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ブレイクデイズ ~世界の終わりに僕たちは生きる~  作者: Jint
第1章 足跡は赤く染まる

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第4話 出撃


 初出撃の朝、人型機動兵器(ウォードレイダー)に乗り込んだクルスは部屋に届けられた黒い円筒状のユニットを取り付けた。ツインデバイスと呼ばれるそれは、パイロットの操縦をサポートするAIだ。ひとりにひとつ、ワンオフの部品となる。もしも機体が落とされれば、サバイバルキットと一緒に真っ先に持ち出さなければならない貴重品だった。


《システム起動。パイロットとの同調を確認――。機体は全て正常(オールグリーン)


《初めまして、クルス。私は当機のサポートAIを務めるクロイツェルです》

「初めまして、クロイツェル。これから長い付き合いになるだろうから、よろしく頼むよ」

《お任せください。あなたは私が守ります。最後のその時まで》


 クロイツェルの声は女性のような優しい声だった。耳に心地よくて癒されるような暖かみが感じられる。サポートAIは兵士として戦う限り常に隣で寄り添う存在だ。聞いているだけで嫌悪感を抱くような声が採用されるはずもない。


 新兵たちはサポートAIと共にこれから様々な戦いを経験して成長する。サポートAIにはこれまでの戦闘で残された膨大な記録からフィードバックが受けられるが、パイロットごとの最適化を行うためには時間をかけて同調する必要があった。そう正に伴侶のように助け合う。死が二人を分かつまで。


 クルスは左右の操縦桿を握り、フットペダルの感触を確かめた。操縦方法は頭に入っている。後は身体を動かすように意識せず、自然に機体を動かせるかだ。慎重に踏み出した一歩。覚束ない足元を探るようなそれは大いなる確信に変わる。クロイツェルのアシストを受けて機体は思い通りの動きをみせた。格納庫を飛び出して滑走路脇でアクロバティックな動きを楽しんだ。自分の身体でさえも、これほど自由には動けないだろう。


クルス・A91(エーナインワン)。はしゃぎ回るのは構わんが、作戦前に機体を壊すなよ』

「はっ、了解しました!」


 周りの失笑が聞こえてくるような小言をオープンチャンネルでもらった。恥ずかしさの余り顔に熱を帯びる。反省していることを示すように機体をその場で直立不動にした。そのままの姿勢でのろのろと格納庫から出てくる僚機を待つ。


「クロイツェル、止めてくれよ」

《機体性能を確かめるには、適切かと思いましたので》

「それはまあ、その通りだね……」


 八つ当たり気味に放った文句はあっさりと流されてしまった。自らの行動の結果は自ら負うしかないのだと悟らされる。最後まで守ると言ったはずのクロイツェルに不審の目を向けた。AIに空気を読む機能は搭載されていない。空調の音だけがコックピット内に響いた。


 集合場所である滑走路脇には見た目も性能もバラバラな機体が集まっている。機体の調達を個々に任せれば、こうなることは自明の理だ。いくらパーツが標準規格に則っていても好みの違いは吸収しきれない。彼らをひとまとめにして作戦を指揮するのは至難の業だろう。


 とはいえ兵士たちは消耗品だ。作戦を遂行できる能力があるか否かは自らの判断にかかっている。新兵として面倒をみてくれるのは初出撃まで。その後の任務は全てが自己責任となる。自分の腕と達成報酬を秤にかけて任務に参加するかを自由意志で決められるとの建前だ。実際には税金を支払うために命を賭けなければならないのだが。


『諸君、私はこの部隊を預かるアシュリー・FF6(ダブルエフシックス)一尉だ。早速、キミたちには楽しい偵察任務に就いてもらう。何、危険地域からは遠く離れたエリア16だ。心配することは何もない。しっかり先任士長の後を雛鳥のようについていけばすぐに終わる。敵を発見しても撃墜しようなどと思うな。報告後は速やかに帰還したまえ。以上だ』


 明るい茶色の髪を髪を後ろでまとめた大柄の女性は人型機動兵器(ウォードレイダー)が立ち並ぶ前でそう言い放った。部隊のほぼ九割を占める新兵たちは息を飲んで見守るしかない。新兵の帰還率は公開情報だ。とても楽しい任務だとは思えなかった。


『アルファチームを預かるヴァレリア士長だ。私の指示に従っていれば、必ず帰還させてやる。では、速やかに一号機に乗り込め!』

『ブラボーチームを預かるターオルング士長だ。はぐれたヤツは置いていく。死ぬ気でついてこい。俺たちは二号機だ』


 ターオルングの通信を聞いて心底、アルファチームで良かったと思った。言っている内容は同じでも与える印象は段違いだ。彼の二つ名がそれを助長している。ブラボーチームの面々は今頃青い顔をしていることだろう。


 口を大きく開けたクジラのような輸送機の腹に機体が次々に飲み込まれていった。航空機は安全の確保された空路でしか利用できない。この戦争が始まって以来、敵のばら撒いた安価な対空地雷や空中機雷は多くの地域で航空機の使用を制限した。獣道のようなか細い線を伝って目的地にたどり着く以外、地面を這っていくしか方法がないのだ。


 全機の搭乗が終わり、輸送機が滑走路を走り出す。やがて軽いGがかかると、ふわりと宙に浮きあがった。天候は快晴。シートベルトの着用は必要ないほど安定した飛行を保っている。それでも外の景色が見えないコックピットの中では膝を抱えて震えるしかなかった。


『ねえ、みんな、顔を合わせたのって初めて?』

『同じ歳だろ? 養成施設(クレイドル)で一緒のヤツもいるんじゃねえか?』

『同じ部隊なんだし、自己紹介ぐらいしない?』

『どうせ暇だったんだ。悪くない提案だと思う』


 アルファチームの新兵たちはこれから向かう初任務への恐れを誤魔化すように饒舌になっていた。同じ部隊だというのにヴァレリア以外、顔を合わせたのも初めてだ。名前も知らないのでは任務にも支障が出るだろう。


『やめておけ。初出撃では互いに自己紹介をしないのがジンクスだ』


 ヴァレリアの鋭い声が和気藹々としていた雰囲気を切り裂く。冷や水を浴びせられたように新兵たちの会話が途切れた。彼女らしくない強い拒絶だった。とはいえ出会ってまだ二日だ。何を知っているかと問われれば、口をつぐむしかない。


『しかし、隊長。名前も知らないのでは任務にも支障がでるでしょう』

『そうですよ。私たち、肩を並べて戦う同志じゃないですか』

『これは長く受け継がれてきたルールだ。キミたちにも黙って従ってもらう』

『ですが……』

『隊長、言ってやればいいんですよ。帰ってこないヤツの名前を覚えても仕方ないって』

『よせ、パチャラ。言い過ぎだ』


 肝が冷えた。クルスを含めた新兵たちは自分の立ち位置を理解していなかった。先達の兵士から見れば、新兵は名前を覚えるに値しない存在なのだ。いや、すぐにいなくなる者の名前を覚えたところで無駄な行為でしかない。相手の名前を聞いてしまえば、いなくなってしまった時に悲しむ対象が増えるだけなのだから。


 結局、目的地に着くまでの二時間余りひたすら無言で過ごした。ゆっくりと覚悟が決まっていくのか。それとも死を身近に感じて恐怖で満たされていくのか。仲間であるはずの新兵たちでさえも、その動向はようとして知れなかった。


『着いたぞ。目的地上空だ。私に続いて降下しろ。地上に着いたらビーコンに従って集合だ』


 ヴァレリアの命令に『イエッサー』との唱和が続いた。もう誰も口を挟む者はいない。新兵たちの心情がどうであれ、任務を拒否することは許されない。戦いの中で死ぬか、廃棄処分となるかの違いでしかなかった。


 輸送機の後部ハッチが開き、青空が見える。息苦しさから解放されたように空は澄んでいた。ヴァレリアは機体を滑らせてハッチから飛び出していく。先達の兵士たちがその後に続いた。新兵たちも彼らに引っ張られるように空へと落ちる。任務はまだ始まったばかりだった。







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