ギコマルくん
「……愛してるって、言えない」
「…………え?」
美月が俺を見つめた。
「……悠真?」
『あちゃー!』
ヤミコちゃんが、わざとらしく両手を頬に当てた。
『残念だったねー、美月ちゃん!』
「……待って」
『最終問題! あとちょっとだったのにねー!』
けらけらと笑う。
『それじゃあ、ギコマルくーん! やっちゃってー!』
ガチャン。
ウィィィィン……。
金属音が響いた。
「……いや」
美月が首を振る。
「いや! いやあああっ!」
回転する刃が、再び動き始めた。
「おい! 止めろ!」
『えー? だって負けちゃったもーん』
「ふざけんな! 止めろって!」
ギィィィン!
「ぎゃああああああっ!!」
美月の絶叫が響いた。
白い床に、赤いものが散る。
「美月!」
彼女は身体を震わせながら、俺を見た。
「……痛い」
「…………」
「痛いの! ねえ! 痛い!!」
「止めろ! 今すぐ止めろ!」
『あははっ!』
ヤミコちゃんが笑う。
『悠真くん、やっぱり優しいねー!』
「……悠真!」
美月が叫んだ。
「早く言ってよ!!」
「…………」
「愛してるって!!」
ギィィィン!
「いやああああっ!!」
刃が離れる。
美月が荒い息を繰り返す。
「はっ……はっ……!」
『あれー? まだ言ってくれないねー?』
「……悠真」
美月が俺を睨んだ。
「言えよぉっ!!」
「…………」
「たったそれだけでしょ!? なんで言えないの!?」
ウィィィィン!
「いや! やだ! やめて!」
ギィィィン!
「ぎゃああああっ!!」
刃が戻る。
白い床に、赤い染みが広がっていく。
『あはははっ!』
ヤミコちゃんが楽しそうに手を叩いた。
『ギコマルくん、じょうずじょうずー!』
「……ふざけんなよ!」
俺は叫んだ。
「もうやめろ!」
『えー?』
「もう十分だろ!」
『んー? じゃあ、もう一回だけ!』
ウィィィィン!
「いやあああっ!」
「止めろ!!」
ギィィィン!
「痛い! 痛いぃっ!!」
美月が泣き叫ぶ。
「悠真ぁっ!!」
「…………」
「なんで言ってくれないの!? 私が死んでもいいの!?」
「……違う」
「だったら言ってよ!!」
「…………」
「ほんっと役立たず!!」
美月が怒鳴った。
「いつも優しい優しいって言われてるくせに! 肝心なときは何にもできないじゃん!!」
「…………」
「私がこんな目に遭ってるの、誰のせいだと思ってんの!?」
ウィィィィン!
「ひっ……!」
美月が身を縮めた。
「……お願い、お願いだから……!」
ギィィィン!
「いやあああああっ!!」
刃が戻る。
モーター音だけが響いていた。
ピンポンパンポーン!
『はいはーい!』
突然、ヤミコちゃんが手を叩いた。
『ボーナスターイム!』
陽気な音楽が流れた。
刃が止まる。
「……はっ……はっ……!」
美月は俯いたまま、荒い呼吸を繰り返していた。
『優しい優しい悠真くんに免じてー!』
ヤミコちゃんが両手を広げる。
『またまた復活大チャンスー! ぱちぱちー!』
「……何?」
『ここで悠真くんが「愛してる」って言えたら!』
画面に大きな花丸が表示された。
『特別に挽回させちゃうよー!』
「…………」
『最後のチャンスだねー!』
美月が顔を上げた。
「……ほんと?」
『ほんとほんとー!』
「……悠真」
彼女が俺を見た。
『でもでもー』
ヤミコちゃんが人差し指を立てた。
『悠真くん、なかなか言ってくれないもんねー?』
「…………」
『だからさぁ、美月ちゃーん』
画面の女の子が、にっこりと笑った。
『悠真くんを喜ばせたら、言ってくれるかもよー?』
「……え?」
『男の子、悦ばせるの、得意だもんねー』
けらけらと笑う。
『じゃあ、一分だけ上半身を解放してあげるねー!』
ガチャン。
美月の両腕を固定していた拘束具が外れた。
けれど。
腕は、だらんと垂れ下がったままだった。
「……あれ?」
美月が小さく呟く。
手を動かそうとしている。
けれど、指先は震えるばかりだった。
「……動かない」
彼女は、自分の腕を見つめた。
「……なんで……」
足も、動かない。
それでも美月は、ゆっくりと顔を上げた。
俺を見た。
懇願するような目だった。
「……悠真」
「…………」
「……ねえ」
彼女は、無理やり笑顔を作った。
「……悠真も、男の子だもんね」
「……美月?」
「仕方ないなぁ」
震える声。
「特別だよー」
彼女は、へらりと笑った。
「……えへへ」
そして。
美月が、身体を傾けた。
「……おい」
俺は思わず声を漏らした。
「何して……」
彼女は答えなかった。
動かない手の代わりに、顔を近づけてくる。
俺のズボンの留め具に、歯をかけようとしていた。
「やめろ」
美月は聞いていない。
カチ、カチ。
歯が震えている。
うまく留め具を掴めない。
「……あれ?」
美月が呟いた。
「……開かない」
カチ、カチ。
何度も。
何度も。
「おかしいなぁ」
彼女は、困ったように笑った。
「いつもなら、簡単に……」
『あちゃー!』
ヤミコちゃんが、両手で目を覆った。
けれど、その指の隙間から、こちらを覗いている。
『あれあれー?』
美月の動きが止まった。
『いつもならー?』
「…………」
『えーっ! 美月ちゃん、いつもそんなことしてるのー!?』
「……っ!」
俺は、美月を見た。
「……いつもなら?」
「……悠真」
「お前……他の男に、いつもこんなことしてたのか?」
「……違……」
俺は首を振った。
「……俺は」
声が、うまく出なかった。
「俺は、こんなこと……」
美月が、俺を見上げている。
「一度だって、されたことない」
「…………」
沈黙。
ヤミコちゃんが、くすくすと笑った。
俺は、ゆっくりと目を閉じた。
「もう、いい。もう十分だ」
「ーーしてくれ」




