愛してる?
「それでも、愛してる?」
「愛してるー!」
「きゃーっ! 何それ!」
甲高い歓声とともに、テーブルを囲んでいた男女が一斉に笑い出した。
成人式を終えた私たちは、駅前の居酒屋で中学時代の同級生たちと盛り上がっていた。
誰が言い出したのかは知らないけれど、今は『愛してるデスゲーム』という遊びが流行っているらしい。
ルールは簡単。
恋人に自分の秘密を一つ打ち明けて、それでも愛しているかを尋ねる。
相手が「愛してる」と答えれば成功。
答えられなければ負け。
絆をより深めるか、気まずくなるか。
ただの、ちょっと悪趣味な恋愛ゲームだ。
「じゃあ次、悠真と美月!」
「えっ、私たち?」
突然名前を呼ばれ、私は隣に座る悠真を見上げた。
桐谷悠真。
中学時代から付き合っている、私の彼氏だ。
昔から顔が整っていて、背も高く、誰にでも優しい。
高校も大学も別々になったけれど、私たちは今も付き合っている。
「いやいや、俺らはいいだろ」
「何言ってんの! 中学から付き合ってるんでしょ?」
「もう七年くらい?」
「えー、すごっ!」
周囲から冷やかす声が飛んでくる。
「でもさ、美月たちなら何でも許しちゃうんだろうなー」
「流石、学年一の美男美女カップル〜」
「えー、そんなことないよー」
私が笑いながら答えると、悠真がすかさず口を挟んだ。
「おい! そこはどんなことでも許せよ!」
「えー、だって内容によるじゃん!」
「ひでぇ!」
「あはははっ!」
みんなが笑う。
悠真も笑っていた。
こういうところは昔から変わらない。
私が何か言えば、悠真が冗談を返してくれる。
そして周りが笑う。
中学時代から、ずっとそうだった。
「じゃあ悠真、この間内緒で悠真のプリン食べたのも許してくれる?」
「はぁ!? いきなり重すぎるだろ!」
「愛してるんでしょー?」
「あーもー愛してるよ!」
「やーん、もー♡」
笑い声が上がった。
私は悠真の肩を軽く叩く。
「もう、悠真ったら」
「うるせっ!」
そう言って笑う彼の横顔を、私は見つめた。
やっぱり、格好いいなぁ。
中学時代から人気者だったけれど、大人になってますます素敵になった気がする。
◇
少しして、悠真と一緒に席を離れた。
廊下には、私たちと同じように成人式を終えたらしい若者たちが行き交っている。
みんな楽しそうだ。
そんなことを考えながら歩いていると、少し前を歩いていた悠真が誰かとぶつかった。
「あっ、すみません!」
相手は派手な金髪の女の子だった。
綺麗に巻かれた髪に、華やかなメイク。
短めのスカートに、すらりと伸びた脚。
ずいぶん大人っぽい。
中学時代の同級生だろうか。
私は見覚えがなかった。
女の子と悠真の目が合う。
けれど、女の子はすぐに目を逸らした。
「あれ、もしかして……」
悠真が何か言いかける。
「私、やることあるので」
女の子はそれだけ言い残すと、足早に去っていった。
「……なんだ、あいつ」
一緒にいた男子が眉をひそめる。
「感じわるー」
「てか、あんな子いたっけ?」
「んー? 小宮さんじゃない?」
悠真が答えた。
「えっ、マジ!?」
「小宮って、あの教室の端っこで本読んでた?」
「うん。目元とか変わってないじゃん?」
「はぁ!? わっかんねぇ!」
「女って怖ぇー!」
「あははは!」
男子たちが
笑い出す。
私は金髪の女の子が消えた廊下を振り返った。
小宮さん。
言われてみれば、そんな子もいたような気がする。
でも、あんなに派手な子だったかな。
「悠真、よくわかったね」
「まあ、なんとなく」
「すごーい!」
「そんな大したことじゃないって」
悠真は照れくさそうに笑った。
◇
「そういや、蓮は?」
席に戻ると、誰かが尋ねた。
「神崎? さっき向こうにいたぞ」
「あいつ、めちゃくちゃ背伸びたよな!」
「わかる! ありゃもうゴリラだろ!」
「サッカーやってたからなぁ」
「いや、サッカー関係あるか?」
「あるだろ! 知らんけど!」
「ぎゃはははっ!」
みんなに釣られて私も思わず笑ってしまった。
神崎蓮。
中学時代、サッカー部で活躍していた男の子だ。
あのころから背は高かったけれど、中学時代と比べると、ずいぶん雰囲気が変わっていた。
みんな、大人になったんだなぁ。
そんなことを考えていると、少し離れた席から女の子たちの声が聞こえてきた。
「ねぇ、白石さんって昔から男子に媚び売ってたよねー」
「あー、わかる。ああいう清楚な子に限って、性欲強そうじゃない?」
「それなー!」
……ちょっと。
丸聞こえなんですけど。
「もー、聞こえてるんですけどー?」
振り返って声をかけると、女の子たちがぎょっとした顔をした。
「えっ! 聞こえてた!?」
「聞こえるよー。せめて聞こえないところで言ってくれないかなー?」
「あはは、ごめんごめん!」
「もう、失礼しちゃうなー」
私は彼女たちに合わせて笑った。
まあ、こういうことを言われるのは昔から慣れている。
別に気にするほどのことでもない。
「美月、相変わらずだな」
悠真が苦笑する。
「何が?」
「そういうとこ」
「えー、どういうこと?」
「いや、別に」
「何それー!」
私は笑いながら、グラスに残っていたお酒を飲み干した。
少し飲みすぎたかな。
頬が熱い。
「私、ちょっと化粧直してくるね」
「おう」
悠真に声をかけ、私は席を立った。
◇
「ただいまー」
「おかえり。……って、お前」
「ん?」
「ストール、ずれてるぞ」
「あっ」
肩にかけていたストールを慌てて直す。
「化粧直すなら、ドレスもちゃんと直してこいよ」
「あはは、ごめんごめん」
悠真は呆れたように笑っていた。
私はその隣に腰を下ろす。
それにしても、久しぶりの同窓会って楽しい。
みんな懐かしいなぁ。
昔と全然変わらない子もいれば、驚くほど雰囲気が変わった子もいる。
それにしても蓮くん。
大きかったなぁ……。
「美月?」
「ん?」
「何にやけてんの?」
「えー? 別にー?」
「何だよそれ!」
私たちは顔を見合わせて笑った。
こんな楽しい時間が、いつまでも続けばいいのに。
そう思った。
◇
二次会が終わるころには、時計の針はすっかり夜を指していた。
けれど、久しぶりに集まった同級生たちの勢いは衰えない。
「三次会行く人ー!」
「はーい!」
「俺も!」
「美月たちは?」
「どうする?」
私は悠真を見上げた。
「悠真が行くなら、私も行こうかな」
「俺はまだ平気だけど。美月、飲みすぎじゃない?」
「大丈夫だってー」
「ほんとかよ」
「あはは」
結局、私たちも三次会に参加することになった。
途中、私はもう一度化粧直しに席を立った。
戻ってくると、悠真が不思議そうな顔をする。
「あれ? 美月、ネックレスは?」
「えっ?」
首元に手をやる。
確かに、さっきまでつけていたネックレスがない。
「あれ? ほんとだ」
「どこやったんだよ?」
「ごめん。酔ってて、どこかに引っかけちゃったかも」
「おいおい。大丈夫か?」
「うん、平気平気!」
「あとで探しに行く?」
「いいよ、そんな高いものじゃないし」
「そういう問題じゃないだろ」
「もう、悠真ってば心配性なんだから」
私は笑いながら彼の腕にしがみついた。
「……まあ、いいけどさ」
悠真は困ったように笑う。
優しいなぁ。
昔から、本当に。
◇
三次会も終盤に差しかかったころ。
私は再び席を立った。
……やばい。
長すぎた。
どうしよう。
トイレが長い女だって思われちゃう。
ただでさえ、今日は何度も席を立っているのに。
そんなことを考えていると、スマートフォンが震えた。
『遅いけど大丈夫か?』
悠真からだった。
うわっ。
やっぱり心配されてる。
『大丈夫! すぐ戻る!』
急いで返信して、私は身なりを整えて足早にみんなのところへ戻った。
「ごめんごめん!」
「お前、飲みすぎだよ」
「えへへ。ごめん」
「顔、真っ赤じゃん」
「そうかな?」
「そうだよ」
悠真は心配そうに私を見つめた。
「そろそろ帰ろうか?」
「……うん」
私は頷いた。
楽しかった同窓会も、そろそろおしまい。
少し名残惜しいけれど、仕方ない。
「じゃあ、そろそろお開きにするかー!」
幹事の声が響いた。
「みんな、最後にお水飲んでってねー!」
店員さんたちが、テーブルにお冷を配り始める。
「美月、大丈夫?」
「うん。ちょっと疲れちゃったかも」
「ほら、水飲みな」
「ありがと」
悠真からグラスを受け取り、私はソファに深く腰を下ろした。
冷たい水が、火照った身体に染み渡る。
「ふぅ……」
思わず息が漏れた。
悠真も隣で水を飲んでいる。
周囲では、まだ同級生たちが楽しそうに話していた。
「次は夏休みに集まろうぜ!」
「えー、もっと早くがいい!」
「誰か幹事やってよ!」
「あははは!」
楽しそうだなぁ。
私も、もう少し話したかった。
でも、なんだか急に眠くなってきた。
……あれ?
おかしいな。
さっきまで、こんなに眠くなかったのに。
身体が重い。
まぶたが、勝手に落ちてくる。
「……悠真?」
「ん?」
「私、ちょっと……」
言葉がうまく出てこない。
視界がぼやける。
あれ。
飲みすぎたのかな。
「美月? どうした?」
悠真の声が聞こえる。
隣にいるはずなのに、なんだか遠い。
ごめん。
せっかくの同窓会なのに。
最後まで、迷惑かけちゃった。
「……ごめん、悠真……」
彼の肩に頭を預けた。
温かい。
安心する。
悠真が何か言っている。
でも、もう聞き取れなかった。
……少しだけ。
少しだけ、眠ろう。
そう思ったところで。
私の意識は、途切れた。
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