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ブレイクデイズ ~世界の終わりに僕たちは生きる~  作者: Jint
第1章 足跡は赤く染まる

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第23話 私的


 寝返りを打った肩に当たる柔らかな感触が、クルスを微睡みから一気に覚醒させた。時間は早朝。窓から差し込む朝日もまだ柔らか時間帯だ。隣で規則正しい寝息を奏でるヴァレリアを見てふっと笑みを浮かべる。どうも死と隣り合わせの戦いで感じる高揚感は人を獣にまで退化させてしまうようだ。休暇中の二人は数日分の食糧を買い込んで部屋から一歩も出ないという怠惰な生活を送っていた。


 爛れた生活を改めなくてはと思わなくもない。次の任務に向けて訓練や機体の見直しも必要だ。生き残るために誰もが当たり前のようにやっていることを放り出している。こうしている間にも仲間との差は開いていくだろう。そう頭ではわかったつもりになっていても、自制心は嵐に巻き込まれた小舟のように制御が利かない。ヴァレリアにあの甘い声を囁かれるだけで、誘うような仕草を見せられるだけで、思考は蕩けてしまった。


 その結果がこの三日間だ。水分と食糧を補給し、睡眠を貪る。それ以外のほとんどの時間をヴァレリアと過ごしてしまっていた。欲望のまま無為な時間を過ごした罪悪感に押しつぶされそうになる。いくら娯楽が死滅した時代だといっても、街で買い物を楽しむぐらいはできた。管理者(ブリギット)も鬱憤を抱えた兵士をハイブに押し込める愚を悟っているのだろう。気晴らしに酒を飲んだり、我を忘れて踊ったりする場所も存在する。戦時下でも生活の自由が脅かされているわけではなかった。


「ヴァレリア、そろそろ外に出ない? もう食糧も底をついたよ」

「んん、面倒くさいなあ。もうタブレットで栄養補給すればいいじゃない」

「任務中はほとんど戦闘糧食(レーション)だろう?」

「そうね。でもまあ不味くはないじゃない。味のバリエーションがないのは不満だけど」

「休暇中ぐらいちゃんと食事したくない?」

「どちらがいいか天秤にかければ、ここでごろごろするのを選ぶわ」

「さっさとシャワーを浴びて目を覚まして。こんな自堕落な生活、続けていたらダメになる」

「もうっ、クルスは真面目ね。わかった、わかったわよ」


 大きな欠伸をひとつしてヴァレリアは寝癖の付いた髪に手櫛を入れる。そのままふらふらとした足取りでシャワーへ向かった。どうやら起きる意志はあるようだ。クルスも毛布から這い出て部屋を眺める。酷い有様だった。脱ぎ捨てた服が点々と床に落ち、シンクは汚れた食器が山のように積まれ、シーツはまだら模様に染まっていた。


 腕まくりをしたクルスは困難な任務を前にした時のように使命感に燃えていた。ベッドから毛布とシーツを引きはがして洗濯機に突っ込む。スイッチを入れると、すぐにドラムに注水が始まった。洗濯かごも溢れそうだが一緒に洗う気にはなれなかった。


 汚れた食器を食洗器に並べて洗浄ボタンを押す。床に散らかった服を拾い集め、溢れそうな洗濯かごに押し込んだ。しばらく洗濯機はフル稼働だ。部屋の片隅に転がっていた――恐らく寝ぼけたヴァレリアに蹴飛ばされたのだろう――、清掃用ドローンを助け出し、充電ユニットまで導いた。


 冷蔵庫を開けると、がらんとした庫内にはパンが二枚と卵だけが残っていた。ボウルに卵と砂糖を入れ、混ぜ合わせてパンを浸す。火にかけたフライパンにバターを引き、泡立ってきたところで浸しておいたパンを載せた。じゅうっと小気味よい音と香ばしい匂いが漂ってくる。食欲をそそる香りだ。二十時間以上食事をしていないすきっ腹には堪える。溢れ出る涎を飲み込んで出来上がったフレンチトーストを皿に載せた。


 ハイブで流通する食糧はほとんどが工場で作られていた。野菜や穀物は言うに及ばず、肉や魚、卵などは全て合成食品だ。たんぱく質のほとんどは海洋牧場のオキアミか地下農場の蛾の幼虫を原料としている。100%遺伝子組み換え食品だが、代わりとなる物もなければ文句の出ようもない。卵とて例外でなく熱で溶ける素材に包まれたキューブ状の何かだ。懐で温めたところで何も孵らない。有精も無精もなく、卵のような食糧なのだから。


 ヴァレリアがダイニングキッチンに入ってきて鼻をひくひくさせる。シャワーから上がったばかりでまだ濡れた髪をドライヤーで乾かしていた。無地のキャミソールにショートパンツのラフな格好はすらりと伸びた白い手足が嫌にでも目に付く。クルスは努めて視線を外し、何気ない風を装った。


「コーヒーは?」

「うーん、ちょうだい。まだ、スッキリしないの」

「砂糖ふたつにミルク?」

「砂糖ふたつにミルク多め」

「かしこまりました、お嬢様」

「ふふっ、有能な執事には報酬を渡さないとね」



 ケトルからカップにお湯を注いでインスタントコーヒーを作る。角砂糖はふたつ、ミルクは多めに。ヴァレリアからの報酬を思い浮かべてひとつ頭を振った。発情期の猫でもあるまいに頭の中がピンクになっていてはこの先が思いやられる。そうでなくても彼女の部屋を間借りし、兵士としてのアドバイスを受けていた。同じ時期に目覚めた者たちからすれば、呆れるほどの好待遇だ。これ以上、何かをもらっていては対等な立場が失われてしまう。


「さて、どこに行こうか?」

「ノープランだったの?」

「外に出ることが目的なんだ。どこに行くかは二の次だよ」

「ふうん、まあ、いいけど。クルスが行きたいところは?」

「取り敢えず食糧の買い出しに行きたい!」

「ピザを取ってもいいじゃない」

「三食ともピザで済ますつもりはないだろ?」


 ヴァレリアはすっと目を逸らした。ひとりで暮らしていた頃の食生活が容易に想像できる。クルスが連れて来られたばかり時、キッチンには調理器具どころか食器さえほとんどなかった。人間らしい生活にまで引き上げた苦労を誰か褒めて欲しい。《書き込み(ライティング)》によって同じ知識を得ているはずの人の間で、これほどまでに能力差が出ることは驚くべきことだった。単に彼女の性格が原因なのかもしれないが。


「いいわよ、行先はショッピングセンターね。でも、私の買い物にも付き合ってもらうから」

「もちろん構わないけど、何を買うの?」

「まだ決めていないけど、そろそろ服も買いたいし」

「ああ、そうか。季節の変わり目だものね」

「そうそう、季節の変わり目だし、新しいパーツも見て回りたいかな」

「うん、うん?! パーツ?」

「各社が新製品を出しているのよ」


 季節とは何の関係もない人型機動兵器(ウォードレイダー)のパーツだが、各社とも見本市に合わせて新製品を発表するため、季節の変わり目ごとにラインナップは切り替わっていた。兵士たちには飯の種であり命綱でもある。普段はカタログを見て購入しているが、この時期はデモンストレーションも花盛りで、毎日のようにイベントが行われていた。



「ほらほら、ここなんて攻撃支援用ドローンの実演だよ」

「そんなこともしてるんだ……」

「クルスもそろそろ新しい機体に乗り換えたら?」

「あー、そ、そうだね。でも、まだ、今の機体も乗りこなせてないし」


 任務で稼いだクレジットのほとんどをヒョウカに貸している状態では新しい機体を買う余裕なんて全くない。だが、それを馬鹿正直に告白した場合のヴァレリアの反応は火を見るよりも明らかだ。最悪ヒョウカは身ぐるみを剥がされて廃棄処分になりかねない。後味が悪いなんてものじゃないだろう。


「ああ、新しい機体を購入する時の参考にしたいなあ。是非、寄ってみよう」

「どうしたの、クルス? ちょっと変よ?」

「いやいや、何でもないって、とにかく早く出かけようよ」

「はいはい、着替えてくるからちょっと待ってよ」


 部屋に戻ったヴァレリアの姿が見えなくなってからクルスの口からため息ともつかない変な声が出た。椅子の背もたれに体を預けて放心状態になる。戦場だけでなく、ハイブの中で生き残るのも大変だなどとたわいもないことを考えていた。







全然、ロボット書いていないなあ…。

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