白石美月
「……悠真」
美月が俺を見つめている。
涙を浮かべた瞳。
震える唇。
いつもなら、すぐに抱きしめていた。
大丈夫だよ。
俺がいるから。
そう言って、安心させていた。
でも。
今は、その言葉が出てこなかった。
『あちゃー』
ヤミコちゃんが、わざとらしく頬に手を当てた。
『悠真くん、ショックだよねー。うんうん、わかるよー』
「…………」
『悠真くん、優しいもんねー』
モニターの女の子が、にっこりと笑う。
『そんな優しい悠真くんのために、特別サービス!』
「……サービス?」
『じゃじゃーん!』
画面いっぱいに、数字が浮かび上がった。
『第十問』
『美月ちゃんには、制限時間内に悠真くんから「愛してる」って言わせてもらいまーす!』
「……え?」
『見事成功すれば、お二人は晴れて……』
ヤミコちゃんが両手を広げた。
『ハピハピハッピー!』
軽快な音楽が流れる。
紙吹雪のアニメーションが画面を埋め尽くした。
『それじゃあ、スタート!』
画面の隅に数字が表示された。
時間が減っていく。
「……待てよ」
俺はモニターを見た。
「何だよ、これ!」
『あっ!』
ヤミコちゃんが、何かを思い出したように手を叩いた。
『言い忘れてたけどー』
その笑顔は、少しも変わらなかった。
『早くしないと、美月ちゃんのお手てとあんよ、なくなっちゃうからねー!』
「…………は?」
ガチャン。
突然、金属がぶつかる音がした。
俺は反射的に音のした方を向いた。
美月の椅子。
その周囲で、何かが動いている。
ウィィィィン……。
低いモーター音が響いた。
椅子の正面から、金属製の装置がゆっくりとせり出してくる。
そこには、円形の刃が取り付けられていた。
回転する刃。
金属が擦れる、耳障りな音。
それが、美月の両手と両脚に向かって、まっすぐ近づいていく。
「……え?」
美月が小さく声を漏らした。
「なに、これ……」
俺も言葉が出なかった。
冗談だろ?
こんなの。
どう考えたって。
「……おい」
俺はモニターに向かって叫んだ。
「おい! ふざけんなよ!」
『えー?』
ヤミコちゃんが首を傾げる。
『何がー?』
「止めろ! 今すぐ止めろ!」
『だからぁ』
女の子が、にっこりと笑った。
『愛してるって言えばいいだけだよー?』
「…………」
俺は美月を見た。
彼女も俺を見ていた。
さっきまでとは違う。
その顔から、血の気が引いている。
「……悠真?」
美月の声が震えた。
「ねえ、悠真……?」
刃が近づく。
ウィィィィン……。
「……嘘、でしょ?」
美月が首を振った。
「ねえ、これ、ドッキリなんだよね?」
誰も答えない。
「……ねえ!」
彼女が声を張り上げた。
「誰か! 止めてよ!」
『はいはーい! お時間はどんどん減ってまーす!』
「やめて!」
美月が叫んだ。
「お願い! 止めて!」
俺は必死に腕を動かした。
けれど、拘束具はびくともしない。
「くそっ……!」
どうすればいい。
何をすれば。
……いや。
答えは、わかっている。
愛してる。
そう言えばいい。
たった、それだけだ。
なのに。
「……悠真!」
美月が俺を呼んだ。
「ねえ! 早く!」
「…………」
「愛してるって言ってよ!」
俺は口を開いた。
でも。
言葉が出なかった。
さっきまで、何度も言っていたはずなのに。
プリンを勝手に食べられたときも。
デートの練習だと説明されたときも。
映像が偽物だと信じたときも。
俺は、愛してると言った。
それなのに。
今は。
「……悠真?」
美月の声が、さらに高くなる。
「ねえ、なんで黙ってるの?」
「……美月」
「なんで!?」
彼女が叫んだ。
「早く言ってよ!」
俺は唇を噛んだ。
言えば、助かる。
そうだ。
言えばいい。
なのに、どうして。
『あれあれー?』
ヤミコちゃんが、楽しそうに首を傾げた。
『悠真くん、どうしたのー?』
「…………」
『さっきまでは、あんなに簡単に言えてたのにねー?』
美月が俺を睨んだ。
「……悠真」
その声には、もう涙だけじゃなかった。
怒りが混じっていた。
「ねえ」
刃が、さらに近づく。
「私がどうなってもいいの?」
「……違う!」
「だったら言ってよ!」
「…………」
「愛してるって!」
俺は目を閉じた。
頭の中に、さっきの映像が浮かぶ。
神崎の腕に抱かれていた美月。
笑っていた美月。
俺のメッセージを見て、慌てて戻ってきた美月。
そして。
『今は俺といてくれてる。そうだろ?』
そう尋ねた俺に。
『……うん』
と答えた美月。
……ああ。
そうか。
俺は。
何も知らなかったんだな。
「……悠真!」
美月の叫び声が響く。
俺は、ゆっくりと目を開けた。
彼女が俺を見ていた。
助けを求めるように。
命令するように。
「……お願い」
美月が言った。
「……愛してるって、言って?」
俺は口を開いた。
「…………」
けれど。
その言葉だけが、どうしても出てこなかった。




