夏フェス
お読みいただき、ありがとうございます。
「車の免許も持っていたんですね」
夏フェス会場に向かう八人乗りワゴン車の助手席で、僕は二階堂先輩に話しかける。
「はい。それに自動車なんて、フォートI型の頃から乗っていますよ」
どうりで運転も安定しているわけだが、この人いったい人間界では何歳なんだろうか。
――夏フェスの話をすると「リリスも行きたいっス!」とせがまれた。
僕がバンド仲間と行く予定のフェスはコミケの前週、ゲーム制作は終わっている予定なので、スケジュール的には問題はない。
ルキも「わたくしはあまり興味ございませんが、人間界の音楽文化調査は必要ですわね」と、本当はぜひ行きたいらしきグレーのオーラを出しながら言った。
また、「そういうことでしたら」と、二階堂先輩が車を出せるという。
アイリスだけは浮かない顔をしていたが「みんながいくなら」と参加を表明した。
仕方がないので別行動になることを覚悟でバンドの仲間に話すと、女の子三人が来るうえに交通費まで浮くと聞き、二つ返事で同行をOKしてきた。
しかし、これが失敗だった。
バンドの仲間三人は、ゴスロリ三人娘に圧倒され、車の最後列で借りてきた猫のように大人しくなっている。特にルキの『話しかけるなオーラ』と、リリスとアイリスのドン引きBLトークがいけなかったようだ。
悪いことをした。
まあ会場に着けば別行動なんだろうし、行き帰りの車中だけ我慢してもらうしかない。
リリスはずいぶんと楽しみなようで、目を輝かせて窓の外を見ている。基本的にお祭り好きなのだろう。
ルキは澄ました顔で反対側の窓を見ているが、足をぶらぶらと動かしているあたりから、本当は楽しみで仕方がないことがうかがえる。
アイリスは気分が悪いのか、まもなく会場に到着するというのに、どんどん青ざめた顔になってきている。
◇ ◇ ◇ ◇
「すごい人っスね。で、いつ殺し合いや連続爆破が始まるっスか?」
「始まらねぇよ!」
早朝から出発し、僕たちは夏フェス会場に到着した。
山奥の会場なのに、宿泊組も含めてすでに会場は大盛況となっている。
ステージへ向かう通路には、グッズ売り場や『フェス飯』と呼ばれる軽食を売る飲食屋台などが立ち並び、さながらお祭りのような賑いをみせている。
アイリスは二階堂先輩に付き添われ、カフェブースで休憩している。なんでも人混みが大の苦手で、人混みを想像するだけでも気分が悪くなるほどの重症だという。
「けっこう優しいトコあるんですね、二階堂先輩」
僕はアイリスに付き添っている二階堂先輩に声をかける。
とはいうものの、二階堂先輩はいつも通りに下ネタをぶちかまし、アイリスが電池切れ気味なこと以外は、相変わらずな二人だったのだが。
「そうでしょう? 私は『劇場版ジャ●アン』と呼ばれるほど、いい人なのです。先日も箱に入って流されている子猫を助けるために、全裸で川に飛び込んだぐらい、やさしいのですよ」
「それって全裸の必要性はあったのかしら……ダンタリオン……」
人混み酔い中のアイリスのツッコミには、いつものキレがない。
「居合わせた女子中学生達からも、キャーキャーと黄色い声援を受けたほどです」
「それって悲鳴では……」
「アイリスさんにも見せたかったなぁ、私の勇姿を」
「通報していたと思われます……」
実は僕は、リリスたちの面倒を二階堂先輩にまかせて、バンドの仲間とフェスを回ろうとしていたのだが、リリスが僕から離れようとしないし、二階堂先輩もずっとアイリスにつきっきりだったので、バンド仲間と一緒に行動するのは早々に諦めた。
そんなわけで、三日(リリスにとっては三年)ぶりの再会からまだ数日しか経ってないこともあり、また、ゲーム制作を全く手伝っていない後ろめたさもあって、僕はリリスのわがままにつき合うことにした。
さぞバンド仲間の彼らには、僕が『ブラコンの妹に振り回され、まんざらでもない兄』に見えていることだろう。
そんなリリスとルキは、デスメタルやオルタナティヴ、ゴシック・ロック系などの破壊的なサウンドが気に入ったようで、フェス飯をつまみながらすっとラウド系のステージを見ている。
僕もそういうバンドは嫌いではないのだが、そろそろ移動しないと、このあと別ステージに出演予定のお目当てのバンドが見れなくなる。
「なあ、この後ちょっと見たいバンドがあるんだよ。移動しないか?」
爆音が響くため、僕は二人を近くに寄せて大声で話す。
「もう、しょうがないっスね。ついていってあげるっスよ」
「こっちのセリフだ! お前が僕の服の裾を引っ張って離さないからだろうが!」
リリスの場合、音楽を楽しみたいというよりも、夏フェス特有のお祭りの雰囲気が楽しくて仕方がないようだ。
「大変申し訳ございませんが、わたくしはもう少々こちらのステージを見ておきたいですので、別行動とさせていただきますわ」
黒い羽根の扇子で扇ぎながら答えるルキは、よほどこのステージが気に入ったようだ。
ルキを一人にするのは少々心配(もしも絡んでくる奴がいれば相手のほうが)だったが、二階堂先輩も近くにいることだし、ルキもステージに釘づけだし、まあ大丈夫だろう。
集合時間と場所を決めて、僕とリリスは違うステージへの移動を開始した。
木々に囲まれた夏フェス会場の移動経路は、人の熱気でむせ返るようなステージ近くと比べて、ずいぶんと涼しい。
すれ違う女性たちは、ゴスロリ全開のリリスとは違い、夏フェスに慣れているのだろうか、まるでハイキングのようなラフな格好をしている人が多い。
でも、さすがに音楽フェスだけあって、かなり人目を引く容姿のリリスが、街中のように過剰な注目をあびることはなかった。
しばらく林道を歩くと、目指すステージの途中にある、他のステージとはあきらかにボルテージが違う異様な雰囲気のステージに、リリスの足が止まった。
「なっ、なんっスかあれは! 何のサバトっスか? 大規模黒ミサっスか?」
ステージ上では、バンド演奏ではなく、全員同じ衣装を着た女の子が数人、軽快な曲に合わせて舞台狭しと飛び回り、ダンスをしながらヘッドセットマイクで歌っている。
いや、もしかすると歌は口パクかもしれないぐらいに動きが激しい。
ステージ前の観客は、皆同じ色のTシャツを着て、妙にカクカクした同じ動き、同じタイミングの掛け声を発するなど、他のステージの観客とは違い、完全に統率がとれている。
「ああ、あれはアイドルグループのステージだな。最近はたくさんのアイドルグループが、いろんなフェスに出ているらしいよ」
かく言う僕も、アイドルグループのステージを実際に見るのは初めてだ。
曲の構成はだいたい決まっていて、最初は全員で、途中で一人ずつ順番に、最後にまた全員で歌うという曲がほとんどだった。
メンバーの女の子が一人ずつ順番に歌っていくパートでは、歌い終わると同時にその娘のあだ名をコールする合いの手が『●●ちゃ~ん!』『○○り~ん!』と響き渡る。
そして曲のサビでは、色とりどりの長いペンライトが曲に合わせて振られ、さらにステージと客席との一体感を演出している。
さらに間奏では、曲に合わせて韻を踏んだ、間奏いっぱいまで続く意味不明で長い大合唱が観客席から湧き上っている。
一方、それらガチファンのTシャツを着ていない一般の観客は、少し離れた場所でやや引き気味に見ており、その間にはモーゼが海を渡るときのような空間がポッカリと空いている。
そんなアイドルグループのステージに、リリスはもはや完全に魅入っている。
「おい、行くぞ」
声をかけてもリリスは返事すらしない。
それどころか、まるで引き寄せられるかのように、ふらふらとステージに向かって歩き出す始末だ。
僕はため息をつき、最近ちょっとお気に入りになったバンドのステージを見るのは開始ギリギリになることを覚悟した。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は作者が(ある方面において)本気を出します。
もっとも、読み飛ばし推奨の閑話ですが……。




