第24話 勝負
三日振りの外の空気は清々しかった。なにせ《終末の目覚め》後の世界人口は十分の一以下まで減少している。そこら中でドンパチが続いていようが、環境的な数値は改善される一方だ。人類が宿主を蝕む寄生虫だとの説もあながち間違いでもない。誰にとっての環境かとの議論は残るだろうが。
《放浪者》の襲来を神罰と定義する宗教もかつては存在した。正体不明の存在に略取誘拐されることが救済だと信じた人々も。だが、そういった輩が頭に輪っかを付けて自由意志を失い、人類の敵として現れる段になって酔っていた者たちにも冷や水が浴びせられた。
彼らは神の先兵というよりもゾンビを想起させる。崇高な使命に従っているわけではなく、血肉を求めてうろつき回って仲間を増やした。超常現象を操り、神の御業を成すのではない。アメリカ軍の兵器を操り、人類の殲滅を行っているのだ。コミュニケーションの手段が異なるため、思考を理解できないことも相まって《放浪者》は敵性生命体としての存在を確立した。
結局、人類は見苦しくも地を這いずりまわって生き残る道を選択する。いや、選択したとの表現は正確ではない。選択した者だけが生き残ったのだ。困難な状況に直面した人々が宗教に救いを求め、そこに安らぎを見出したとしても、それが根本的な解決とはならなかった。
管理者が人類を導くようになっても宗教が禁じられたわけではない。だが、人が培養カプセルで育てられるようになって家族の形が変化し、親から子へ伝えられる教えが《書き込み》で代替されるようになると、その在り方も変わらざるを得ない。今となっては道徳的な行動理念に名残を残すのみだ。
晴れ渡った青空。まだ、朝靄から抜けきっていない街を眺めながら、クルスは人類の歴史に思いを馳せる。彼自身、信仰を持たなくとも何かに祈ったり、ジンクスを信じたりすることはあった。人という小さな存在がどうしようもなく過酷な運命に立ち向かう時、絶対的な存在にすがりたくなるのは当然のことだろう。終末であればなおさらのことだ。
「お待たせ、さあ、行きましょう」
「ん、そうだね」
「ショッピングセンターでいいの?」
「なにはなくとも食糧からかな」
「はいはい」
ヴァレリアは裾の長いオフショルシャツに見えるか見えないかぎりぎりのショートパンツで脚線美を惜しげもなく晒していた。一方のクルスは白のシャツにスラックスという支給されたそのままの服装だ。街を歩けば、彼が目覚めたばかりであることに誰もが気が付くだろう。
「もうっ、そんな服。買う余裕ぐらいあったでしょ?」
「そんなに変かな?」
「目覚めたてですって恰好よ」
「うん、まあ、ヴァレリアに選んでもらおうかと思ってね」
「……そういうことなら仕方ないわね」
不満げだったヴァレリアはクルスの言い訳を聞いて少しだけ機嫌を直す。あまり外見に気を配ってなかったというのが本当のところだ。だが、彼女に服を選んでもらうつもりだったのも嘘ではなかった。クルスは自分のセンスをそれほど信用していない。頼りっ放しになることに忸怩たる思いもあるが、ほとんどの時間を彼女と共に過ごしていたのだから許して欲しい。
クルスとヴァレリアの二人は手をつないでぶらぶらと街中を歩く。出歩く人はそれほど多くなかった。子供たちの姿はここにはない。養成施設で集団生活をしているか、培養カプセルで育てられているかのどちらかだろう。ほとんどが十代から二十代と若かった。歳を重ねるごとにその姿を見ることが少なくなっていくのは長く続く戦いが影響しているからだ。
「意外に近くにあるんだね」
「どこの街並みも同じよ。都市計画そのままだもの」
「そう考えると散策する楽しみもないか」
「歴史の重みなんて、失われてしまって久しいわ」
代わり映えのしない街並みを歩き、一際大きな建物に着く。中に入れば色とりどりの食品が目に映る。元となる原材料は同じでも見た目と味はほとんど変わらない代替え食品が作られていた。効率を旨とする管理者にしては珍しく栄養を補給するだけではなく、目と舌で楽しめる食事を提供していた。
「レタスにパプリカ、あとセロリも欲しいな」
「野菜ばっかり、タブレットで良くない?」
「食物繊維は身体にいいんだよ」
「食物繊維どころかマルチビタミン入りもあるわよ」
「そんな寂しい食事をしたいの?」
「うーん、クルスが作ってくれるなら何だっていい」
どうもヴァレリアは家事全般を苦手としているせいか食事にもこだわりがない。少し凝った料理を作ったところで不味いか不味くないかしか気にしていなかった。実に料理の作り甲斐のない同居人だ。好きな食べ物が手っ取り早く栄養の取れる物では頭を抱えるしかない。
ヴァレリアの意見を取り入れることを諦めたクルスは次々にカートの中へ食品を放り込む。彼女に任せていては三食ともピザで満足しそうだ。管理者がコストをかけてまで食生活の文化を残してくれている意味を全く理解していない。憤懣やるかたないといった態で買い物を続けるクルスを彼女は不思議そうな目で見ていた。
これが衣料になると立場が逆転する。クルスのパーソナルデータからホログラムとして3Dモデルを映し出すと、ヴァレリアは次々に服を選んで着せていった。あらゆる角度で彼のホログラムを見つめる。まな板の上に載せられている鯉の気分だ。時折、意見を求められることもあるが、悪くない以外の答えをクルスは持ち合わせていなかった。
戦場では即断即決が信条だったはずのヴァレリアが二時間以上悩んだ末に選び抜かれた服を購入し、次の目的地へ向かう。隣接した複合施設では人型機動兵器のパーツを扱った見本市が開催されていた。クルスは幾分、ほっと胸をなでおろした。これなら二人とも興味のある分野だ。時間が長く感じることもないだろう。
搬送用ドローンに荷物を載せて会場を回る。見本市は最先端技術のアピールの場だ。各社が今期一押しのパーツを使ったデモンストレーションを行っている。多くは映像とスペック表を眺めるだけだが、力の入ったブースではVR筐体を使って性能を体験できる準備が整えられていた。
「ほら、見て見て、コレよ。噂の攻撃支援用ドローン」
「ふうん、ロックしている敵にAI制御で攻撃するのか」
「クルスもマンティスと戦ったんでしょ? アレと同じよ」
「なるほど、厄介な敵だったものね」
「自分が使えるならかなりのパワーアップじゃない」
「どんな武器も使いこなせなければ、ただのクズだ。そうじゃないか、ヴァレリア?」
「……ターオルング!?」
二人の会話に割り込んだのは、音もなく背後に現れた黒ずくめの男、ターオルングだった。オフにも拘らず黒のジャケットにジーンズなのは彼なりの拘りかもしれない。同僚との偶然の邂逅にヴァレリアは露骨に顔をしかめた。
「何の用? 私たちデート中なんですけど」
「随分とその男に御執心だな」
「クルス、クルスよ。そいつとか言わないで」
「ふっ、で、そいつは使えるのか?」
「もちろんよ。あなたなんかあっという間に抜かしちゃうんだから」
鋭利な目に剣呑な光が宿る。次にターオルングの口から出る言葉をクルスはわかっていた。ヴァレリアとの間に何があったのかはわからないが、彼が根っからの戦闘狂であることは肌で感じている。その結果、自分が逃げられない立場にいることも。
「ほう、それは面白い。どうだ、ここでひとつ勝負してみないか、クルス?」




