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ブレイクデイズ ~世界の終わりに僕たちは生きる~  作者: Jint
第1章 足跡は赤く染まる

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第5話 合流


 広がる世界は見渡す限り緑に包まれている。かつての文明の残滓は瓦礫と化し、朽ち果てていた。全てが植物に覆われて自然の中に没している。これだけの広さの土地が手付かずで有り余っていても人類の生存圏としては使えない。我々の安寧の地はあの籠の中にしかないのだ。


《高度200、着陸態勢に移行してください》

「了解、クロイツェル。ビーコンの反応は?」

《信号を捉えています。僚機との距離は半径5キロの範囲内。問題ありません》


 バーニアを軽く吹かせると、落下速度が緩やかになる。申し分のない反応速度だ。クルスは口の端を上げる。大した出力のジェネレーターを積んでいるわけではいないが、軽量化の恩恵によって思っていた以上に、機体は軽快な動きをみせていた。


 そのまま少し開けた草原へと降り立つ。最大出力にしたバーニアの炎で周囲の草が黒く炭化した。機体は衝撃を和らげるように膝を大きく曲げる。コックピットを包むサスペンションがほとんどの振動を吸収したようだ。着地と同時に周囲を索敵する程度の余裕が生まれた。


「敵はいなさそうだね」

《各種センサーで敵の痕跡は感知できませんでした》

「平和なピクニックになってくれればいいけど」

《これまで帰還しなかった多くの新兵はそう思っていたでしょう》

「クロイツェル、キミは少し悲観的だな」

《楽観的な意見であなたを守れるなら、そうしますが?》

「わかった、わかった。取り敢えず合流を急ごう。単機だと撃墜される確率は上がるんだろう?」

《データ上では約十倍です》


 クルスは会話を切り上げて機体の操縦に集中した。パイロットとの相性がいいはずのツインデバイスだが、どうも話していると気力が削がれていく。もっと褒めてなだめて、甘やかしてくれるようなAIはないものか。心の中でカスタマーサービスに文句を言った。


 鬱蒼と茂る木々の中を移動するには全高6mの機体は不向きだ。その点で廃墟となった街はほどんどが緑に覆われ、アスファルトを突き破って草が生えていようとも道路は移動に適した広さがある。自然と選ぶルートは廃墟となった市街地を通ることとなった。


「全然、味方と出会わないんだけど、方角は合っているよね?」

《ビーコンの信号はこの先から発信されています》

「ならいいんだ。僚機の反応は?」

《ステルスモードで移動しているため感知は難しいかと。500m以内に反応はありません》

「合流を急ぐしかないってことか」


 いつ敵が現れるかもしれない危険地域の中をひとりで寂しく移動していると、徐々に不安にさいなまれるものだ。気力が削がれるなどと思っておきながら、クルスは事あるごとにクロイツェルに話しかけていた。彼女が呆れるという感情を持ち得ないことは幸運だっただろう。


 こうしてわざわざ危険地域に足を運んで偵察任務を行うことは訓練以外の意味も含んでいた。人類側の警戒網は九割方レーダーとドローンに頼っている。空中はレーダー網が覆い尽くし、地上はドローンネットワークが張り巡らされている。それでも探知技術と電子的な欺瞞行為はイタチごっこだ。いつの間にか敵が警戒網を抜けていることもある。そうした穴をランダムに人の目が入ることで塞ごうとしていた。問題は開いた穴が想定以上に大きいことだ。


《機体を止めてください、クルス》

「どうした?」

《前方400に敵が移動した痕跡があります》


 クルスは機体を静かに制止させると、建物の陰に滑り込ませた。ディスプレイに痕跡を拡大して映し出す。足跡の数が多い。多脚型(スキュラ)だろう。ひと回り小さいキャタピラの跡は装甲戦車型(ロリポリ)か。数はそれぞれ2機と6機。分隊規模だ。


「どの程度、時間が経過しているかわかるか?」

《周囲との温度差があります。まだ、十分と経っていません》

「マズイな。すぐにヤツらの進行方向から離れるんだ」

《了解です。新しいルートを提示します》


 その時、閃光が視界を覆った。すぐさまディスプレイの輝度上限で調整され、間髪をいれず爆発音が響く。かなり近い。おそらく敵に見つかった者がいる。一瞬だけヴァレリアの言葉がリフレインした。だが、迷っていたのはほんのわずかな時間だ。クルスはワイヤーアンカーを射出すると、ビルの壁を蹴って屋上に飛び上がった。


「クロイツェル、状況を!」

《僚機、2機が交戦中。南南西距離600》

「戦闘準備だ。すぐに向かうぞ」

《英雄的行動は推奨されないとの指示でしたが?》

「くそくらえだ」


 クルスの頭は急速に冷えていった。ディスプレイに表示される膨大な情報が数値変換されて脳内に刻まれる。彼我の戦力差は二倍以上。味方は十中八九新兵だろう。死地に飛び込むのは馬鹿げている。だが、不思議と死にに行くような悲壮感はなかった。アドレナリンが駆け回り、恐怖心を麻痺させているのか。それとも単なる死にたがりなのか。解を得るために思考を振り分けるリソースはなかった。


 ワイヤーアンカーと最小限のバーニアで敵の頭上へ移動したクルスは彼らの後方から奇襲を仕掛けた。屋上から飛び降りると、多脚型(スキュラ)にワイヤーアンカーを絡みつかせ、落下軌道を急激に変える。接近に気付いた時にはもう遅い。この距離はクルスのものだ。


 クロイツェルの右手が押し付けられると同時に多脚型(スキュラ)の胴体が半ば吹き飛ぶ。右手首に装着された杭打ち機(パイルバンカー)が撃ち出され、成型炸裂弾(HEAT)が火を噴いたのだ。超至近距離からメタルジェットの奔流を浴びては、さしもの爆発反応装甲(リアクティブアーマー)も意味がない。


 懐に入られた形になった敵は同士討ちを嫌って火器の使用を躊躇った。どちらにせよ信管の最低起爆距離の範囲内だ。多弾ミサイルをぶっ放すわけにはいかない。周囲を取り巻く装甲戦車型(ロリポリ)は控えめに20mm機関砲を撒き散らした。


「マヌケ面でこっちを見るなよ」


 左手首に装着されたハンドガンがスライドして手に収まる。無造作に横薙ぎで振った左手。だが、撃ち出された弾丸は全て精確に口を開けていたミサイル発射口を貫いた。装甲戦車型(ロリポリ)が爆発を起こして四散する。すでに4機が炎に包まれていた。AIのサポートがあったとしても異常な精度だ。実戦を伴わない書き込み(ライティング)による教育だけで誰もがこのパフォーマンスにたどり着けるのなら、戦争は早期に解決していただろう。


 その時、ひやりとした直感がクルスの身体を動かした。バーニアを吹かして飛び上がると、ライフル弾が機体をかすめる。視界の端にビルの壁を蹴ってこちらを追いかけてくる多脚型(スキュラ)の姿を捉えた。ワイヤーアンカーとバーニアで軌道を不規則に変更し、照準から逃れようとする。だが、機動と装甲のバランスに定評のある多脚型(スキュラ)は簡単には見逃してくれなさそうだ。


 クルスは壁に向かってハンドガンを撃つと同時にワイヤーアンカーを突き刺して引っ張った。脆くなった外壁は衝撃に耐えられずに崩落する。落下してきた瓦礫を多脚型(スキュラ)は慌てて壁を蹴って回避した。追い込まれていることも気付かないままに。


 その瓦礫の陰にクロイツェルは身を潜めていた。一瞬の隙をついて多脚型(スキュラ)の機体にワイヤーが絡みつく。逃れようのない糸が二機を繋いだ。


「終わりだ」


 ワイヤーで引かれた多脚型(スキュラ)に右手が当てられると、炎槍が背中まで貫いた。糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた多脚型(スキュラ)が地面に落ちていく。爆発し、燃え上がる炎。残った敵は僚機が倒してくれたようだ。コックピットの中でクルスは長い息を吐いた。







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