10若者をシメる
ドォンと店中に低い音が響いた。
トイレのドアにはくっきりと久世の足跡が残っていた。
どうみても久世がドアを蹴り飛ばしたのだ。
「わあああ!!」
「えっ!く、久世さん!なな、なんですか!?」
「アイツは顔で仕事とったことなんざ一度もねぇよ」
「あ、その……」
背後から足音がする。
久世さん、久世、と日向や瀬野が駆けつけたが久世が構わず瀬野の部下たちをにらみつけた。
部下たちは青い顔をして腰を抜かしている。
「なんでアイツが枕だとか色恋営業とか、そんなことしてないかわかるか?仕事できるからに決まってるだろ。する必要がないんだよ、日向は」
「あ、えっと……そ、そんなこと言って……」
「あ?作曲家の俺がおまえたちのしょーもねぇ雑談聞き逃すと思ってンのか?会話の内容とイントネーションまで一音ずつ書いてやろうか?」
「ヒィ!!」
「ンなどーでもいいことしか話してないからおまえらいつまで経ってもいい曲ひとつ書けないしアーティストも任せてもらえないんだよ。わかってるのか?」
「うぅ……」
「それは……」
痛いところをつかれたのか部下たちは頭を垂れた。
若者というのは叱られ慣れていないのだ。
青葉ならこれくらい言っても噛みついてくるし図星をついたところで闘志だけは消えない。
同じ年頃だろう。青葉が強いのかこの二人が弱いのか。その両方か。
「あれ?久世さんに村田くんと西川くんのこと話しましたっけ?」
「いや、聞いてない。瀬野が連れてるってことはどうせ作曲家志望とプロデューサー志望ってところだろ?そんな顔してるし」
「もしかして、てきとうに言ってます?」
「おう」
「あー……バレちゃったのね……」
「ご明察です」
「久世と会って刺激を受けてくれたらいいなぁと思って連れてきたんだ」
瀬野がイタズラがバレた子どものように笑いながら頭をかいた。いくら歳を重ねても企みが発覚したときの顔は昔から変わらない。
「ったく……おまえは詰めが甘いんだよ、昔から」
「あははー!まぁその様子じゃ刺激が強すぎたみたいだけどね」
「瀬野くん、守秘義務とか大丈夫?」
吉田と大川のいう通り、kuzuPの正体については今日宴席にきた人間にしか明かさないことになっている。日向が通したということは瀬野は事前に話をしていたのだろうが、フラワープロの人間ではないのなら守秘義務の契約がされていない可能性があるのだ。
大川はプロモーション会社の人間だからそこは気が気でないのだろう。
「大丈夫。作曲家とプロデューサー志望だけどウチの社員には違いないから。まぁバラしたら普通にシバくし」
ギロりと視線が二人をむいて二人は飛び上がった。普段から瀬野に厳しくされているのだろう。
この様子をみるにかつて久世たちが現場にいた頃よりも手心を加えられているようだが。
「はー……どうせそのうちバレるだろうけどな。俺の正体なんざ」
「ダメだよ、みんなkuzuPの正体に興味津々なんだから!ウチもプロモーションでそこ使うつもりだし黙っててもらわないと損害賠償請求するよ!」
「おっまえそれは言わない約束だろ?」
「ははっ!」
それがかつて久世のスキャンダルによって多額の損害賠償請求をされたときのことを揶揄しているのだろう。
笑い話にできるほど時間は過ぎていた。
久世自身、自然と笑えた自分に驚く。
そうか、もう傷は癒えたのだ。
すっかり落ち込んでいた村田と西川は和やかな空気におずおずと顔をあげた。なんとなく、許された雰囲気になっていたのだ。
しかし久世はわざと低い声をだして凄みをきかす。
「テメェらの上司は顔がどれだけ良くても仕事できねぇやつとは組まないんだよ。グラビア女優に膝乗られて手出ししなかった男は瀬野くらいしか知らん!部下ならそれくらい覚えとけ」
「ちょ、久世!それは黙ってて!」
「は、はい……」
結局再び落ち込んでしまった。若者には刺激が強すぎただろうか。
「いやぁ、久世くんは相変わらずだねぇ。懐かしいよ、そのかんじ」
「え、あなたは……」
「珍しいですね、荻窪さんがいらっしゃるなんて」
「そりゃあ久世くんに会えるって言うならくるさ」
久世が知っている頃より髪に灰色のものが混じるようになっていた。柔和な笑みを浮かべながらもその貫禄は過去にも増していて、名前を呼ばれるたび背筋を伸ばしていた若い頃を思い出す。
経営手腕といい若手を発掘するセンスといいプロデューサーとしての才覚といい、全てが一流。
さらには社内の派閥争いでも乗しあがる野心。
暴君と呼ばれた久世を黙らせ日向から尊敬していると言わせしめる名プロデューサー荻窪であった。
「噂にはなっていたけど例のボカロPが久世くんだったなんて、まだ音楽を続けていてくれてよかった」
「はい。俺にはやはり音楽しかなかったもので」
「君ほどの才能を失うのはこの業界の損失さ。あの頃はなにもしてやれなかったから……」
「いえ、連絡を絶っていたのは俺の方です。あの頃は全てが嫌になってしまって……せっかく気にしてくださっていたのに申し訳ありません」
「はー、久世くんが申し訳ありませんなんて言うとは思わなかった!」
「荻窪さん……俺だって悪いことしたらごめんなさいくらい言えますよ……」
「そんなことなかったさ。全方位敵みたいだったじゃない、きみ」
「若い頃の話ですよ」
「でもね、きみはいつだって曲には真剣だったから。音楽に対して真摯でいたきみの姿勢を私は高く評価しているんだよ」
「ありがとう……ございます……」
意外と言えば意外だった。荻窪とはかつて何度も対立した。予算のこと、タレントのプロデュースのこと、曲のこと。
数えだしたら久世ですら把握できていない。
若い久世は何度と荻窪にやり込められてきたし辛酸を味わった。荻窪も同じことだろう。
だから、てっきり嫌われていると思ってたのだ。
しかし今、目の前に立つ荻窪には久世を嫌っている様子は微塵もない。ただ昔を懐かしみ再会を喜んでいた。そして、わずかな興奮も。
「また一緒に仕事ができるなんて夢のようだ。よく、帰ってきてくれた」
「はい……」
言いたいことは星の数ほどある。言葉は溢れるのに最適な言葉が見当たらない。どれもこれもありきたりで、沸き立つこの感情を形容するには足りないのだ。
村田と西川もさすがに荻窪のことは知っていたのだろう。
両目を見開き呆然と荻窪と久世のやり取りを見ていた。何が起きているのかわからないのだ。
荻窪はその言葉ひとつで頂点に立つ芸能人を潰せるとまで言われる人間だ。仕事に対する姿勢は至って真面目で滅多に人を評価しない。表面的に褒めるようなことを言うがその実、彼の眼鏡に適う人間は極わずかと言われている。
その荻窪に認められたのが浮気スキャンダルで落ちぶれた過去の作曲家だとはついぞ思わなかったのだろう。
「あぁ、それから。日向くんは一度も私に枕営業なんてしてきたことなかったし彼に誘われたなんて人間、私は知らないよ。君たちは一体誰のことを言っているんだい?」
「あっ……えっと……」
「根も葉もない噂を信じるなんて、若いねぇ」
「すみません、でした……」
「申し訳ありません……」
荻窪が取ってあった個室に向かったことでトイレを占拠して勃発した騒動は収束した。
村田と西川は何があったのか久世と目が合うたびネズミのように飛び上がるが、チラチラと何度も久世の様子を伺っている。
話があるならさっさと済ませてほしいのだが、こちらから話しかけるにしても何を話していいのか話題に見当がつかず、その日はお開きとなった。
「みなさん、ありがとうございます。詳細はまた追って連絡するのでよろしくお願いします」
「俺は絶対このライブを成功させたい。協力してほしい」
若い頃はこんなこと言わなかった。
しかし今日は自然とそんな言葉がでた。そういうものなのだろう。
「任せろ、だからおまえはいい曲かけよ」
「リハ、楽しみにしてるからな」
「当日は私も関係者席座っていい?」
「あぁ!もちろんだ!」
夜はすっかり深い。
精神的な疲れも溜まりにたまっている。だけど、なぜか気分は軽くこのまま駆け抜けてしまえそうだった。
協賛企業のみなさまを見送り店を軽く片付けて日向と久世は店をでた。
「帰るか、葵」
「はい……あの、久世さん」
「あ?」
「前から気になってたんですけど、なんで久世さんはひまわりちゃんって呼ばないんですか?しかも二人のときは名前で呼びますよね?」
「そらおまえの名前、綺麗じゃん。全部和音でできてる名前だぜ?呼びたくなるじゃん?」
「え、そんな理由?」
「あーあと、むかし葵って呼んだらおまえ怒ったじゃん。仕事の場所では名字で呼ぶべきだって。おまえが怒るならやらねぇよ」
「…………」
「ほら、帰るぞ」
「別に僕、久世さんちに帰るわけじゃないんですけど」
「帰らねぇの?」
「帰りますよ!!どうせ久世さんちのほうが近いし!!」




