ヤミコちゃん
「……ん」
なんだろう。
身体が、重い。
それに、なんだか寒い。
「……美月?」
聞き慣れた声がした。
「美月! 起きろ!」
「……悠真?」
ゆっくりと目を開ける。
真っ先に飛び込んできたのは、見知らぬ天井だった。
……あれ?
ここ、どこ?
「美月! 大丈夫か!?」
「えっ、うん……」
声のする方へ顔を向ける。
悠真がいた。
よかった。
そう思ったのも束の間。
「……え?」
彼は椅子に座っていた。
いや、座らされていた。
両腕と両脚を、黒いベルトのようなもので固定されている。
「ちょっと、悠真……何してるの?」
「俺が聞きたいよ!」
「えっ?」
立ち上がろうとして、ようやく気がついた。
私も同じだった。
椅子に固定された手足。
自由に動かせない身体。
目の前には、大きなモニター。
「……なに、これ?」
「わかんない。俺もさっき起きたところなんだ」
「えー……」
私は周囲を見回した。
白い壁。
白い床。
窓はない。
病院みたいだけど、医療器具らしいものは見当たらなかった。
「……もしかして」
「ん?」
「ドッキリ?」
私が尋ねると、悠真は一瞬ぽかんとした。
そして、吹き出した。
「……あー! そういうこと!?」
「絶対そうだよ! だって、こんなのありえないもん!」
「確かになぁ。あいつら、やりそうだわ」
「でしょー?」
きっと、同窓会のみんなが仕掛けたんだ。
成人式の記念に、何か面白いことをしようとしているのかもしれない。
「おーい! 誰かいるんだろー!」
悠真が声を張り上げる。
「もうバレてるぞー!」
「あはは! 早く出てきてよー!」
私も笑いながら呼びかけた。
けれど、返事はなかった。
代わりに。
『ピンポンパンポーン!』
「わっ!」
突然、モニターが明るくなった。
画面に現れたのは、アニメ調の女の子。
黒いツインテールに、大きな赤いリボン。
ぱっちりした瞳を輝かせながら、こちらに向かって手を振っている。
『はーい! おっはよーございまーす!』
「……は?」
『みんなのアイドル! ヤミコちゃんだよーん!』
やけに甲高い声が部屋に響いた。
ボイスチェンジャーを使っているのだろう。
機械で加工されたような、妙に耳に残るロリ声だった。
「……何これ」
「ははっ。ずいぶん凝ってんなぁ」
『さあさあ! お二人とも、準備はいいかなー?』
「いや、よくないんだけど!」
『それじゃあ、いっくよー!』
女の子が画面いっぱいに飛び跳ねる。
『愛してるデスゲーム! 言ってみよー!』
「……愛してるデスゲーム?」
『そうそう! じょーずじょーず!』
「おいおい、マジかよ!」
悠真が笑った。
「さっきのやつじゃん!」
「ねー! まさか本当にやるなんて!」
『それでは、ルール説明でーす!』
画面が切り替わる。
そこには、大きく数字が表示されていた。
『全十問!』
『各問題では、お二人の秘密を一つずつ大公開!』
『お互い十個の秘密を知っても、最後まで愛していると言えたらゲームクリア!』
『晴れて自由の身になれちゃいまーす!』
「へぇー」
「なるほどな」
『ただし!』
ヤミコちゃんが人差し指を立てる。
『嘘はダメダメ! ちゃーんと心から愛してるって言ってね!』
「心からって、どうやって判断するんだよ」
『それは、ひ・み・つ♡』
「なんだよそれ!」
悠真が笑う。
私もつられて笑った。
よくできた企画だなぁ。
誰が考えたんだろう。
『それじゃあ、記念すべき第一問!』
◇
『桐谷悠真くんの秘密!』
「おっ、俺から?」
『実は悠真くん! 美月ちゃんが楽しみにしていた映画を、一人で先に見ちゃってましたー!』
「……あっ」
「えっ!?」
私は思わず悠真を見た。
「嘘! あの映画!?」
「いや、その……」
「一緒に見に行こうって言ったじゃん!」
「ごめん! 友達に誘われてさ!」
「ひどーい!」
『さあさあ美月ちゃん! そんな悠真くんを、まだ愛してるかなー?』
「えー、どうしよっかなー?」
「おい!」
「あはは! 冗談だって!」
私は笑って答えた。
「愛してるよ!」
『はーい! せいかーい!』
モニターに大きな花丸が表示された。
『それじゃあ、美月ちゃんの秘密もいっちゃおー!』
「えっ、私も?」
『実は美月ちゃん! 悠真くんに内緒で、悠真くんのプリンを食べちゃってましたー!』
「……おい」
「あははは!」
「それ、さっき聞いたぞ!」
『さあ、悠真くん! 愛してるかなー?』
「……愛してるよ!」
『大正解ー!』
画面の中で、ヤミコちゃんが拍手した。
なんだ。
こんな感じなんだ。
それなら、すぐに終わりそう。
◇
第二問。
『美月ちゃんの秘密! 実は悠真くんの前で、こっそりおならをしたことがありまーす!』
「ちょっとぉ!?」
「ぶはっ!」
「悠真! 笑わないでよ!」
「いや、だってお前!」
「もう! やめてよー!」
『さぁ悠真くん、そんな美月ちゃんでも、愛してるー?』
「愛してる! 愛してるって!」
『はーい! 正解でーす!』
悠真の秘密は、私とのデート中に一度だけ寝たふりをしていたこと。
「えー! 何それ!」
「だって、前の日寝てなくて!」
「もう!」
もちろん、私も「愛してる」と答えた。
第三問も似たようなものだった。
昔、私の作った料理を少しだけ残したこと。
悠真の服を勝手に借りて、そのまま返し忘れていたこと。
そんな、笑って許せるような秘密ばかり。
私たちは何度も笑いながら、互いに愛していると答えた。
◇
『それでは第四問でーす!』
ヤミコちゃんの声が、少し落ち着いた。
『桐谷悠真くんは、以前、美月ちゃんに嘘をついて女の子と二人で食事に行ったことがありまーす』
「……え?」
私は悠真を見た。
「あー……」
「悠真?」
「いや、大学の友達なんだけどさ。相談があるって言われて」
「女の子?」
「うん。でも、本当に飯食っただけだよ」
「……そうなんだ」
少しだけ、胸がもやもやした。
でも。
別に、食事くらいなら。
『美月ちゃん。それでも悠真くんのこと、愛してる?』
「……うん。愛してるよ」
『はい。正解です』
あれ?
さっきまでの元気な声とは、少し違う。
気のせいかな。
続いて、私の秘密。
『白石美月ちゃんは、悠真くんからもらったプレゼントを、一度だけ無くしてしまったことがありまーす』
「あっ……」
「えっ、マジ?」
「ごめん! でも、あの……」
「……まあ、いいよ」
「怒ってる?」
「ちょっとな」
「ごめんね?」
『それでも、愛してる?』
「……愛してるよ」
『正解』
モニターの女の子が、小さく頷いた。
◇
第五問。
今度は、昔の喧嘩についてだった。
悠真が友達に私の愚痴をこぼしていたこと。
私が一度、友達に悠真との別れを考えていると話したこと。
少し気まずくなったけれど、どちらも昔の話だ。
あのころは、まだ子供だった。
今なら笑える。
「……まあ、いろいろあったよな」
「うん」
「でも、こうして一緒にいるしな」
「……そうだね」
私は悠真に微笑んだ。
『それでも、愛してる?』
「愛してるよ」
「私も、愛してる」
『……せーかい』
なんだか、ヤミコちゃんの声がつまらなそうに聞こえた。
さっきまで、あんなに楽しそうだったのに。
◇
『第六問』
画面に大きく数字が表示された。
『白石美月ちゃんの秘密』
私は顔を上げた。
『美月ちゃんの初恋の相手は、桐谷悠真くんではありませーん』
「……えっ?」
悠真が私を見た。
『そのお相手は……』
画面に文字が浮かび上がる。
『神崎 蓮』
「……えっ」
思わず声が漏れた。
なんで。
どうして、そんなことまで。
「……蓮?」
悠真が首を傾げた。
「神崎って、あの神崎?」
「……うん」
「サッカー部の?」
「……うん」
「へぇー。そうだったんだ」
悠真は少し驚いたように笑った。
「いや、その……ごめん」
「なんで謝るんだよ」
「だって……」
「いいよ、昔のことでしょ?」
悠真は優しく笑った。
「それに、今は俺といてくれてる。そうだろ?」
「……うん」
私は頷いた。
「ちょっとー! 意地悪しないでよねー!」
「はははっ! 流石にそろそろイタズラじゃ済まないぞー!」
悠真が笑う。
私も笑った。
「あはは……」
でも。
なんだろう。
胸の奥が、ざわざわする。
私はモニターを見上げた。
「……ねぇ、なんかおかしくない?」
「ん?」
「だって、こんなことまで知ってるなんて……」
「……確かに」
悠真も画面を見つめた。
「流石にやりすぎだよね」
「うん……」
『はいはーい』
ヤミコちゃんが気だるそうに喋った。
『んでー』
「……え?」
『早くしてよ』
「えっ?」
『えっ、じゃないでしょ?』
画面の女の子が首を傾げる。
『あ! い! し! て! る!』
バンバンと机を叩く音と甲高い声が響いた。
『まだ聞いてないんですけどぉー?』
「ああ、ごめん」
悠真が苦笑する。
「愛してる!」
『はいはーい。正解でーす』
ヤミコちゃんは、面倒くさそうに手を振った。
……なんだろう。
さっきまでとは、何かが違う。
『それじゃあ、第七問!』
モニターに大きく数字が表示された。
『それでは次からは、写真からの出題でーす』
「……写真?」
『そーでーす!』
ヤミコちゃんが両手を広げる。
『よぉーく目を凝らしてねー!』
画面が暗転した。
そして。
一枚の写真が映し出された。
大学のキャンパス。
見覚えのある建物。
並んで歩く、一組の男女。
男の子と女の子は、手を繋いでいた。
その女の子は。
「……はぁ?」
悠真の声がした。
私は、モニターから目を離せなかった。




