13たのみごとをする
「えっ、じゃあ青葉さんと花音さんって……」
夜。いつものように夕食を持ってきた日向に話すと日向は珍しくその整った相貌を崩した。
気の抜けた顔をしていても、容姿のいいやつはやはり様になる。
「高校のとき親友だったんだと。2年間だけ」
「あぁ、花音さんは3年あたりから通信に切り替えましたからね」
「なんでおまえがそんなこと知ってるんだ」
「本人から聞きました」
「…………」
あまり話題にしないせいでたまに忘れかけるが日向はカノンの音楽プロデューサーでもある。ほかにも専門スタッフが何人も担当としてついているが最も歴が長いのが日向なのだ。
特段、久世が日向に頼んだわけではなくカノンから日向に話が持ちかけられ、その後カノンは日向に信頼を寄せているというのだから久世としては複雑な心境だ。
「よほど強烈な2年だったんでしょうね」
「青葉の視線恐怖症を一時的とはいえ改善させたんだから相当だろうよ」
「はは、わかるなぁ。僕にもありますよ。ただ1度聞いただけの大学祭で組んだありあわせバンドの曲にその後の人生狂わされた経験」
「狂わせてなんかねぇだろ。あるべき才能の使い方を導いてやったんだ」
「その一瞬がこんなに続くとは思わないじゃないですか」
「ま、それだけ俺の曲がスゲェってことだな」
「えぇ。久世さんの曲はすごいんです」
「…………」
こうも手放しで褒められると久世とてこそばゆい気分になる。
日向は高校生のときに訪れた大学祭で久世が組んだバンドの曲を聞いていたらしい。
そのときの感動が忘れられず、進路を大幅に変更し、本来ならもっと偏差値の高い大学に行けたにも関わらず興味もなかった音大に進学したのだ。
それはそれは両親とは揉めたと聞いている。
『久世と出会っていなければ』
日向の親と鉢合わせたとき久世はそう罵られた。
「久世さん?」
「あ、いや……なんでもない」
日向にはひどく迷惑をかけた。
ことの発端は大学の進路選択ではあるが、それ以外にも日向がいなければ文字通り久世はどこかで野垂れ死んでいたし、落ちぶれて死んでいるのか生きているのかわからない日々を送っていたときも日向がいたから持ち直してこれた。
どれだけ迷惑をかけても日向は久世に手を差し伸べる。
日向が勝手にやっているだけ。久世自身、この関係に甘えているのだ。
久世から頼みごとをしたらこの関係が壊れてしまいそうで、結局日向に甘えてしまう。
そして今も待っていれば日向からカノンを呼ぼうと提案してくれるという予感があった。
「なぁ、葵」
「なんです?」
しかしそれではダメなのだ。
日向に甘えているばかりでは、久世は何も変われない。
「頼みがある」
「珍しいですね、なんですか?」
「カノンをライブに呼んでもらえないか」
一瞬の間。
さすがの久世でも無名の歌い手の初ライブにトップシンガーを呼べるとは思っていない。日向の立場を利用する行為は久世が最も避けていたことで、それが唯一、何も持たない自分が日向にできることだと思っていたところもある。
こんなふうに利用しようとするなんて、日向に軽蔑されてもおかしくはないだろう。
日向の顔をみる勇気はなかった。
感情を隠しているときの日向の顔を知っているから、そんな顔をされていたら久世とて罪悪感に潰されてしまう。
「いいですよ、ていうか僕も呼ぼうかと思ってましたし」
「いい、のか……?」
「むしろ久世さんが嫌がるかと思ってましたよ。もっと上にいってから呼ぶんだーとか言って」
ゆっくりと顔をあげると久世の不安をよそに日向はくすくすと笑っていた。形のよい唇の端を釣り上げ、それはもう屈託なく。
日向の中性的な顔立ちは本音を隠すのが上手く仕事においては本人もそれを利用して立ち回っているため本音を隠しがちだが、付き合いの長い久世にはその表情が隠されたものか本物かよくわかる。
「おまえの仕事を利用しているみたいで……気が引けたっていうか……職権乱用させてるみたいじゃないか」
「職権乱用なんて大げさだなぁ。カノンさんにも良い刺激になりますからね。音楽的見聞を広げるの」
「そういうもんか?カノンはあんまり外の音とか受けつけなさそうだが……」
「そういうところはありますね。ただ、まだ若いんだしあんまり自分の殻に籠ってほしくないんですよ。だからこれは利用するんじゃなくて助け合うって言うんです」
「そりゃあ都合の良い解釈だなぁ」
「いいんですよ、理由なんてなんでも。なにより僕も嬉しいですから」
「嬉しい?」
「久世さんが僕を頼ってくれて」
「頼りにしっぱなしだろ。俺は葵がいなかったらとっくに死んでるさ」
「僕は頼ってほしいんですけどね」
「葵……」
「こんなのやりたくてやってますから」
トン、とマグカップが差し出される。
ほらまたそういうことを言う。
持ちつ持たれつ。お互い様の精神が基本で、相手に貸しを作るならあとからきっちり取り返す。
そういう男だというのに久世には与えてばかりで、それを悟らせようともしない。
日向は久世に甘い。
珈琲のほのかな香りが周囲を包み込んだ。ほろ苦い香りと優しい温度に誘われ、ようやく溜め込んでいた本音が転がり出る。
「ありがとう、葵」
「えぇ」




