11暴君、過去を振り返る
かつての久世は暴君と呼ばれるに十分すぎるほど最低で最悪な人間だったと自称する。
大学時代に作った曲が評価され、そのまま大学を辞めて業界に足を踏み入れた。
若き才能をもてはやし、久世はろくに世間や社会、礼儀などを知らずに作曲家の肩書きと地位を手に入れてしまったのだ。
その結果できあがったのはただの傍若無人な暴君だった。
『ヘタすぎ、アイツに俺の曲歌わせんの?』
『す、すみません……』
『俺の曲ナメすぎ。こんなヘタクソに歌われたら可哀想だ』
ブースで肩を震わせる17歳そこらの少女とも女性とも呼びがたい新人歌手に久世は容赦なく言葉を浴びせる。
『せめてワンコーラス息持つようになってから出直してくんね?あとこの曲可愛がりゃいいって歌詞でもないんだけどさ、日本語読める?おまえのとこの事務所からイメージ変えたいって言われたから書いたのにテメェにやる気なかったら台無しなんだけど』
本人も自分の実力不足は感じていたのだろう。
わぁぁと悲鳴をあげながら泣き崩れた。
マネージャーやスタッフがかけより宥めようとする光景を久世は冷めた目で眺めている。
こんな光景は慣れたものだった。
『あの……久世さん……せめてもう少し優しく言ってやれませんか……?』
『は?俺、間違ってること言ったか?おまえのところの教育が悪いから上達しないんだろ。デビューシングルだって編集かけまくったみたいだけど聞けたもんじゃなかったぞ。ありゃレコーディングした監督も可哀想だよ』
『…………』
『レコーディング再開できるようになったら呼んでくれ』
当時の久世の振る舞いは酷いもので、こんなこと日常茶飯事だった。ほかにも久世に泣かされたスタッフは数知れず。今でも業界で久世に恨みをもつものは多いだろう。
そんな久世が早々に見限られなかったのはただただ久世の書く曲が売れたからだ。
天性の作曲センスに世間の風潮や流行りを取り入れるフットワークの軽さ。タイアップとの相性のよさ。そしてなにより久世自身、音楽に対してだけは誰よりも真面目で誠実であった。
だからこそ暴君とも呼べる振る舞いが許されていたといっても過言ではない。
「あの頃おまえだけは俺のこと見捨てなかったよな」
「なんです、藪から棒に……」
夜道を歩きながら久世は過去を思い出す。
懐かしい顔に会ったせいだろう。
終電はとうに終わり、歩くには少し遠い。だけど、ポツポツと昔のことに想いを馳せ懐かしむ時間は悪くなかった。
「いや、葵だけは甘いことばっか言わなかったなぁって」
「そりゃあそうですよ。あの頃久世さんにモノがいえるのって僕くらいでしたし」
「ちげぇねぇ」
日向は大学の後輩だった。
中退した久世と違いきちんと卒業した真面目で優秀な男なのだ。
そんな日向は暴君と成り果てた久世に幾度も苦言を呈し久世をフォローし続けた。
肩書きといえば先輩後輩くらいなものだが、久世に耳障りの良いことしか言わない人間に囲まれていた久世が音楽には真面目で誠実でいられたのは日向がいたからだった。
作曲家として名前が売れるようになり都内にタワマンを持ち乗りもしない高級車をガレージに並べた頃、女優だった元妻と結婚。娘に恵まれた。
妻を愛していたかと問われると「わからない」としか答えようがない。
何せ久世が欲しかったのは若手実力派美人女優という肩書きだけだったのだ。
妻ですらステータスにしか思っていなかった。
「花音さんのことは大事にしてましたよね」
「あぁ。子どもってさどんなクズ親でも無条件で愛してくれるんだ。可愛くないわけないさ」
今となっては会えもしない娘は今や日本中が知るトップシンガーだ。
久世と元妻との関係は世間に公表せず2世であることも隠しているが、よくみれば元妻によく似た顔立ちをしている。
化粧や髪色、雰囲気を変えて母親に似ないようにしているが骨格や造形は変えようがなく知っている人がみたら気づくレベルだろう。
家庭を省みず、音楽だけに誠実であった自分がハニートラップに引っ掛かったのも当然の報いだった。
誘われた飲み会で酒をしこたま飲まされそのままホテルに連れていかれた。
その時なにがあったかまるで記憶にないが、翌週には週刊誌を賑わせたのは間違いない。
夜風がほのかに冷たく、友人たちとの再会に興奮した脳を鎮めていく。
徐々に冷静な思考が戻り、これからすることに思考が向く一方で過去の過ちが波のように押し寄せた。
「久世さん?」
「あぁ、いや……むかしのことを思い出してた」
久世のスキャンダルが週刊誌を騒がせた頃、日向は忙しくしており久世と疎遠になっていた。
もしあのとき日向が近くにいたら久世を諌めたのかもしれない。
もしかしたらあの時期はさすがの日向も久世に呆れていたのだろう。
そうされてもおかしくはなかったし、日向を攻めるのはあまりにも理不尽すぎる。先輩として無様としかいいようがない。
真相は10年以上経った今でも聞けないままだった。
日向の口からあの時期は見放していたと言われたら立ち直れる気がしない。
「さっきからずっと思い出してるじゃないですか。干されたときのことですか?」
「そんなところだ。いやーアレはキツかったなぁ」
スキャンダル騒ぎがおきると、業界は手のひらを返したように久世を追い出した
当時関わっていたCMやアーティストの楽曲製作、ドラマ、映画主題歌が相次いで差し替えとなり、その損害賠償は億を超え、すでに関係が冷えきっていた妻からは離婚を突きつけられた。
離婚したとき久世は財産のほとんどを失い残っていたのは今住んでいる製作部屋くらいだったが、せめて父親らしいことがしたくて養育費だけは払うと言った。
しかし元妻の収入はとうに久世を超えておりいらないと言われ、面会も許されなかった。
それでも娘名義の口座へ、毎月細々と養育費だけは振り込み続けていた。それで父親だと威張るつもりはないが、久世なりに娘のことは大切に思っていた。
何もかも失い唯一残った仕事部屋で生きているのか死んでいるのかわからなくなる日々を送っていた頃、日向が乗り込んできた。
『久世さん、ここ開けてください』
『っるせぇ!おまえもどうせ俺のこと笑いにきたんだろ!!帰れ!!』
1時間近くたっても帰ろうとせず玄関先で叫び続ける日向にしびれをきらした久世がドアを開けた瞬間、日向は固く握った拳を右頬に叩き込んできたのだ。
『あなたから音楽を取ったら何が残るんだ!!』
悲鳴のようにも聞こえるその叫び声は久世を正気に戻すにはじゅうぶんだった。
呆然と殴られた右頬を押さえ、泣いているのか怒っているのかもわからなくなるような有り様で泣き叫ぶ日向をみていたら、さすがの久世も目が覚めた。
それから日向のすすめでその当時はやっていたボーカロイドを使いネットに曲を投稿するようになり細々と久世は音楽にしがみついているのである。
「…………俺の家の玄関、防御力弱すぎやしないか……?」
「え、なにかありました?」
「青葉にも葵にも強行突破されてるし……」
「古いから弱いんじゃないですか?」
「そんなことはないはずなんだが……」
思えばあのとき葵が来なかったら久世は音楽をやめ、のたれ死んでいただろう。
久世にできることなど作曲家以外にないのだから。
夜空の雲の隙間から小さいながら星が瞬いている。
苦い思い出も後悔も、今となっては過去のことだ。
あの頃よりも一度落ちぶれた今の自分のほうが自信が持てる気がした。




