサルトライフルに高周波振動ブレード。外連味のないオーソドックスな組み合わせだった。丁寧な口調の女の機体は対照的に重装甲の支援型だ。脚部は機体の重量を支えるため、四脚それぞれにキャタピラを装着していた。武装は2連ミサイルポッドと両肩のキャノン砲にガトリングガンとこれまた重量級だ。動きはかなり鈍重そうだが、後方で弾幕を張ってくれるのは、かなりの安心感がある。
『そうだな。こんなところで死ぬわけにはいかねえしな』
『一緒に行動しませんか? その方が生還率は高そうです』
「では、僕が先行しましょう。ついてきてください」
ディスプレイには合流地点までのルートが示されている。支援型機体は移動ルートが限られそうだ。敵に網を張られる危険性は高まるが、飛行して対空地雷の餌食になるのも御免こうむりたい。
「クロイツェル、できる限り安全なルートを選択したい」
《ここまで敵に潜り込まれているということは索敵網に過度の信頼はおけないでしょう》
「最短距離が最も安全ってこと?」
《合流地点に近付くほど味方との接触機会は増えるはずです》
「了解した。その方針でいこう」
クルスは機体を屋上まで飛び上がらせて高所から索敵を開始する。敵影無し、味方の機影もなしだ。地上の二人にハンドサインを送った。支援型機体は意外なほど重さを感じさせず地面を滑るように走り出す。殿として最後尾に着いた突撃型機体もバーニアを小刻みに吹かして地面を跳ねるようにショートジャンプを繰り返した。
『よお、移動中はアレだったけどよ。名前がわからねえとやり辛くね?』
『そうですね。コールサインでも決めますか?』
『お前ってジンクスを信じるタイプ? 誰が聞いてるわけじゃねえし、名前で十分だろ?』
『それも一理ありますね』
「それなら僕から自己紹介を。クルス・A91です」
『その名前、覚えておくぜ。さっきの戦いは凄かったしな。俺の名前はバトバヤル・D2Dだ』
『私はフィエーダ・C11。よろしくお願いします』
ヴァレリア以外では初めて同年代の仲間と話ができて少し心が躍った。彼らも目覚めてからそう時間は経っていないはずだが、この積極性は見習いたいところだ。話し相手がずっとAIだけでは悲し過ぎる。それもこれも生きて帰ってからの話だが。
『なあ、クルス。その機体、アジムだろ? なんであんな動きができるんだ?』
「軽量化しましたから。アジムのスペックでもそれなりの機動性は出せますよ」
『軽量化って。装甲の材質変更なんて俺たちの懐事情じゃ、手を出せねえだろ?』
『そうですよね。私も武装と装甲を厚くしようとしたら、支給されたクレジットのほとんどを使ってしまいました』
『お前はガチガチに固め過ぎなんだよ。ソレ、一体いくらしたんだ?』
『4000万クレジットですね』
『バカ野郎。落とされたら次の機体も買えねえじゃねえか。戦えない兵士は廃棄処分だぞ』
『帰還できないよりはマシでしょう? 現にあなたを助けたのは誰だと思ってます?』
『へえへえ、申し訳ありませんでした。帰ったら飯でもおごらせてもらうよ』
話し振りからバトバヤルはかなりの情報通に思えた。大雑把にみえるが、とても慎重派だ。それは機体と武装の選択からも窺える。躯体をアジム、パーツをクロムロフの組み合わせは安全性とコストパフォーマンスから最適だ。武装も最も使用頻度の高い中距離と近接とをカバーしている。持ち前のコミュニケーション能力を活かして先達の兵士から情報を集めたのだろう。ヴァレリアに頼り切ったクルスとは雲泥の差だ。
一方でフィエーダは慎重さと大胆さが同居している。重装甲で重武装、遠隔からの支援攻撃のみに特化した機体。それは生還率を上げるという点では最も正解に近いかもしれない。だが、撃墜されれば即座に死を意味する。生命的な死ではない。たとえ撃墜されたとしても脱出装置によって生還するケースがないわけではなかった。機体が失われることによる死。それは社会的な死だ。
ハイブで暮らす者は例外なく政府に税金を納めている。市民権が剥奪されるからだ。市民権には人としての様々な権利が紐づいている。つまり税金を払わない者は管理者から人類として認められない。そのような者をどう扱おうが管理者の権限の枠内だ。資源は有効活用されねばならない。廃棄処分とは、つまりはそういうことだった。
もちろん抜け穴がないわけではない。友人からクレジットを借りる、他人の庇護下に入る、自分の持つものを残らず売る。税金の支払いからは逃れることはできないが、クレジットさえ調達すれば命を繋ぐことはできた。兵士は任務の達成でクレジットを稼ぐ。敵との戦いで命を賭け、生きるための糧を得る。人とは因果な存在だ。
《前方2000、味方が集結しつつあります》
「あそこが集合地点かな?」
《集合地点までは4500。まだ先です》
「その前に集まる必要があるってことか」
遠距離通信を介さずに戦力の集中が行われている。考えられる答えはひとつだ。敵が迫っている。それも避けられないほどの規模で。我々の任務は偵察だが、味方を囮に使って集合地点までたどり着いたところで意味はないだろう。そこから帰還する術がない。
「バトバヤル、フィエーダ。どうやら戦闘になりそうだ」
『どこだ? 近いのか?』
「前方2000に味方が集結している」
『どうします? このまま合流しますか?』
『たった三機で遊軍気取りか。止めとけ止めとけ、潰されるのがオチだぞ』
『確かに指揮官のいない烏合の衆ならまとまった方が生き残れそうですね』
その時、森の中から鳥の群れが一斉に飛び立つのが見えた。カメラを最大望遠にして舐めるようにディスプレイを凝視する。微かに動く影を捉えた。間違いない、敵機だ。集結している味方の背後から敵が迫っている。
「北北東に敵機、数は不明。このままでは味方は挟撃されるぞ」
『くそっ、厄介な』
『見過ごすわけには、いきませんよね……』
管理者は自己犠牲精神を推奨していない。だが、敵前逃亡と戦略的撤退のボーダーラインは常に曖昧だ。特に兵士個人に判断が任されるようなケースでは。機載カメラと通信ログが絶望的な状況を示そうとも、戦う意志を見せなければ心証も悪かろう。
「敵の別動隊に奇襲をかけよう。戦闘になれば、味方も気付いてくれるはずだ」
『おうおう、敵の規模もわからないってのに勇敢だこと』
『茶化さないでください。バトバヤルさんにいい案があるんですか?』
『俺はクルスの腕前を見たからな。それに賭けてみる気になってるよ』
「ありがとう。それなら僕たちの力を敵に見せてやろう」




