第21話 消滅
迎撃を命じられたクルスたちだが、相手は包囲網を敷いていた部隊だ。ここまでの追撃戦で多少数は減ってはいるが、それでも圧倒的な戦力差がある。無策で勝てるはずがない。援軍が欲しいところだが、それも期待はできないだろう。ヴァレリアが命じたのならこの部隊単独で撃破する可能性が高いと判断してのことだ。彼女の評価を下げるわけにはいかない。
「逃げてきた相手と、また対峙することになるとはなあ」
『敵をひとつにまとめてくれれば、残弾を全てお見舞いしてもいいんですが』
『まあ、普通はこっちを包囲するんじゃね? 戦力差があるんだしよ』
「囮ってわけにもいかないか……」
『おいおい、誰を囮にするんだよ。引きつけるっていっても限度があるだろ?』
『ええっ、私は嫌ですよ。生き残れるわけないじゃないですか』
ヒョウカが不穏な空気を感じてすかさず主張した。生還率の低い作戦を採ろうとはクルスも考えていない。だが、ここでのんびり待っているだけでは不利な状況を覆せないだろう。敵のアドバンテージを失わせる必要がある。
数の優位を発揮させないためには敵の火線を狭くすることだ。射線上の味方が邪魔になって攻撃できなければ、それは遊兵となる。狭い地形でもあれば好都合なのだが、それも求められないこの地で敵の動きをコントロールするにはやはり囮しかなかった。
「僕とバトバヤルでそれぞれ左翼と右翼の部隊を引きつけよう」
『鈍重コンビにやらせたら、すぐにお陀仏だろうしな』
『……もうっ、バトバヤルさんは口が悪いなあ』
「フィエーダとヒョウカは中央で待機だ。最後の一手は二人にやってもらう」
『了解よ。そこの疑似餌よりはいい働きをするわ』
『んだとてめえ。脳筋火力バカ』
『ふんっ、空威張りの小心者』
「二人とも後にしてくれ。以降はジャミングをかける通信はなしだ」
『はい、任せてください』
必要な指示を伝えると、クルスは受け持ちの位置に向かう。ジャミングで強制的に口喧嘩を中断されたバトバヤルも踵を返して隊を離れた。二人とも気負わないのはありがたいが、気を抜き過ぎていて、その内に痛い目を見そうだ。とはいえやることをやっているなら文句はない。じゃれているようなものだとクルスは理解していた。
まばらな森の中に入って所定の座標まで移動する。敵は確実にこちらへ向かっているはずだ。何もしなくてもその内に接敵するだろう。クルスは目を閉じ、深く長い息を吐いた。敵を待つ時間は長いように思えて実際は短かった。焦りは禁物だと自分に言い聞かせる。シート越しに微かに感じる振動。心臓の鼓動ではなく地響き。紛れもなく敵が迫っている。目を見開くと、レーダー上には敵影を示す光点の海。目を閉じていても当たりそうだと口の端を歪める。
ステルスモードで地形に隠れているクルスはまだ敵に発見されてない。絶好の奇襲の機会だ。先頭の多脚型に照準を合わせてアサルトライフルを三連射。同時に飛び出して前方の木にワイヤーアンカーを打ち込み、弧を描くように機体を躍らせる。敵からの影を追うようなまばらな反撃は統制も取れていない。次々に射撃の餌食にした。
精々、派手に暴れて目を引かなければ、敵も追ってこないだろう。ジグザグと軌道を変えて的を絞らせずに損害を与え、速やかに後退した。どうやら上手く釣れたらしい。振り返らなくとも追ってくる銃弾が奴らの怒りを表していた。付かず離れずの距離を維持しながらクルスはペースメーカーの役割を担う。この作戦はタイミングが鍵。バトバヤルと息を合わせなければ効果は半減する。それでは意味がないのだ。
「クロイツェル、バトバヤルの様子はわかるか?」
《残念ながら、ヒョウカのジャミングが完璧なことしかわかりません》
「それはそれで朗報とも言えるけど」
《とにかく今は作戦の遂行を優先してください》
「わかってるよ。それしかできないんだから」
相変わらず神経を逆撫でするサポートAIに嫌味のひとつを飛ばして操縦桿を握り直した。そろそろパターンも読まれてきただろう。アレンジステップを加えて回避パターンを増やす。これだけの高機動をしながら弾をばら撒いても命中しているのは、クルスの射撃センスだけでなくサポートAIの補正によるものだが、敵の密度の高さがそうさせている面もある。多少の損害が出たところで、まだ彼我の戦力差は大きかった。
細かくブーストを吹かしながらつま先で地面を蹴ってショートジャンプを繰り返す。機体に弾が命中すれば、一巻の終わりだ。何せクロイツェルは紙装甲。極限まで軽量化された機体はほとんど装甲をつけていない。装甲戦車型の20mm機関砲であっても容易に貫けるだろう。
しかし、装甲と引き換えに得た機動性を活かして砲煙弾雨を跳ね回るクルスは、敵にとって目の前の蠅を追うようなもので鬱陶しいことこの上ない。躍起になって追ってきた敵部隊は徐々に中央に釣り出されていることに気付かずにいた。
左翼からクルスが、右翼からバトバヤルが。中央に向かって敵部隊を引っ張り、その軌跡が交差した。両翼の敵部隊は味方が壁となり、それぞれ追っていた相手を見失って立ち往生する。それは散開していた敵が中央に集まってしまったことを意味した。
フィエーダの機体から残弾が一気に放出された。ポッドからミサイルが放たれ、キャノン砲からは榴弾の雨が降る。同時にガトリングガンがオーバーヒートを起こすまで弾をばら撒き、蹂躙を続けた。フィエーダ機の背中からはヒョウカが討ち漏らした敵をスナイパーライフルで狙撃する。六割近い敵の機体を一瞬でスクラップに変えた。
五倍以上の戦力差が蓋を開けてみれば、もう背中の見える距離だ。フィエーダの持つ火力に戦慄する。アサルトライフルでちまちま撃っているのが馬鹿らしくなる戦果。それでもクルスにはまだ役目が残っている。残弾を撃ち尽くしたフィエーダはヒョウカ専用運搬機でしかない。残敵の掃討には残る三人が当たらなければならなかった。
クルスは目の前の多脚型にワイヤーアンカーを巻きつかせ、残る敵との間で盾代わりにしながら、一機、また一機と確実に撃墜する。反対側ではバトバヤルが敵の機体を次々にアサルトライフルで屠る。最後はヒョウカのスナイパーライフルに撃ち抜かれた多脚型が地面に倒れ、戦闘が終了した。
『おおっ、やればできるじゃねえか、ヒョウカ』
『バトバヤルさん、大雑把なようで意外に細やかですね』
『うるせえ、約束は約束だろうが』
『律儀に守ってくるから、時々、文句が言えないのよね』
『あーそうかよ。もう絶対に呼んでやらねえからな、愛玩人形』
『酷い、私は褒めてしかないのに!』
『連帯責任だ。このヤロウ』
『またわけのわからないことを、この男は……』
どこまでも騒がしい三人だった。誰かに聞かれていなければいいけどと、クルスはため息を吐く。ヴァレリアの期待に応えようと背伸びをして受けた任務だが、元々無理だと決めつけて一度は逃げ出した相手だけに誰もがプレッシャーを感じていたようだ。今は解放されて軽口を叩きたい気分なのだろう。
その時、轟音が響き渡り、一基の巨大なミサイルが飛び立った。青空に白煙で一筆を描いて。すぐに周囲の地対空地雷が反応するが、ミサイルから分離された無数のデコイが引きつけた。空にオレンジの火球が花開く。ミサイルは一定高度まで上昇し、地上に向かって落ちてきた。そして地面に突き刺さり、大爆発を起こす。大量の土砂が巻き上がり、瓦礫の雨を降らせた。
《上位者》によって禁止された核に次ぐ最大の破壊力を誇る爆薬だ。その効果は圧巻に尽きる。この日、地図から敵基地がひとつ消えた。それは人類側にとって小さな一歩だが、クルスたちにとっては輝かしい一日となった。




