第一章 キョンは実はショートヘア派
「キョン神論によれば、キョンが心の奥底で好きなのは、絶対にショートヘアだ!」
「いい加減にしろ。キョンがポニーテール派なのは公式設定だろ。もうめちゃくちゃだよ」
ネット掲示板で三百ラウンドにも及ぶ激論を繰り広げた末、自称「古参」の佐藤凡は、怒りのあまりリアルでの決闘を申し込んだ。
そして大学の門前にあるLuckin Coffeeで対面した相手は――なんと、金髪ツインテールで身長156センチの美術学科所属、合法ロリの花沢小渔だった!?
二人の陰キャオタクは互いの身の上を明かした末、なぜかその場で世紀の和解を果たし、意気投合して地下漫研を結成することに。
これは、自称「大先生」に肩を並べるオタク脚本家が、ツンデレな相棒の漫画を売るために、二次元マスコットの着ぐるみを身にまとって同人イベントを駆け回る、超本気の青春物語!
第一章 キョンは実はショートヘア派
ドン・橘ホーテ:「キョンって実はショートヘア派なんだよ」
ラチェット:「バカ橘子、また何の妄言を吐いてるんだ?」
佐藤凡はスマホの画面を見つめながら、指で絶え間なく画面を叩いていた。
「ドン・橘ホーテ」は彼のネット上でのハンドルネームだ。
二百人ほどが参加しているこのアニメ好きのLINEグループでは、佐藤凡もそれなりに古参の部類に入る。
ドン・橘ホーテ:「お前が何を疑問に思ってるのかは分かってる。どうせ『キョンが好きなのはポニーテールじゃないのか?』って言いたいんだろ?」
ラチェット:「どういう意味だよ」
御坂1145号:「誰も聞いてないだろ」
ドン・橘ホーテ:「だが、すべては谷川流によって仕組まれた偽りの姿にすぎない!」
ラチェット:「捏造ではないだろ」
ドン・橘ホーテ:「その通り。表向き、キョンが好きなのはポニーテールだ。だが、キョン神論によれば、最後に涼宮ハルヒが髪を切ってショートヘアになった。これはつまり、キョンが心の奥底で本当に好きなのはショートヘアだということだ!」
ドン・橘ホーテ:「同じく、長門有希もショートヘアだ」
ラチェット:「へえへえ」
ドン・橘ホーテ:豆人間が指を振る.jpg
ドン・橘ホーテ:「キョンが『ポニーテールが好き』と言っているのは、ショートヘアが好きだという事実を隠すためのカモフラージュにすぎない!」
ラチェット:「結局、バカ橘子が自分の特殊性癖を正当化するための屁理屈だろ」
ドン・橘ホーテ:「『涼宮ハルヒの憂鬱』の序章を覚えてるか? キョンが、本当は超能力者や宇宙人や未来人が現れてほしいと思っているのを隠していたのと同じなんだ」
ドン・橘ホーテ:「キョンはまたしても、自分がショートヘア好きであるという事実を隠していたんだ!」
ラチェット:「怒り猫」
御坂1145号:「ただの暴論だろ」
ドン・橘ホーテ:「もう一つ証拠がある」
ドン・橘ホーテ:「それは、キョンの中学時代の元カノである佐々木もショートヘアだったということだ」
ドン・橘ホーテ:「これでもまだ何も感じないのか?」
ラチェット:「俺の記憶だと、中学時代の佐々木ってロングヘアじゃなかったか?」
ドン・橘ホーテ:「再登場したときにはショートヘアになっていた! これこそキョン神論の力だ!」
ラチェット:「しかし、その証拠だけでは相互に裏付けられていないだろ」
ラチェット:「例えば俺が誰かを好きになったとして、その人がショートヘアでもロングヘアでも、俺はただその人自身が好きってこともある」
ラチェット:「性癖と恋愛感情は、完全にイコールじゃない」
ドン・橘ホーテ:「否」
ラチェット:掲示板の怒り顔.jpg
ドン・橘ホーテ:「もう一つある。キョンの男友達も、なぜかみんな一貫してショートヘアなんだ。そして、ロングヘアの同性の友人は一度も登場していない!」
ラチェット:驚愕の表情.jpg
ラチェット:「マジかよ……言われてみれば本当にそうだ」
ドン・橘ホーテ:「実はこれもすべて、キョン神論の影響なんだ!」
ドン・橘ホーテ:「キョンは心の奥底でショートヘアが好きだから、身近にいる人間はみんなショートヘアになってしまう」
ラチェット:「そんなことが……」
ドン・橘ホーテ:「だから、キョンが恋愛対象として選べるのもショートヘアだけなんだ!」
御坂1145号:「いや、待て。朝倉涼子や1096だってロングヘアだろ?」
ドン・橘ホーテ:「だからこそ、朝倉涼子は消えたんだ」
ラチェット:「そういうことだったのか……完全に負けた」
ドン・橘ホーテ:「キョン・ショートヘア論、完全勝利!」
佐藤凡は満足げにLINEを閉じた。
二次元オタク歴の長い彼にとって、LINEグループで他人と議論し、論破したときの快感を味わうことは何よりの楽しみだった。
大学寮のベッドに寝転がりながら、佐藤凡はしばらく考え込んだ。
そして最終的に、自分の世紀の大発見を論文にまとめ、ネット上に公開することを決意した。
タイトルは――
『キョンは実はショートヘア派――キョン神論に基づく一考察』
これでいい。
午前二時半までかかって、佐藤凡はようやく論文を投稿した。
その後も自分の偉業を何度も読み返し、ようやく満足して眠りについた。
佐藤凡は、この論文がきっと『涼宮ハルヒ』を巡る一大論争を巻き起こすに違いないと信じていた。
そして翌朝。
佐藤凡は興奮しながらスマホを開き、みんなが自分の論文をどう評価しているのかを確認しようとした。
結果は言うまでもない。
誰一人として読んでいなかった。
「優れた作品というものは、いつだって孤高なんだよな……」
佐藤凡はため息をつき、スマホを閉じようとした。
そのとき――
ピロン。
スマホの通知音が鳴った。
佐藤凡は慌ててもう一度サイトを開く。
普段の佐藤凡は通知音を切っているし、スマホ自体もマナーモードにしている。
だが今回は、わざわざ通知音を最大にしていた。
果たして、コメント欄には一件の新着コメントがあった。
大きな魚:「バカ橘子、じゃあ俺はキョンがドMだって言うわ。どうせキョン神論に従えば、キョンは心の底では涼宮ハルヒにいじめられたがってるから、ハルヒがあんな性格になったってことだろ」
佐藤凡はたちまち腹を立てた。
彼が欲しかったのは賛同であって、反論ではない。
怒りに任せて、「大きな魚」というユーザーのプロフィールを開いた。
そしてプロフィール画面を猛烈な勢いでスクロールする。
抽選企画の投稿や、サイトに登録した実績――そういったものがないか必死に探した。
しかし、プロフィールにあったのは数枚のイラストだけ。
それ以外には、何もなかった。
「はぁ……こいつも俺と同じく、身バレ対策を徹底してるタイプかよ」
佐藤凡はため息をついた。
まさか同じタイプのスタンド使いに出会うとは。
あまりにも自分とそっくりなプロフィールを見ているうちに、佐藤凡は奇妙な親近感すら覚えていた。
ちなみに佐藤凡のプロフィールも、同じくらい綺麗だった。
投稿されているのは、彼がBlenderで制作したMMD動画だけである。
冷静さを取り戻した佐藤凡は、仕方なくDMを開き、「大きな魚」にメッセージを送った。
ドン・橘ホーテ:「まず、キョンは自分がドMである可能性を否定していない。キョン神論に基づけば、キョンがドMである可能性は十分にある」
大きな魚:「そもそもキョン神論が成立するかどうかからして怪しいだろ。あの作者、もう何年次の巻を出してないと思ってるんだよ」
大きな魚:「それに、お前の論理は典型的な結果からの逆算だ」
大きな魚:「その理屈で言えば、涼宮ハルヒが1096をいじめたのもキョンが心の底で望んでたってことになるじゃん。何でもキョン神論で説明できるじゃねえか」
ドン・橘ホーテ:「典型的な切り取りだな。お前はキョン神論を何も理解していない。本質は、キョンが非日常的な生活を望んでいるということだ。ハルヒが1096をいじめることと何の関係がある?」
大きな魚:「じゃあ、キョンがショートヘアを好きなことと、非日常的な生活を望んでいることに何の関係があるんだ?」
大きな魚:「そもそもキョンがポニーテール好きなのは公式設定に書かれてるだろ。二次創作のネタを持ち出して設定を書き換えようとするとか、もうめちゃくちゃだろ」
佐藤凡はスマホに表示された文字を見つめた。
頬がどんどん赤くなっていく。
そして突然、相手のプロフィールに登録されている大学名が、自分と同じであることに気づいた。
こいつも、俺と同じ大学なのか?
ドン・橘ホーテ:「お前、○○大学なのか?」
大きな魚:「言い負かされそうになったからって特定しようとしてんの?」
ドン・橘ホーテ:「お前が自分でプロフィールに登録してるんだろ。俺も○○大学だ。怖くなかったら、リアルでバトルしないか?」
大きな魚:「オンラインですら俺に勝てないのに、リアルなら勝てると思ってんの?」
ドン・橘ホーテ:「まさか、ビビってんのか?」
大きな魚:「LINEのID送れ。やるならやってやる。誰がビビるか!」
佐藤凡は鼻を鳴らすと、自分のLINEのIDを相手に送った。
ほどなくして、友だち追加の通知が届いた。
メッセージ欄にはこう書かれていた。
「陰キャのキモオタ、当日になって黙り込むなよ」
佐藤凡は気にも留めず、メッセージを送った。
「昼の十二時、大学北門のLuckin Coffeeで」
大きな魚:「待ってろ」
佐藤凡はスマホを閉じた。
頭の中は、昼になったらどうやって言葉で相手を叩きのめすか、そのことでいっぱいだった。
先手必勝。
まずは言葉で攻め、気迫で相手を圧倒する。
絶対に、主導権は渡さない。
昔からずっとアニメが好きです。
3歳の頃、テレビにかじりついて『鉄腕アトム』を見ていた時から、すっかりアニメ好きになりました。それから今まで、たくさんのアニメを見てきました。
日本のアニメはもちろん、中国やアメリカのアニメも大好きです。面白い物語なら、国やジャンルは問いません。
そんなわけで、いつか自分でもライトノベルを書いてみたいと思うようになりました。
自分が好きなアニメを、日常の何気ない会話の中に溶け込ませるような作品を書きたいです。
できれば……恋愛の中にね。




