9再会する
AoとkuzuPに興味があるという面々との顔合わせはその翌日には取り付けられていた。日向は仕事が早い。
この有能さこそ個人で音楽プロデューサーができる所以なのだろう。
「俺が渋ったらどうするつもりだったんだよ」
「久世さん、最後はなんだかんだ言って折れてくれるでしょ?」
「…………」
サラリと当たり前のように言われて久世としては言葉もでない。
もう少しゴネてやればよかっただろうか。
しかし青葉がいた手前、年長者としてのプライドに傷がつく。あの場に青葉がいたのも日向の作戦のうちなのだろう。
「お客さまがお越しです」
「きたか……」
「そんなに構えなくて大丈夫ですよ」
店舗スタッフから扉越しに声をかけられ胃が握りつぶされたように痛みを訴える。
個室の隠れ家的な洋食屋が商談場所となったのは久世への配慮だろう。
まだまだ久世を知る人物が業界内にいる以上、kuzuPの正体が久世と知られるわけにはいかなかった。
なるべく最小限の人物にだけ会えばいいようにされていたのだ。
「久世!久しぶりじゃないか!」
「瀬野!吉田に……大川まで」
大手レーベル、フラワープロの瀬野と、部下だろう若い男が案内された。
その後ろから見知った顔が続く。
3人とも久世が若いとき何度も共に仕事をしてきた相手で、若い頃は時にぶつかり合いながら仕事をしたものだ。ときに反発し合い、ときに手を組み、敵とも味方とも、戦友とでも呼ぶべき友人たちだ。
最後に会ったのがいつかなんて覚えていないが、10年近く経つと過去の悪い記憶なんて消え去って懐かしい思い出だけがよみがえってくる。
「あのkuzuが久世だったとはなぁ、結局音楽やめられなかったのか」
「俺にできるのはこれだけだったってことだよ。なんだかんだ、音楽にしがみついてんだ」
「いいことさ。おまえが書くならおれたちも協力するよ」
「……いいのか?そんなにあっさり決めて」
「これでも出世したんだよ」
「俺はともかく歌ってるのはステージ経験もない素人だぜ?」
「Aoちゃんの噂は聞いてたんだ。どこの事務所がスカウトしても断られたってな。それをひまわりちゃんが連れてきたっていうだろ?しかも久世を連れて。そりゃあ業界みんな一枚噛ませろってやっきになってるんだよ」
「そりゃ光栄だな。瀬野は今もフラワープロだよな?部下なんか連れてえらくなりやがって」
瀬野が連れてきた若い男2人に視線を向ける。会社員らしく瀬野と久世の会話を邪魔しないように注文を入れ、行儀よく下座に座っていた。
「おまえのおかげだよ。あの頃おまえと仕事してなかったら今ほど評価はされてなかっただろうよ」
「ほー、そりゃああの頃の恩を返してもらわねぇとなぁ」
「そのつもりだ。なにせひまわりちゃんがウチに声かけてくれたんだ。売るつもりなんだろ?Aoちゃん」
「当たり前だ。アイツはホントの逸材だよ」
「はは!そりゃあ楽しみだ!リハはみせてくれるんだろ?」
「その予定です。とはいえAoさんは初めてのステージなので直前で変わるかもしれませんが」
「かまわんよ。新人なんてそんなもんだ」
「日向、おまえ今でもひまわりちゃんなんて呼ばれてんの?」
瀬野の部下たちに指示を出しながら新しい支援者たちを迎える支度をする日向は一瞬眉を潜めたがすぐさま見慣れた笑顔に戻した。
「一度ついたあだ名ってなかなか消えませんよねぇ」
日向のフルネームは「日向葵」という。中性的な名前によく似合う儚げな容姿は若い頃から一向に衰える気配がなかった。若い頃に誰が呼び始めたか自己紹介で使ったのかわからないが、ひまわりというあだ名が定着して今もそのままなのだろう。
「ウチの若いのがひまわりちゃんって呼んでたらてっきり女性と勘違いしてたんだよ。なぁ、村田!」
瀬野の部下の片方がブフッと吹き出した。酒も飲んでいないのに首まで赤い。
「瀬野さん!それは内緒にしてくださいよ!」
「おれ止められてないしー」
「……おまえ相変わらず良い性格してんなぁ」
「これでも気にしてんだぜ?最近はコンプラ厳しいし」
「あー、俺も気を付けるわ」
「がはは!そうだな!おまえは本当に気を付けな!」
日向が酒宴の席をもうけた時点で3社が協賛することは決まっていたようで、ほとんどが昔話に花を咲かせる程度だった。
久世と親しくしていた面々を集めたようで、ここへ来るまで緊張していたことがバカらしく思えてくる。
「ね。それほど構える必要もなかったでしょ?」
「そーだな、まんまとハメられたよ。おまえに」
「どれだけ付き合い長いと思ってるんですか?」
「そりゃそーだ。ちょっとトイレ」
「はいはい。村田くんと西川くんも行ってるみたいですね。長いんで様子みてきてもらっていいですか?」
「ん、わかった」
日向によるともうひとり大物が来るというが、果たして誰なのか。
大物に相当する人物を思い出せる限り思い出してみるが、かつての友人に再会できた喜びに勝る再会ではないだろうとタカをくくった。
しかし瀬野も部下を持つようになるとは。
部下をまとめる立場になると過去のように現場には出られないだろう。
現場が好きな男だったから悔しがっているだろう。
「瀬野さんがスゲぇ人に会わせてやるっていうから期待してたのに落ちぶれた作曲家かよ」
「なー。久世誠司って浮気してすっぱ抜かれたイメージしかないわー。しかも元妻って女優だろ?浮気バレてソッコー離婚された」
「それそれ。奢れる者も久しからずってやつ?あぁはなりたくないね」
「日向さんが連れてきたっていうしどうせそういう関係なんじゃね?ほら、枕やって仕事とってるってやつ」
「それ俺も知ってる!あの顔だろ?そりゃあ誘われるって」
「あの人どうせ幹部と寝て仕事とってんじゃねぇの?」
がはは、と下品な笑い声が静かなトイレに反響した。
この料理店は客同士の会話が漏れないように設計されている。元々接待のために使われることを想定しているのだろう。
わざわざ日向が探したのだ。久世と青葉を守れるように。
「…………」




