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ブレイクデイズ ~世界の終わりに僕たちは生きる~  作者: Jint
第1章 足跡は赤く染まる

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22/24

第22話 休息


 ハイブに帰還した兵士たちは皆、浮かれ気分だった。犠牲は少なく、任務は成功。参加した者たちのほとんどが報酬を得て、かなり懐が潤っている。食堂では戦いの高揚感を抑えきれず、羽目を外して騒ぐ者たちがあちこちで見られた。酒は胃の中に入るよりも多くの量が床にぶちまけられている。そんな喧噪をよそに、暗い顔を突き合わせている男たちの姿が片隅にあった。


「くそっ、全損だぞ、全損。いくらかかったと思ってんだ。あの機体に!」

「それは僕も同じだよ、タイン。イスファハン製で揃えたんだ。これまでの稼ぎをつぎ込んで」

「私の、私の圧倒的火力が……」


 タイン、ツカサ、トウミの三人は機体を失ったが、略取誘拐(アブダクション)から逃れ、這う這うの体でハイブへと帰還した。助かった要因は敵が本隊への攻撃を優先したからに過ぎない。だが、任務を途中離脱したことに加え、本隊を危険にさらしたペナルティは重かった。貯め込んでいたクレジットを全て吐き出しても再起には足りない。彼らは追い込まれていた。


「こうなりゃ、残っている債権を全部回収するしかねえな」

「待ってくれ、ヒョウカの債権も手放すのか?!」

「もう諦めろ、トウミ。機体がなけりゃ俺たちの方が先に干上がっちまう」

「なんてことだ、ああ……」

「これで終わらすつもりですか、タイン?」


 ツカサの問いにそんなわけがあるかと否定の言葉が即座に返ってきた。威嚇が混じった荒い口調。いたぶって遊んでいたいたペットに牙を剥かれたようで、怒りと屈辱に満ちたタインの顔は醜く歪んだ。だが、茹だった頭のままで行動しないだけの分別が彼にはあった。


「借りは返す、必ずだ。アイツからはきっちり取り立ててやるよ」

「流石だよ、タイン。もちろん僕も協力する」

「もう一度、彼女を嵌めるつもりなのか?」

「ああ、遊びはなしだ。今度は一気に堕としてやる」


 暗い笑みが伝染する。今回の失敗で彼らが改心することはなかった。単に不運が重っただけのこと。小さな躓きだとしか捉えていない。それは管理者(ブリギット)が構築した新たな社会秩序に適合した者の姿と言っていいだろう。ルールを逸脱しない形で、狡猾に立ち回り、生き残る。そこには倫理観や他人を思いやる心の欠如が強く滲み出ていた。


  ◇◆◇


 ヒョウカは左手首を突き出してホロディスプレイを映した。口座に入っているクレジットを見てため息を吐く。3160万。これまで稼いできた報酬と比べれば破格の金額だ。それでもタインたちから借りた額にはほど遠かった。おそらく彼らは一括返済を迫ってくるに違いない。誘いを蹴って逆に罠に嵌めたのはヒョウカの方だ。返済を待って欲しいとの言い訳は通じないだろう。


「……はあ、いくら足りないの?」

「えっ、えーっと、2000万です、はい」

「どうせ貸している分もあるんだ。まとめた方が効率いいし、僕から追加で貸すよ」

「そんな……、でも、いいんですか?」


 嬉しさを隠そうとして隠しきれていない声色にクルスは苦笑した。結局、ヒョウカは自分の足で立とうとしても誰かの支えなしには立てないのだ。だからこそ立ち上がるまでの補助なら手を貸してもいいと考えていた。その後の面倒までは見切れないが。


「まあ、俺らは臨時ボーナスが入ったからな。好きにすりゃあいいさ」

「バトバヤルくんは相変わらずですね。でも、なんでこんなに報酬が多いんでしょう?」

「そりゃ、アイツらが撃墜した分がこっちに振り込まれてんだよ」

「それって不正行為なんじゃないの?!」

「フィエーダ、俺たちが何かしたか? 何もしちゃいねえだろ?」

「それは、まあ、そうだけど……」

「ドライブレコーダーが壊れてて撃墜確認が取れなかったんじゃねえの。故意かどうかはわかんねえけど」

「なるほど、そういうことなら遠慮は無用ですね」


 証拠を残さないためにドライブレコーダーを整備不良にしていたタインたちは敵を撃墜したとしてもそれを証明する術がなかった。あまり強固に主張して後ろめたいところを探られてはかなわない。そんな微妙なバランスの下、彼らの撃墜報酬は地雷を設置したクルスたちの懐に転がり込んできたのだ。


「これは相当、恨まれそうだね……」

「おいおい、今更そんな心配か、クルス?」

「まあ、報酬に関係なく恨まれていることは確かですね」

「巻き込んでしまって、すみません……」

「いいのよ、ヒョウカ。どちらにしても私たちは目を付けられていたでしょうし」

「派手に稼いで目立っちまったからな。まっ、結果オーライってとこじゃねえの?」


 機体を撃墜されながらもタインたちがハイブまで帰還していることは伝わっていた。仲間を陥れることに忌避感のない彼らのことだ。熱さが喉元を過ぎれば、またぞろ何か仕掛けてくるやもしれない。一見すると気安い雰囲気を作っているバトバヤルだが、見かけによらず慎重な男だ。彼らの動向を監視し、情報を収集するぐらいのことは考えているだろう。


「さっさと完済して憂いを断ってきたら?」

「そうですね。ちゃちゃっと終わらせます。はい、送金っと」

「そうそう、ヒョウカには頼みたいことがあるからね」

「えっ?! クルス、さん?」


 ヒョウカが怯えた目を向けた。5000万の債権は今やクルスが持っている。生殺与奪権を握られたようなものだ。タインたちから要求されていた対価を思い出して顔が青くなる。これでは前門の虎後門の狼ではないか。助かったと安堵したところから急降下した精神はもうずたずたで、その負荷に耐えられそうになかった。


「クルスくんにはヴァレリアさんがいるじゃない。そういうことは良くないと思うけど?」

「フィエーダさん……、ありがとうございます」

「いいのよ、ヒョウカ。私たちもう仲間でしょう?」

「私、その言葉だけで、救われました」


 救いの手を差し伸べられたヒョウカは、ぎゅっとフィエーダの手を握りしめた。目には涙を浮かべている。何かを訴えるように。彼女は自分の外見が与える印象を本能的に知っていた。そしてそれを活かす術を見出したようだ。良くない流れを感じてクルスは慌てて否定の意味を込めて両手を振る。このままではまとまりかけていたグループが早々に崩壊してしまう。同情心でヒョウカを受け入れたことをすでに後悔していた。


「待って待って、何か変な誤解がある」

「本当に? それじゃ、何をさせようとしていたんですか?」

「ネットからの情報収集だよ。十八番なんだろ? タインたちの動きを知っておかないと」

「なんだ、そういうことですか。紛らわしい言い方をするから」

「いきなり疑われた僕の身にもなって欲しいな」


 フィエーダは顔の前で両手を合わせ、ごめんなさいと言ってぺろりと舌を出した。こういう仕草をどこで覚えてきたのか不思議に思う。そして何故か許してしまう自分の気持ちもわからない。これは何か呪術的な儀式なのだろうか。全ての元凶はアーカイブにあるのかもしれない。旧文明の遺産はこの世界にも様々な影響を与えていた。良きにつけ悪しきにつけ。


「そういうことなら任せてください。私、お役に立ちますよ!」

「ああ、うん、気付かれないようにね」

「足を残すなんて、そんな真似しませんよ。電脳魔術師(ウィザード)と呼ばれたこの私の腕をお見せします」


 誰がそんな二つ名で呼んでいたのかとの疑問はひとまず飲み込んだ。やる気になってくれたのはいい傾向だった。これからのことを考えると何かと気が重くなるが、ひと山越えたことは事実だ。先ずはそのことを喜ぼうと気持ちを切り替える。賑やかに話す仲間たちを眺めながらクルスは微かに笑みを浮かべた。







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