嘘
「……はぁ?」
思わず声が漏れた。
目の前のモニターには、一枚の写真が映し出されている。
大学のキャンパス。
並んで歩く男女。
そして、繋がれた手。
男の顔には見覚えがない。
けれど、隣にいる女の子は。
「……美月?」
俺の彼女だった。
「えっ……?」
美月が小さく声を上げる。
「これ、どういうこと?」
「いや、あの……」
美月は困ったように眉を下げた。
「違うの、悠真」
「違うって……何が?」
「これは、その……」
美月が言葉を探すように視線を泳がせる。
俺はもう一度モニターを見た。
間違いない。
美月だ。
しかも、男と手を繋いでいる。
「……誰?」
「大学の先輩」
「先輩?」
「うん。その……先輩に好きな人がいるらしくて」
「……うん」
「デートの練習に付き合ってほしいって頼まれたの」
「デートの練習?」
「そう。私、最初は断ったんだよ? でも、どうしてもってお願いされて……」
美月は申し訳なさそうに俯いた。
「断りきれなくて……」
「……そっか」
俺はモニターを見つめた。
写真の二人は、楽しそうに見える。
少なくとも、嫌がっているようには見えなかった。
でも。
写真一枚で何がわかるんだ。
「……なんで言ってくれなかったの?」
「ごめん。悠真に変な心配かけたくなくて……」
「……そうか」
「本当に、それだけなの」
美月が俺を見つめる。
いつもの、少し困ったような顔。
「……信じてくれる?」
俺は息を吐いた。
正直、いい気分はしない。
でも、大学の先輩に頼まれて断れなかったというなら。
それだけで浮気だと決めつけるのは違うだろう。
「……わかった」
「悠真……」
「でも、次からはちゃんと相談してくれよ」
「……うん!」
美月の表情が明るくなる。
『はいはーい!』
ヤミコちゃんの声が響いた。
『それじゃあ悠真くん!』
画面の女の子が、にっこりと笑う。
『そんな美月ちゃんでも、愛してるー?』
「……愛してるよ」
『ふーん』
「……何だよ」
『あれあれー?』
ヤミコちゃんが首を傾げる。
『おかしいぞぉー?』
「……は?」
画面が切り替わった。
そこには、二つの波形が表示されていた。
規則的に上下する緑色の線。
その隣には、数字が並んでいる。
『じゃじゃーん!』
『お二人の心電図でーす!』
「……心電図?」
『そうそう!』
ヤミコちゃんが楽しそうに笑った。
『二人とも、心臓バクバクだねー!』
「……なによ、それ!」
美月が声を上げる。
『ああ、言ってなかったっけ?』
ヤミコちゃんは、まるで忘れ物を思い出したように手を叩いた。
『お二人の心拍数とか、心電図とか、いろいろ測らせてもらってまーす!』
「……そうか」
俺は自分の身体を見下ろした。
拘束具の内側に、何か硬いものが触れている。
「それで、嘘をついてないか調べてるってわけか」
『ぴんぽーん!』
「でも、それだけじゃわからないだろ」
心拍数なんて、緊張しただけでも上がる。
こんな場所に閉じ込められて、落ち着いていられる方がおかしい。
『まーねー』
ヤミコちゃんは、あっさりと認めた。
『でもぉ……』
画面の女の子が、人差し指をこちらに向ける。
いや。
違う。
指の先は、俺じゃない。
『あんまり興奮しちゃ、だめだよ?』
美月だった。
「……え?」
俺は隣のモニターを見た。
美月の名前が表示された波形。
その横の数字が、少しずつ大きくなっていく。
「……美月?」
「な、なに?」
「大丈夫か?」
「大丈夫だよ!」
美月は慌てたように答えた。
「こんなの、誰だって緊張するでしょ!」
『うんうん。そうだねー』
ヤミコちゃんが頷く。
『だから、落ち着いてねー?』
「……っ!」
美月が唇を噛んだ。
画面の数字は、さらに上がっていた。
「……次!」
突然、美月が叫んだ。
「早く次行ってよ!」
俺は思わず彼女を見た。
「美月?」
「だって、こんなの意味ないじゃん! 早く終わらせようよ!」
「……ああ、うん」
そうだ。
いつまでもこんな場所にいるわけにはいかない。
早くゲームを終わらせて、帰ろう。
『はいはーい』
ヤミコちゃんが、気の抜けた返事をした。
『それじゃあ、次は……』
画面に大きな文字が浮かぶ。
『第七問 桐谷悠真の秘密』
『んーとー?』
ヤミコちゃんが首を傾げた。
『あー……』
「…………?」
『なくなっちゃったー!』
「……は?」
思わず聞き返した。
『悠真くんの秘密なんだけどー?なくなっちゃったー!』
「いや、なくなったって……」
俺は眉をひそめる。
秘密がなくなるって、どういうことだ。
そもそも、誰が俺たちの秘密を調べたんだ?
「はぁ!? あんた何言ってんの!?」
美月が声を荒らげた。
俺は驚いて隣を見た。
美月が、モニターを睨みつけている。
「なくなったって何よ! そんなの不公平じゃない!」
『えー?』
「最初に十問って言ったじゃない! ちゃんと二人の秘密を出すって!」
『うん。言ったねー』
「だったら、ちゃんとやりなさいよ!」
……美月?
なんだか、いつもの彼女らしくない。
もちろん、こんな状況なんだ。
怒るのも無理はない。
でも。
美月がこんなふうに声を荒らげるところを、俺はほとんど見たことがなかった。
『ということでー!』
ヤミコちゃんが、美月の言葉を無視して両手を広げた。
『あとは白石美月ちゃんの秘密を、どんどんいってみよー!』
「はぁ!? なによそれ!」
『…………』
「ふざけないでよ! そんなのおかしいでしょ!」
『…………』
「ねえ! 聞いてるの!?」
しばらくの沈黙。
そして。
『五月蝿いなぁ』
「……え?」
『黙って観てろって言ってんだよ』
同じ声だった。
あの、甲高く加工された女の子の声。
なのに。
さっきまでとは、まるで違って聞こえた。
俺は息を呑んだ。
美月も、口を閉じている。
モニターの中では、ヤミコちゃんが笑っていた。
さっきと同じ、可愛らしい笑顔で。
『……なーんちゃって!』
女の子が、ぴょんと飛び跳ねる。
『それじゃあ、次の秘密でーす!』
画面が暗転した。
俺は、隣にいる美月を見た。
彼女は俯いていた。
その表情は、よく見えなかった。




