02 佐藤凡の青春傷心物語
佐藤凡は昔から、刷り込みというものは多くのことを説明できると考えていた。
人生で初めて触れたものは、人間に強烈な印象を残す。
そして、その後の人生にまで影響を及ぼすことさえある。
関谷神奇が絵筆を選び、マオがおたまを握ったように、佐藤凡も三歳くらいの頃、家にあった白黒テレビの前にかじりついて、人生で初めて一本のアニメを見た。
それが――『鉄腕アトム』だった。
今でも佐藤凡は覚えている。
アトムがロボットだと知ったウランが、「じゃあアトムにも弟がいるの?」と尋ねるあの場面を。
幼い佐藤凡には、それがあまりにも強烈な衝撃だった。
そしてその日を境に、彼は日本のアニメにどっぷりハマっていった。
七歳の頃、佐藤凡は邪悪な従兄に連れられて『NARUTO -ナルト-』を見せられた。
しかも従兄がいきなり見せてきたのは第二話。
つまり、ナルトが初めて色仕掛けの術を使う回だった。
小学校一年生になったばかりの佐藤凡は、それで『NARUTO -ナルト-』にどっぷりハマり、そこから七年にも及ぶ木ノ葉隠れの里への旅が始まった。
もちろん、後に彼が『NARUTO -ナルト-』の熱さに感化されたことは言うまでもない。
その間にも佐藤凡は、数多くの王道少年漫画を読んだり、アニメを見たりしてきた。
今でも王道作品は佐藤凡の大好きなジャンルの一つだ。
その中でも、彼が最も好きな王道熱血アニメは、実は『FAIRY TAIL』だった。
なにしろ、あれは本当に熱い。
もちろん、佐藤凡は他のジャンルへの探求心も捨てていなかった。
日常系、恋愛、スポーツ、さらには成人向け作品まで、さまざまなジャンルのアニメを次々と見ていった。
面白い作品なら、ジャンルなど関係ない。
どれも佐藤凡の大好物だった。
さらには自分の限界を突破しようと、BLアニメにも挑戦したことがある。
しかし、最終的には見事に失敗。
その反動で、佐藤凡は闇落ちし、百合アンチになってしまった。
恋愛アニメの話をするなら、佐藤凡が最初に触れた作品は『イタズラなKiss』だった。
これは完全に偶然だった。
当時の佐藤凡は従兄の家で遊んでいた。
隅っこに隠れてこっそり『スポンジ・ボブ』を見ていたところを従兄に見つかり、さんざん馬鹿にされた。
羞恥と怒りで頭に血が上った佐藤凡は、自分が大人であることを証明するため、手当たり次第に恋愛アニメを一本選んで見始めた。
そして現在の佐藤凡が出来上がった。
今の佐藤凡は、もうあの頃の恥ずかしがり屋の少年ではない。
恋愛アニメなら、少なくとも数十本は見ている。
しかも実戦経験まである。
Galgameでは、これまで百人を優に超えるヒロインを攻略してきた。
もっとも、初めて『Memories Off』をプレイしたときには、まさかの独身ルートに入ってしまい、幼い佐藤凡は大きなショックを受けた。
だが、その敗北経験が彼をさらに奮い立たせた。
悲しみを力に変え、何度挫折しても立ち上がる。
そうしてこそ、今の佐藤凡があるのだ。
今の佐藤凡なら、どんな女の子でも三言あれば攻略できると自信を持って言える。
ただし、話しかけるところまで成功すればの話だ。
佐藤凡が最も好きな恋愛アニメについて語るなら、『負けヒロインが多すぎる!』が登場する以前は、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』だと思っていた。
なぜなら、佐藤凡は自分が「大先生」とかなり似ていると思っていたからだ。
だが、『負けヒロインが多すぎる!』が登場してからは、自分はむしろ温水に似ていると思うようになった。
ただ一つ残念なのは――
佐藤凡には青春もなければ、傷心もない。
ましてや、物語すらなかった。
佐藤凡は、小学校から高校までの学生生活を振り返り、少なくとも百人の女子が自分に片思いしていたと確信している。
しかし佐藤凡は「大先生」の影響を深く受けていた。
彼女たちがその事実に気づくことすらないまま、佐藤凡はすべての女子を振った。
佐藤凡は、この偉大なる行為によって生じた傷を、一人で背負うことを決意した。
そして誰にも見られないところで、自分の偉大さに感動して涙を拭った。
こうして小学校から高校を卒業するまで、佐藤凡は一人の女子ともまともに話したことがなかった。
妹を除いて。
もっとも、佐藤凡は自分の妹を「女の子」に含めていなかった。
本当の妹というものは、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』のようなツンデレであるべきだ。
あるいは『負けヒロインが多すぎる!』のように可愛らしくあるべきだ。
できれば『ノーゲーム・ノーライフ』の白くらいが理想だ。
『干物妹!うまるちゃん』のように、外では優秀なのに家ではだらしないタイプでも構わない。
しかし残念ながら、佐藤凡の妹はとっくにスイカバーへと進化してしまっている。
まったく可愛くない。
それでも、幸いなことに佐藤凡はすでに大学に合格している。
もう妹と同居する必要はない。
そう考えただけで、佐藤凡の気分は一気に晴れた。
佐藤凡が大学生活に憧れを抱くようになったきっかけは、『ぐらんぶる』だった。
酒の要素を除けば、ダイビングサークルの日常は、まさに佐藤凡が大学生活に対して抱いていた最大の期待そのものだった。
もちろん、『宇崎ちゃんは遊びたい!』の影響もある。
現在、佐藤凡は大学一年生。
だから彼は、自分が二年生になれば、宇崎ちゃんのような可愛い後輩女子が自分の周りに集まってくるに違いないと信じていた。
しかし入学してみて、佐藤凡は衝撃の事実を知った。
なんと、自分が志望したこの学科は、彼の代が最後の入学生だったのだ。
来年度から、佐藤凡が進学した演劇・映像文学系の学科は募集停止になる。
佐藤凡はアニメや漫画が大好きだったため、この学科を選んだ。
脚本家になりたかったのだ。
しかし、現実は彼に容赦なく平手打ちを食らわせた。
この半年間、脚本について学べなかったどころか、アニメについて学ぶ機会すらなかった。
毎日待っているのは、四時間にも及ぶ文学理論の授業と、さまざまな文学史だった。
活路を求めた佐藤凡は、独学でBlenderを学んだ。
そしてBilibiliに自作のMMD動画や、女の子同士の「関係性」を描いた短編動画を投稿している。
現在、フォロワーは一万人。
いつかは同人クリエイターとしてデビューし、某「P」から始まって「V」で終わるサイトと、某「I」から始まって「A」で終わるサイトで、一花咲かせるつもりだった。
さて、恋愛の話に戻ろう。
実は佐藤凡も、女子からの好意を受け入れようとしたことがまったくないわけではない。
「大先生」と同じように、中学生の頃には自分から一歩踏み出そうとしたこともあった。
しかし、佐藤凡が告白の言葉を口にするより先に、彼が憧れていたその女の子は、まるですべてを予知していたかのように言った。
「私が受験する高校って、恋愛禁止みたいなんだよね」
こうして佐藤凡は、結局「好きだ」と告げることができなかった。
これもまた、佐藤凡が自分と「大先生」はよく似ていると思っている理由の一つだった。
ただし、「大先生」には雪ノ下雪乃が現れた。
佐藤凡には、現れなかった。
それ以来、佐藤凡は心を閉ざした。
三次元の女なんて浅はかで愚かな存在だ。
二次元には到底及ばない。
そう思うようになった。
挫折を味わった佐藤凡は、自分を麻痺させるために運動を始めた。
特に『風が強く吹いている』を見てからは、ランニングが好きになった。
最初はただカッコつけて、作品のキャラクターを真似していただけだった。
ところが、意外にもそのまま習慣として続いてしまった。
この習慣のおかげもあって、佐藤凡は数多くのオタクの中でも、自分は体力だけならトップクラスだと思っている。
コミケに一日中いても疲れないほどだ。
楽器にも挑戦したことがある。
きっかけは『けいおん!』だった。
その影響で、佐藤凡は夏休みいっぱいギターを練習した。
ただし、選んだのはアコースティックギター。
そして夏休みが終わると、あっさりやめた。
トランペットにも挑戦したことがある。
しかし三日経っても、一度もマウスピースからまともに音を出すことができなかった。
『BLUE GIANT』を見た後には深く感動し、今度はサックスに挑戦しようと思った。
だが、あまりにも高価だったため断念。
そして同時に、なぜ宮本大の兄が彼のためにサックスを買うのに、32回払いまで必要だったのかを身をもって理解した。
そこで佐藤凡は一歩引き、もっと安い電子管楽器を選んだ。
吹けば音が出る。
そして今では、さまざまな中国風の古典調楽曲を吹けるようになった。
自分では、かなり多才な人間だと思っている。
ここまで長々と語ってきたのも、ただ自分がアニメオタクとしてどれだけの古参で、どれだけ博識なのかを証明したかっただけだ。
昼になって、あの生意気な同じ大学のネット民と対面したとしても、三言か五言もあれば相手を言い負かして、惨めに逃げ帰らせることができる。
そう考えると、授業中だというのに、佐藤凡は思わずニヤニヤしてしまった。
「佐藤凡!」
担当教師が佐藤凡の名前を呼んだ。
しかし佐藤凡は、相変わらず妄想の世界に浸ったままで、返事をしなかった。
「佐藤凡!」
「え? はい!」
ようやく我に返った佐藤凡は、慌てて立ち上がった。
「さっきの質問に答えてみろ」
「何の質問ですか?」
「授業を聞いてなかったな? ではもう一度聞く。フロイト文学理論とは、どのような理論体系だ?」
「えっと……エディプス・コンプレックス?」
教室中が爆笑に包まれた。
その後、佐藤凡は五分ほど教師に説教されてから、ようやく教室を出ることを許された。
しかし、本人はまったく気にしていなかった。
今の佐藤凡の頭の中にあるのはただ一つ。
このあとネットで知り合ったあの男と会ったとき、どうやって相手を言葉で叩きのめすか。
それだけだった。




