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03 運命の歯車が動き出した

ネットで言い争っていた相手が、まさかの美少女?!

佐藤凡は約束していたLuckin Coffeeの店にやって来ると、入口の看板を写真に撮り、「大きな魚」に送った。


それから店の外で待つ。


二分ほどすると、「大きな魚」から返信が来た。


相手も同じように写真を一枚送ってきた。


大きな魚:画像を送信しました。


大きな魚:着いたよ。どこにいる?


佐藤凡は写真を開いた。


すると、そこには自分が写っていた。


ただし、写っているのは身体の半分だけだった。


佐藤凡は周囲を見回し、「大きな魚」の姿を探した。


しかし、どうしても見つからない。


おかしいな?


写真まで送ってきたのに、どこにもいない。


まさか、写真だけ撮って帰ったのか?


「き、君が……ド、ドン・橘ホーテ?」


かすかな声が下のほうから聞こえてきた。


佐藤凡が声のした方向に目をやると、そこにはツインテールの小柄な少女が立っていた。


少女は佐藤凡と向かい合い、首を大きく上に傾けて彼を見つめている。


佐藤凡は無言で顔を上げると、再び周囲を見回した。


まだ「大きな魚」を探している。


大きな魚:話して! さっきの人、君でしょ!


佐藤凡はスマホの画面を見つめ、ようやく目の前にいる人物こそが「大きな魚」なのだと確信した。


終わった。


終わった。


なんで女なんだ!?


何を話せばいい?


こんな状況になるなんて、まったく想定していなかった。


佐藤凡の頭の中は真っ白になった。


最後に女子と話したのはいつだ?


十年前?


それとも十二年前?


たしか、クラスメイトが落とした消しゴムを拾ってやったのがきっかけだったような……。


まさか、ネット上で自分と罵り合っていた相手が女の子だったなんて、誰が想像できる?


「き、君が……お、おおきな魚?」


佐藤凡は、まともに言葉すら出てこないことに気づいた。


何を言えばいいのかを考えすぎて、逆に何も話せなくなっている。


「そ、そう。わ、私たち、先に中に入る?」


大きな魚はLuckin Coffeeを指差した。


佐藤凡は頷くことで返事の代わりにした。


「お二人様、何にしますか?」


店員が佐藤凡と大きな魚に尋ねる。


「グランデのジャスミンミルクティー。氷少なめ、糖分は普通で」


店員を相手にした瞬間、佐藤凡は普通に会話できることに気づいた。


少しだけ心が落ち着く。


「同じので」


大きな魚が言った。


「お二人様、お会計はご一緒ですか? 別々ですか?」


「一緒で/別々で!」


二人が同時に口を開いた。


「俺が誘ったんだから、俺が払う」


佐藤凡が言った。


「い、いいよ。自分で払う」


「ダメ。俺が払う」


「自分で払うって!」


佐藤凡はすぐにスマホで支払い用のQRコードを表示した。


大きな魚に払わせるつもりはない。


大きな魚も慌ててスマホを取り出したが、一歩遅かった。


結局、支払いを済ませたのは佐藤凡だった。


「くっ……」


大きな魚は歯を食いしばる。


「LINE教えて。お金、送るから!」


「教えない。ずっと借りたままでいればいいだろ」


この一件を乗り越えたおかげで、佐藤凡もようやく普通に話せるようになってきた。


二人はそのままテーブルを一つ選んで座った。


大きな魚は椅子に座るのにも少し苦労した。


腰を下ろすと、小さな脚は床に届かず、宙に浮いたまま、ぷらぷらと揺れている。


佐藤凡が目測したところ、身長は一五六センチ前後。


小柄で、整った顔立ちをしている。


二人は黙々とそれぞれのドリンクを飲み続けた。


しばらくの間、誰も一言も話さなかった。


大きな魚:やっぱりLINEで話さない?


佐藤凡はスマホに届いたメッセージを見て、返信した。


ドン・橘ホーテ:いい考えだ。


大きな魚:私も同じ大学だとは思わなかった。今まで同じ大学でアニメを見てる人に会ったことなかったんだよね。


ドン・橘ホーテ:俺もだ。今日はかなり対策を練ってきたのに、全部忘れた。


大きな魚:対策まで考えてきたの? 頭おかしいんじゃない?


佐藤凡は向かいに座っている小柄な少女をちらりと見た。


そして再び顔を下げ、スマホの画面を見つめる。


ドン・橘ホーテ:へへ、銀さんがかつて言ってたんだ。「何事も万全に準備しておけば、いつでも冷静でいられる。何が起きても怯えることはない」って!


大きな魚:それなのに結局何も覚えてないじゃん。怖かったなら素直に言えば?


ドン・橘ホーテ:それは想定外の事態だったからだ! まさかネットで言い争ってた相手が女の子だなんて誰が思うんだよ! 豆人間が怒る.jpg


大きな魚:「障害にぶつかるたびに諦めて、うまくいかなければ言い訳する。本当に努力したことがあるの?」――『鎮魂街』より。


ドン・橘ホーテ:豆人間が指を振る.jpg


大きな魚:掲示板の「?」.jpg


ドン・橘ホーテ:大先生だって「自分の失敗はすべて青春の一部で、他人の失敗は青春なんかじゃなく、ただの完全な失敗だ」って言ってる。だから俺が失敗するのは正常なんだ! これこそ青春だ!


大きな魚:私の勘が正しければ、君の青春って、始まる前にもう終わってるんじゃない?


「自分を知る者だけが皮肉を理解できる……自覚のない者には、何を言っても無駄だ」――雪ノ下雪乃。


ドン・橘ホーテ:いや、お前どんだけ名言ストック持ってんだよ。AI使っただろ! 豆人間が怒る.jpg


大きな魚:AI使ってるのはそっちでしょ。私よりアニメ見てる? 私がアニメを見てた頃、君なんてまだ生まれてなかったんじゃない?


ドン・橘ホーテ:俺は四歳からアニメ見てたんだけど?


大きな魚:私は三歳から見てた。


ドン・橘ホーテ:嘘つけ。じゃあ三歳のとき何見てたんだよ?


大きな魚:『ちびまる子ちゃん』。


ドン・橘ホーテ:分かった。信じる。豆人間が土下座.jpg


大きな魚:じゃあ君は? 何を見てたの?


ドン・橘ホーテ:『鉄腕アトム』。


大きな魚は顔を上げ、佐藤凡をちらりと見た。


佐藤凡はスマホを必死に操作している。


大きな魚は再び画面に目を落とした。


大きな魚:君、1963年生まれなの? 全然そうは見えないけど?


ドン・橘ホーテ:へへ、引っかかったな。お前、『鉄腕アトム』が2003年に新作TVアニメとして放送されたのを知らないだろ。俺こそ真の古参だ!


大きな魚は画面を見つめながら、無意識に口元を少し緩めた。


そして再び指を動かす。


大きな魚:分かった。古参には敬意を表するよ。


大きな魚:でも、それだけじゃ君の視聴本数が多い証明にはならない。


ドン・橘ホーテ:どうやって証明しろっていうんだ? 俺は「涼風」の「アニメを見まくる」シリーズだって何周も見てる。もう全部暗記してるんだ。俺が知らないアニメなんて存在しない。


大きな魚:豆人間が指を振る.jpg


大きな魚:それはただのニワカ知ったかオタクだって証明してるだけ。


ドン・橘ホーテ:(とてもここには書けないほど汚い言葉の羅列)


大きな魚:(それに対する反撃の言葉の羅列)


大きな魚:『お絵かき伝言ゲーム』ってやったことある? やったことなくても、泛瓶たちがやってるのを見たことくらいあるでしょ? これで勝負しよう!


ドン・橘ホーテ:俺、絵なんて描けないぞ。


大きな魚:私は描ける。美術専攻だから。


ドン・橘ホーテ:すみません、全部俺が悪かったです。どうかエッチな絵を描いてください。


大きな魚:帰れ。


そのとき、佐藤凡の耳に向かいから小さな笑い声が届いた。


見ると、大きな魚がバッグからタブレットを取り出し、テーブルの上に置いていた。


佐藤凡は少し興味を引かれて、身を乗り出した。


「ち、近づきすぎ」


大きな魚が言った。


「あ、ああ。ごめん」


「じゃあ、そのまま描くね。全部当てられたら君の勝ちでいいよ」


「こんなの朝飯前だ。今のうちに負けを認める準備でもしておけ!」


佐藤凡は自信満々に言った。


大きな魚はペンを手に取ると、タブレットの上を素早く数回走らせた。


すると、特徴のはっきりした棒人間が画面に現れた。


棒人間は両腕を広げ、片足を大きく踏み出している。


そして、尻を表している棒の先端が、わずかに上へ反り返っていた。


「本当に美術専攻なのか?」


佐藤凡は思わず尋ねた。


「うるさい。あまり上手く描きすぎると、簡単に分かっちゃうでしょ」


「分からないなら降参しろよ」


「へへ、簡単すぎる。これは『DEATH NOTE』の『他の人にできる?!』の場面だろ」


「確かに簡単すぎたね。じゃあ、次は難しくする」


大きな魚は頷き、再びペンを走らせた。


今度は画面に一つの球体が描かれ、その隣には処刑台。


その上には何人かの人間が描かれている。


「『チ。―地球の運動について―』。楽勝だな」


「次」


大きな魚は、列車のようにも見える箱を描いた。


その横には棒人間が一人。


さらに反対側にも、もう一人の棒人間。


佐藤凡は長考に入った。


こういう構図の作品はあまりにも多い。


どれなのか、すぐには判断できなかった。


そのとき、佐藤凡は絵の中に漂っている黒い点に気づいた。


「『秒速5センチメートル』。この黒い点は花だ」


「まさか、本当に古参なの?」


大きな魚は驚いたように小さな口を開いた。


「最後の一問。これを当てたら、私の負けでいいよ」


「お前はもう死んでいる」


佐藤凡はタブレットを食い入るように見つめた。


しかし、しばらく経っても大きな魚はペンを動かさなかった。


不思議に思った佐藤凡は、相手を見て尋ねる。


「どうして描かないんだ?」


大きな魚は意味深に笑った。


「もう描き終わったよ」


佐藤凡は信じられないという顔でタブレットを見つめた。


「どこに描いたんだ?」


「当てられないなら降参して!」


こいつ……俺をからかってるのか?


佐藤凡はそう思った。


真っ白な画面のどこに絵があるんだ……。


白い紙。


白……?


空白……?


分かった!


突然、佐藤凡の頭に閃きが走った。


「『ノーゲーム・ノーライフ』だろ? 白が『空白』を意味してるんだろ? そういうことか?」


大きな魚は驚いたように小さな口を開いた。


「正解」


「どうだ! 降参したか? 古参にひれ伏せ!」


佐藤凡が誇らしげに顔を上げると、大きな魚は両手を上げて降参した。


「古参万歳」


二人はそのまましばらく話を続けた。


やがて、別れの時間が近づいてきた。


帰る直前、大きな魚が言った。


「私、花沢小渔。大学一年生で、アニメーション専攻」


「お、おう。俺は佐藤凡」


佐藤凡は拳を差し出した。


二人は拳を軽くぶつけ合った。


しかし、直後にその行為を意識してしまい、慌てて手を引っ込めた。


「と、とにかく……君、思ってたほど悪い人じゃなかった。じゃあ、また今度!」


花沢小渔はそう言うと、すぐに背を向けて走り去っていった。


佐藤凡はその後ろ姿を見つめた。


しばらくして、ふとあることに気づく。


「お、俺……女の子と話した?」


しかも、三言どころじゃない。


ということは――


花沢小渔は、すでに俺に攻略されていたということなのか?


佐藤凡は顎に手を当て、そんなことを考えた。


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