8ライブしようぜ
『新曲聞いてくれた?今回もスッゴくいい曲だったでしょ?kuzuPがたまにはテイスト変えてみようっていうからどんなのになるかドキドキしてたんだけど、さすがだよね~』
聞けばライブ配信は青葉なりのリハビリらしい。
隣の部屋で行われているであろう視聴者とのまったり配信というやつだ。
元々防音処理のしてあるこのマンションに入居した決め手は配信がやりやすいことだったと本人から聞いた。
青葉はトーク力も高い。視聴者からのコメントには即レスが基本でトークの内容も上手い。
配信のなかで教養の高さやユーモアセンスを発揮しており幅広い視聴者がついているようだった。
久世が見ていたモニターの画面を日向が覗き込む。
「青葉さんの配信ですか?大学生に歌い手やりながら配信まで……カノンなら配信なんて絶対やらない……」
「アイツは元々そういうキャラでやってないしいいんじゃね?」
「ライブでもMCほぼナシですからね……」
「そりゃ強気だなぁ」
「そういう売り方しましたから」
「おまえのせいじゃん……」
「ライブといえば、ライブやらないのかってコメントけっこう来てますね」
「そういやそうだな~、俺のところに来てるくらいだから青葉のほうにはもっと来てるんじゃね?」
「あ、ほら」
日向が指差した画面の端。ポンポンと文字が流れている。
『Aoちゃんライブやらないのー?』
『ライブ!やろうよー』
『生歌聞きたい!』
「ライブ?リアルの?期待してくれるのは嬉しいけどイベントってすっごく大変なんだよー?私ってこう見えてしがない大学生だからなぁ。でもこういってもらえるのは嬉しいな、ありがと!」
画面の向こうで青葉は軽い調子で笑っている。ライブが難しいことは青葉自身がよくわかっているのだろう。
舞台に立つのならおびただしい数の視線に晒されるのだから。
コメント欄は少しずつライブを期待する声が寄せられたが、終始徹底して誤魔化したおかげか何か起きるようなことはなかった。
◇◇◇
「ライブ、ねぇ……すげぇじゃん」
「久世さんが褒めるなんてめっずらし!!」
青葉は形の良い瞳をカッと開いた。
たしかに並みの歌手であればお世辞だろと切り捨てたが、青葉は並みの歌手で留まる器ではない。
「あのな、それだけ期待されてるってことだろ?この短期間で……それは誇っていいんじゃねぇの?」
「ライブかぁ……そうだなぁ……」
視線恐怖症のことは青葉自身が一番よくわかっているはずだ。かつて親友と立つはずだった舞台。憧れがないわけではないのだろう。青葉の声からもその様子はうかがえた。
「いいじゃねぇか。やろうぜ、ライブ」
「えっ!?そんな気軽に言うもの!?」
「そりゃ準備とか必要だぜ?だがな、やろうとしなきゃ始まらんのだよ」
「そうだけど……」
「やってみたいんだろ?」
「…………」
「ハコは小さいし客入りも場合によっちゃ数十人程度なんてこともある。なにせおまえの観客はネットの向こう側の人間だからな」
「うん……」
「でも、それでもやらないよりやったほうがずっと価値はあるんだよ」
「…………」
青葉の目に浮かぶのは未知への不安よりも冒険への興奮だ。
こんな目をした歌手がどんな歌を歌うのか久世はよく知っていた。
「うん、そうだね……久世さん、私ライブやりたい!」
またフラッシュバックが起きたらどうしようとか、大舞台に立つ気合いとか勇気とか、考え出したらキリがない。
それ以前に青葉はきっとここへ来るまで何度もそんな不安に苛まれてきたはずだ。
しかし青葉はそんな不安を抱えてなお行動できるまでに成長した。
久世は短い付き合いでそのことをよく知っていた。
「なら決まりだ!」
◇◇◇
「AoとkuzuPのライブ?いいじゃないですか。僕も協力しますよ。とりあえずスポンサー集めかなー?露出のあるAoさんと違ってkuzuPの正体にはみなさん興味ありますよ?」
「そのみなさんってのは……」
「えーと、星レコードの宮地さんとかフラワープロの瀬野さん……あと岡田さんにも聞かれたなぁ、ヒノテレビの」
「フラワープロなら私メールもらったことあるよ」
「あそこは新人発掘に力入れてるからね」
「…………」
久世にはその名前すべてに覚えがあった。業界を離れて久しい久世でも知っている顔ぶれだ。
かつて久世も共に仕事をしたことがある面々で過去の久世の所業も当然知っている。
順調に出世していれば決裁権限を持っていてもおかしくない立場だろう。
「あ、これ久世さんが知ってる範囲の一部なので実際はもっと聞かれてますよ。みなさん情報が早いですよねぇ」
「SNSチェックと新人発掘は基本だろ……」
「何はともあれライブするならスポンサー集めは必須です。何をするにもまずは資金ですから。学生のAoさんは難しいですがkuzuPならお世話になるみなさんに挨拶くらいできますよね?」
「…………だよねぇ」
久世はこれから起きることを予想して渋く返事をする。
ライブをするというのはとにかく金も人も必要になる。日向の考える規模なら1000万は必要だろう。事務所に所属していれば事務所が負担するものだが青葉は個人勢だ。
「あ、あの、資金集めるならクラファンとかは?歌い手ならよくクラファンやってるし」
青葉が気づかいながら小さく手を上げた。久世の状況を知っているのだろう。若者の気づかいが逆に罪悪感を募らせる。
「クラファンはクラファンでお願いします。青葉さんならそちら向きだからね。ただ、Aoを売り込むなら業界の注目度が高まっている今のタイミングは外せません。これだけの有名どころが注目している今に繋ぎを作っておけば今後の活動にも繋がります。そ、こ、で!久世さんの出番です」
「…………」
「kuzuPは正体不明なほうがみんな気になるんじゃないかな……久世さんじゃないかって疑ってる人もいるけど確定してないから盛り上がるわけだし……」
気を使われているのだろう。
青葉にそんなことをされるとどこか居心地が悪くなる。即断即決で無鉄砲。それが青葉なのだから。
「ライブをするなら当然、kuzuP本人にも注目が集まります。ライブ配信をしている青葉さんと違い久世さんを信用してもらうためにも直接会うのは大事です」
「でも……」
青葉の視線が久世と日向のあいだで揺れている。
日向を説得したいのだろうが、仕事の話で日向を説得するのはまず無理だ。
そしてなにより、渋る自分が情けなくなってきた。
「いや、俺も資金集めやるよ」
「えっ……」
「昔はレーベルの社長に局のプロデューサー相手にやりあってたんだぜ?こういうことは大人に任せな」
「久世さん、やる気になってくれたんですね。ならスポンサー集めは任せて」
まんまと日向の策にハマったような気がするが久世も自分が動いたほうが効率がよいことくらいわかっていた。
青葉がこれだけ自分を気遣ってくれるのだ。
ここで久世が隠れていては年長者としてカッコ悪いではないか。
かくして3人は資金集めに奔走することとなった。




