12発覚する
青葉が始めたクラウドファンディングも募集を開始するやいなや1日で目標金額を突破し、資金面での不安はあっさりと解消された。
「つまりこれって後には引けないってことだよなぁ……」
目標金額を突破したパソコンの画面をみて久世の声は震えていた。
青葉の人気を甘く見ていたわけではないが予想以上だったのだ。
「はじめっからそうじゃん!!あとは駆け抜けるのみ!」
拳を天井に突き上げる青葉を見て若いな、と久世は素直に思った。
久世にもそんな頃はあったし、情熱と勢いに任せてなんでもできると思い込んでいた。
久世と青葉が大きく違うところは青葉の方が当時の久世より聡明で礼儀をきちんと弁えている若者だということだろうか。
しかしこの業界においてこれがどれだけ必要か久世は身を持って知っている。
「油断するなよ、まだまだライブは始まってすらいないんだから」
「わかってるよ!久世さんの曲があれば無敵だし」
ここまで積み上げてきた信頼が少しばかりこそばゆい。
かつてアーティストやスポンサーに信仰されたことはあったが信頼されたことはあっただろうか。
これだけ全幅の信頼を置かれると久世とて青葉の望みを叶えてやりたくなる。
「おまえ、今回のライブにその親友は呼ばないのか?」
「え、でも箱も小さいしまだいいかなー」
「そんなこと言ってるとチャンスも失うぜ?初ライブだ、呼んどけ呼んどけ」
「かんたんに呼べる相手じゃないんだよ」
「あー……そういやその親友も歌手やってるんだっけ?誰だよ」
「そうだよ、すっごい歌手」
「もったいぶるなって。業界の人間なら都合がいい。俺がなんとかしてやる」
「久世さん今ほとんど業界と関わりないって言ってなかった?」
「ライブやるから最近はちょいちょい顔だしてんの。再会記念で頼むくらいはできるって」
「あははー……」
「本気にしてないだろ」
「まー……言うだけならタダだし無理ならいいよ?」
これだけ青葉が渋る相手とは何者だろうか。
海外アーティストだった場合は難しいだろうが、国内のアーティストなら伝手を使えばなんとかなるはずだ。
このままではきっと青葉は言い訳をつけて親友をライブに呼べないままだろう。
歌を届けるならライブに呼ぶほうが良いに決まっている。
なかば久世が無理やり聞き出したような形だが、年長者には年長者にしか経験していない後悔というものがあるのである。
「カノン」
「は?」
たった3文字の名前が異国の言葉のように聞こえる。
発音できるのに意味がわからない。
そんな久世を見て青葉はため息混じりに名前を繰り返した。
「だからカノンだって、親友」
「カノンって……あの花音か……?」
「うん、カノン」
「……カノン?」
「久世さんの娘の花音」
「ウソだろぉぉぉ!?」
久世の悲鳴に似た叫び声が防音処理の施されたマンションの一室に響き渡った。その声は壁に吸収され外部に漏れることはなかったが、久世と青葉以外の入居者がいないこのフロアには関係のないことである。
「じゃあなにか?最初からおまえ俺が花音の父親ってわかってて近づいてきたのかよ……」
ひとしきり驚いてから久世は改めて聞き返した。
青葉も久世がこれほど驚くとは思っていなかったのだろう。視線が落ち着かない。
「そこは少し訂正。久世さんイコール花音の父親ってのは知ってたけど、久世さんイコールkuzuPって確信はなかった」
「なるほど……まぁそうだわな……ネットの噂がせいぜいだったし」
「うん。kuzuPが久世さんって説はけっこうあってさ。でも久世さんの曲を真似てるアーティストって相当いるからkuzuPもそのうちのひとりだろうって言われてたんだよね。正直、私も半信半疑だったし」
「半信半疑でオッサンの家に乗り込んだのかよ……そこは躊躇えよ……女子大生」
「まぁたぶん私のほうが物理的に強いし」
「…………あ、はい」
少なくとも玄関をこじ開けて乗り込んでくる相手に勝てるとは思えない。そんなことは自分がよくわかっている。
「引っ越してきたとき久世さんの家から音漏れしてたんだよね、作曲中のメロディーとかボカロの声とか。それ聞いたとき確信したんだ」
「なにを」
「この人だって。この人の曲なら花音に届くって」
「…………」
「だから久世さんがkuzuPだとかって話は二の次なんだよ。私は隣の部屋から聞こえてきた曲を聞いたときこの人の曲なら花音に届くって確信があったから頼みにきたの」
「…………」
そんな曖昧な、直感としか言いようがない、何の根拠もない自信だけで走り抜ける青葉はどこまでも若くて眩しい。
すっかりやさぐれてしまった久世には光が強すぎて同じ場所にいることすら皮膚が焼かれるように感じる。
それなのに、眩しくて目を背けたくて仕方がないはずなのに、ただ真っ直ぐ久世の曲なら花音に届くと言いきる青葉から目が離せなかった。
「おまえも知ってるだろうが……俺は一度業界から干されてる……あれからだいぶ経つが今でも俺のイメージは最悪だぜ?」
「それがなに?私がほしいのは花音に届く歌。久世さんの名前なんて関係ないよ」
「だが……俺はあいつにとっても最悪な父親だろ……ロクに家のこともしないで仕事ばっかりで、父親らしいことなにもしてやってない」
「それは花音に直接聞いて。少なくとも花音は久世さんの曲、嫌いじゃないって私は思ってるよ」
「しかし、だな……」
「でももだってもいらないよ。久世さんの名前を伏せてボカロPとしてここまでやってこれたのは何のおかげ?久世さんの曲のおかげでしょ?私はそれが欲しかったから久世さんに……kuzuPに依頼した。それ以外の何でもないじゃん」
「俺の曲であいつに届くと思うか……?」
「届くに決まってる。私が届かせる。私ひとりじゃダメ。久世さんだけでもダメ。私たちだから届くんだよ」
過去の重みは久世にのしかかり、重圧を当たり前のように感じていた。
重くて、手放したほうが楽になれるとわかっているのに音楽への執着がある限り、それは久世にのしかかる。
ただ誰かに言ってほしかったのだ。
そんなものは重たくないと。
ただおまえが重たいと思っているだけで大したことではないと、真夏の日差しのように、そう言ってほしかった。
「花音……元気にしてたか?」
「うん。私もしばらく会えてないけど高校の頃はすっごく元気だった。引きこもってた私を引っ張り出したのは花音だよ」
「あいつ……もう少しデリカシーとかないのかよ……」
「それ久世さんがいう?花音は久世さん似だと思うよ」
「ははっ!そりゃあ将来が楽しみだな。立派な暴君になるぞ」
「あー……それはどうだろ……暴君っていうか姫だからなぁ……」
花音の件は自分もツテを当たってみる。
そう言って久世と青葉は解散した。青葉が帰るのは隣の部屋だが。




