化粧直し
『それじゃあ、次の秘密でーす!』
ヤミコちゃんが楽しそうに手を振った。
『白石美月ちゃんは、今日の同窓会でぇ……』
画面が切り替わる。
映し出されたのは、見覚えのある廊下だった。
「……あれ?」
俺は思わず声を漏らした。
ついさっきまでいた、同窓会の会場。
間違いない。
壁の模様も、奥に見える案内板も、覚えている。
『じゃじゃーん! 今日の美月ちゃんでーす!』
画面の端から、美月が現れた。
見慣れたドレス。
肩にかけたストール。
そして、首元にはネックレス。
「……これ、今日の?」
『そうでーす!』
「……なんで、こんな映像が?」
俺は隣を見た。
美月はモニターを見つめたまま、動かなかった。
『さあさあ、よーく見てねー!』
映像の中の美月が、廊下を歩いていく。
お手洗いの前を通り過ぎた。
「……ん?」
俺は首を傾げた。
化粧直しに行くって、言ってなかったか?
美月はそのまま廊下の奥へ進み、一つの扉の前で立ち止まった。
そして。
扉が開いた。
中から現れたのは、一人の男だった。
「……誰だ?」
男は美月を見ると、親しげに笑った。
美月も笑い返す。
次の瞬間。
男が、美月の腰に手を回した。
「……は?」
美月は嫌がらなかった。
むしろ、自分から男に近づいた。
そして、二人は抱き合った。
「……おい」
俺は思わず声を上げた。
「美月?」
「……違う」
小さな声が返ってきた。
「違うの、悠真」
画面の中で、二人の顔が近づく。
唇が重なった。
「…………」
頭の中が、真っ白になった。
何を見せられているんだ?
誰だ、あの男。
どうして、美月が。
『はいはーい!』
ヤミコちゃんの声が響いた。
『ここで問題でーす!』
画面に文字が浮かぶ。
『第七問 白石美月は、同窓会中に別の男性と密会していた』
『それでも、愛してるー?』
「……ふざけんな」
自分でも驚くほど、低い声が出た。
「こんなの……」
「悠真!」
美月が叫んだ。
「これ、嘘だから!」
「……嘘?」
「そう! こんなの、作り物だよ!」
美月は必死に首を振った。
「今って、AIとかで何でも作れるじゃん! だから、これも……!」
「……AI?」
「そうだよ! こんなの信じないで!」
俺はモニターを見た。
映像の中の美月。
あのドレス。
あのストール。
今日、俺が隣で見ていた姿そのものだった。
でも。
確かに、映像なら作れるのかもしれない。
最近の技術なら。
「……そう、なのか?」
「そうだよ!」
美月が勢いよく頷いた。
「私がそんなことするわけないじゃん!」
『そっかー』
ヤミコちゃんが、つまらなそうに呟いた。
『じゃあ、悠真くん。愛してるー?』
俺は美月を見た。
彼女は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
そんな顔を、させたくなかった。
俺たちは、中学時代からずっと一緒だったんだ。
七年も。
たった一本の映像で、それを全部否定できるわけがない。
「……こんな偽物で、騙されてたまるか」
俺はモニターを睨んだ。
「……愛してる」
『……はいはーい。せいかいせいかーい』
ヤミコちゃんは、面倒くさそうに手を振った。
『じゃ、次。第八問目ー』
「……え?」
俺は思わず画面を見た。
さっきまで、あんなに楽しそうだったのに。
今は、まるで興味を失ったみたいに。
淡々とゲームを進めている。
『次も美月ちゃんの秘密でーす』
画面が切り替わった。
再び映し出されたのは、同窓会の会場。
けれど、さっきとは違う場所だった。
「……ここ」
二次会の店だ。
俺は、壁に飾られた絵を覚えていた。
さっきまで、みんなで酒を飲んでいた場所。
その廊下を、美月が歩いている。
首元には、ネックレスが光っていた。
そして。
また、あの男が現れた。
「…………」
美月は男を見ると、嬉しそうに笑った。
男が何かを囁く。
美月は口元を押さえながら笑い、男の腕に触れた。
二人は、廊下の奥へと消えていった。
「……また?」
俺は呟いた。
さっきの映像は、作り物なんじゃなかったのか。
どうして、別の場所でも。
同じ男と。
『はいはーい。ちょっと早送りしまーす』
ヤミコちゃんの気だるい声が響いた。
画面の端に表示された時刻が、一気に進む。
そして、再び二人が現れた。
美月が、男の隣を歩いている。
けれど。
「……あれ?」
俺は、あることに気づいた。
首元。
さっきまで光っていたものが、ない。
「……ネックレス」
俺は思わず呟いた。
覚えている。
美月が席に戻ってきたとき。
俺は、確かに尋ねたんだ。
『あれ? 美月、ネックレスは?』
美月は、酔ってどこかに引っかけたのかもしれないと言っていた。
でも。
今、目の前の映像では。
あの男と会う前には、確かにつけていた。
そして。
戻ってきたときには、なくなっていた。
「……美月」
「……っ」
「ネックレス……」
「違うの!」
美月が叫んだ。
「だから! これも偽物だって!」
「……でも」
「でもじゃない!」
美月の声が、部屋に響いた。
俺は思わず口を閉じた。
こんなふうに怒鳴る美月を、俺は知らない。
いつも笑っていて。
誰にでも優しくて。
少しくらい嫌なことを言われても、笑って流せる。
そんな彼女が。
今は、俺を睨んでいた。
『……ねぇ』
ヤミコちゃんが、退屈そうに口を開いた。
『まだやるの?』
「……え?」
『言い訳』
「……っ!」
『まあ、いいけどー』
画面の女の子が、大きなあくびをした。
『それじゃ、悠真くん』
俺は、ゆっくりと顔を上げた。
『それでも、愛してる?』
「…………」
答えられなかった。
隣から、美月の声が聞こえる。
「……悠真?」
俺は目を閉じた。
七年。
七年も一緒にいたんだ。
そんな簡単に、疑っていいわけがない。
……そうだろ?
「……愛してる」
絞り出すように答えた。
『はぁ……はい。正解』
ヤミコちゃんは、少しも嬉しそうじゃなかった。
『じゃあ、第九問』
画面が暗転した。
そして、また映像が流れ始める。
三次会の会場。
あの廊下。
美月が、誰かと並んで歩いている。
また、あの男だ。
男が振り返った。
その顔が、はっきりと映る。
「…………え?」
見覚えがあった。
中学時代。
サッカー部。
背が高くて、みんなからゴリラなんて呼ばれていた男。
ついさっきまで、同窓会にいた。
「……神崎?」
俺は呟いた。
「神崎、蓮……?」
美月が、息を呑む音がした。
画面の中で、神崎が美月の肩を抱く。
美月は笑っていた。
楽しそうに。
幸せそうに。
まるで。
俺といるときみたいに。
「…………」
俺は、何も言えなかった。
そのとき。
画面の中の美月が、スマートフォンを取り出した。
何かを確認している。
そして、慌てて神崎から離れた。
俺のスマートフォンに残っている、あのメッセージ。
『遅いけど大丈夫か?』
その直後。
『大丈夫! すぐ戻る!』
……そうか。
あのとき。
美月は。
「……化粧直し、じゃなかったんだな」
俺の声は、自分でも驚くほど静かだった。
「…………」
美月は何も答えない。
『さあさあ!』
ヤミコちゃんが、にっこりと笑った。
『それでは、悠真くん!』
モニターいっぱいに、あの文字が浮かぶ。
『それでも、愛してる?』
俺は、美月を見た。
彼女は泣いていた。
いつものように。
俺に助けを求めるような目で。
「……悠真」
その声を聞いても。
俺は、すぐには答えられなかった。




