14久世は仕事をする
珍しく久世はSNSの画面をみながら唸った。
チケットは完売、ウェブ配信の予約も想定を上回る売れ行き。ネットの評判をみるに期待8割、冷やかし2割といったところか。
休憩終了の合図と共に久世はSNSの画面を閉じ、会場全体を見渡した。
前日を迎えた会場では深夜から機材の搬入や立ち位置の確認と慌ただしく人が動き回っている。
普段はエゴサなど絶対にしないと決めているが今回ばかりはそうも言っていられない。
会場の規模は1000人程度と大きくはないが、ネットで評判がいいだけの歌い手にしては、スタッフが豪華すぎるのだ。
かつて久世と仕事をしていた知人たちは揃って出世しており、彼らが久世が戻るなら自分も、とスタッフとして名前を連ねたのだ。
おかげでスタッフリストと規模が見合っていないと日向は溢していた。
青葉にはプレッシャーをかけないように彼らのことは久世の昔の仕事仲間としか伝えていないが敏い青葉のことだろう。何か気付いているかもしれない。
「久世さん、準備OKです」
「ん、わかった。青葉、いけるか?」
「いけるよー」
なんとも気の抜けた返事がイヤホンから返ってくる。
ステージの中央に青葉は立っていたが、久世の位置からはずいぶんと遠くにみえる。
これより大きな会場で何度もライブを見てきたというのに、今目の前にある会場のほうがよほど大きくみえた。
イントロが流れて青葉の声がスピーカーを通し全体に響く。小さな会場だが音響の良さには定評がある会場だ。
ほとんど出来上がっている構成を今さら触ることもないだろうが会場で聞くとまた違って聞こえた。
1曲目からそのまま2曲目へ。
この2曲は対になった構成だから連続して歌ったほうがいい。しかし、上手く繋いでも長いぶん間奏でダレるのは否めない。さて、どうしたものか……。
次の瞬間、青葉は間奏ではなく次のサビへ飛んだ。構成を予め知らせていた音響ブースは一瞬ざわついたが青葉は気にせず歌っている。
「どうだった?」
「どうって……明日もこれで行くの?」
音響スタッフのひとりが苦い顔をした。明日を本番に控えたこのタイミングで音を変えるというのは頭を抱えたくなるのだろう。ベテラン歌手ならともかく、無名の新人が相手となれば歓迎できないに決まっている。
「こっちのほうが良くない?」
スタッフたちが困った表情を浮かべるなか青葉だけは胸を張っていた。曲のことなど自分が一番よく知っていると語っていた。
「久世さん……」
間に挟まれたスタッフが久世に助けを求めた。
今から編曲をやり直す手間がどれほど大きいか、久世はよく理解している。自分もやってきた側だし、アーティストのノリに合わせて直前で曲のミックスをいじるなんてしょっちゅうだった。
だからこそスタッフたちの気持ちはわからなくもない。
しかし。
「こっちでいいだろ。このくらいの編曲なら俺がすぐやるよ」
久世自身が青葉のアレンジに納得してしまったのだ。
すぐにパソコンのアプリを切り替えDAWを起動する。音源データははじめから入れてあった。
「えぇ!?」
「今からですか!?」
「リハどうするんですか!?」
「このまま続けろ。聞いてるから好きにやんな」
「大丈夫ですか……そっちのアレンジやりながらリハ続けるなんて……」
若いスタッフが眉を潜めた。もう少し遠くに視線を向けるとかつての久世の仕事仲間たちは腹を抱えて笑っていた。
さしずめまた久世が無茶言ってるとでも話しているのだろう。なにせ昔は散々無茶に付き合わされてきた面々だ。おもしろいのだろう。
見かねた日向がインカムから全員に指示をだす。
『大丈夫だから続けて。久世さんこのくらいはやるから』
声を聞くに、日向も笑っていた。
「おまえら余裕あるなら手伝わせるぞ」
『いやー久世のお眼鏡に適うと思えんからな。頼むよ』
『ほらほら、久世が無茶ぶりするまえに進めてくれ』
「は、はい……」
再び曲が流れ出す。青葉は調子が上がり始めたのか会場の音の響きをつかみ独自のアレンジをそこかしこに入れ始める。
「ほい、できたやつ入れてくから確認しといてくれ」
共有フォルダに出来上がった音源を次々と入れていく。青葉はその場のノリやテンションで曲を変えていくタイプだからリアルタイムで追わないと久世ですら音を聞き逃してしまいそうだった。
「えっ!?早っ!!」
「アイツまだまだやるぞ。リアルタイムで合わせないとやってられん。ほら、手は止めるな」
「は、はい!!」
「Ao!そこ早い!音聞け!」
「これだけやりながらそっちまで聞いてるのかよ……」
結局、編曲作業は遅くまで及び会場近くのホテルに帰ったときには深夜を越えていた。
「うわ!私こんなに曲変えてたの?自覚なかった~テンポも全然違うじゃん!あってる?」
「残念ながら合ってるんだなぁ、これが」
「久世さんエグ~……よく覚えてるよね」
ホテルのラウンジで久世は出来上がった音源を青葉に聞かせニヤリと笑った。ステージにあがったアーティストはだいたい調子があがり1度限りのパフォーマンスを連発する。
青葉もそのタイプだろうが残念ながら青葉はリハーサルから全力を出してしまった。
改めて聞いて、冷静になったのだろう。
「久世さん、これでも音楽の才能は飛び抜けてるからね」
「ほかに何もできないみたいじゃねぇか」
「そういうことはパソコンの設定くらい自分でできるようになってから言ってください」
「葵にやってもらったほうが早いからな」
「…………」
「久世さんがやるとパソコン壊しそうだよね」
「…………」
「そういうことで明日もよろしくな~」
「なぜ音楽の神はこんな人に才能を与えたのか……」
「なんでだろうな~」
なんだかんだ言いつつ日向はソフトを立ち上げた状態で久世にパソコンを渡してくれるので、久世も甘えてしまうわけである。
「んで、青葉」
「なに?改まって」
パソコンを閉じて散らばったヘッドフォンやメモ用紙を束ねる。
今日はここまでだ。あまり詰めすぎても良くはない。
「明日、いけるか?」
今さら後に引けないことくらい青葉もわかっている。ここでNOとは言えないことも、青葉のプレッシャーや視線恐怖症のことも、わかっていて久世は問う。
「当たり前じゃん」
瞳を輝かせ、青葉はリハーサルの疲れを一切見せない好戦的な笑みを浮かべて、そう答えたのだ。




