7腹を探りあう
それからの久世は忙しい日々を送った。
打ち合わせに制作、調整、編曲……。
日向が行くとパソコンが設置された机の床で寝ていることも珍しくない。
かろうじて日向が作った食事は取れているようだがそれでも睡眠時間は削っているのだろう。
若い頃もこんなふうに寝る間も惜しんで仕事してたなぁ、などと思い出話をしたのは昨日のことだった。
「それでガタがきて倒れた、と……」
「…………」
「それでも曲のクオリティは落ちないからたいした人ですよ」
「おー……そこはまかせろ……」
「やる気があるのはいいことですが歳考えましょうね」
パソコンがない寝室に久世を押し込め扉を閉めた。これで久世はしばらく寝るだろう。
「久世さん……大丈夫……?」
扉の前には不安そうに眉を下げる青葉が待っていた。リビングにいて良いと言ったのに律儀な子だ。声を潜め久世に聞こえないよう配慮しているあたり、ただ勢いで突っ走るだけの子ではないのだろう。
「問題ないよ。どうせ作業が捗った~とかで寝てなかったんだよ。あの人いっつもあぁだから気にしないで」
「そっか……」
「若いときはそういうこともできるんだけど、年齢を重ねると体が無理がきかなくなる。青葉さんも若さにかまけて無理すると年とったとき苦労するから気を付けなよ」
「は、はい……」
経験からくる重たい教訓に青葉は深く頷いた。
倒れていた久世をみつけたのは青葉だった。
久世は辛うじてスマホのロック画面を解除し日向に電話をかけるも、日向が出る前に寝落ちてしまった。
その久世に代わって青葉が泣きそうな声で日向に助けを求めてきたのだ。
「まぁ、さすがに人が倒れてたら焦るよね……救急車呼ばれなくてよかったよ。久世さん何か言ってたの?」
「いえ……でも久世さんの立場的に目立ったらよくないのかなって……あと久世さんが自分で日向さんに電話かけようとしたので……」
「そ、そう……」
意外といえば意外だ。
久世には今頼れる人などほとんどいない。実家とは遥か昔に縁を切っているし元妻は言わずもがな。
そうなると日向に連絡をするのは自然なことに思えるが、久世が真っ先に頼る相手が自分だということにむず痒さを覚えてしまう。
「日向さんのお仕事大丈夫でした?」
「うん、個人事業主だからね。そのへんはわりと自由。打ち合わせの予定もなかったし。あと、青葉さんとも話してみたかったから」
「私と?」
「うん」
コーヒーを出しながら日向は努めて笑顔を作り、話しかけた。こういうとき自分の顔は武器になる。相手の警戒心を弱め懐に入りやすくしてくれるのだ。
「どうして久世さんだったんだい?」
「どうして、って……?」
青葉は小首を傾げて日向と向き合うように座った。
日向は直感的に、青葉が自分を誤魔化そうとしているのだと気づいた。
敏い子だ。わかっていてとぼけているのだろう。
そう理解したうえで話を進め会話の主導権を取った。
「あぁ。Aoさんって色んなボカロPからオファーもらってるし他の事務所から声かかったりしてたよね?デビューするならそっちと組んだほうがよほど効率が良い。それなのにわざわざ久世さんを探し出すって相当な労力だよ?」
「事務所は前に話したらとおりでフラッシュバックを起こすリスクのある歌手を所属させたくないだろうし、ボカロPさんから声はかかりましたけどなんとなく馬があわなくて……」
「それだけじゃないよね?」
「どこかに所属しないで好き勝手やりたかったんですよ」
「青葉さんの目的を果たすなら大手の事務所に所属したほうが効率は良いんじゃない?」
「…………」
最もらしいことを並べているが本質はそうではない。
久世ならこの理由で納得するだろうが日向は違う。長年の経験と集めた情報が違うと告げていた。
「久世さん、kuzuPはたしかに人気のあるボカロPだけどAoさんにはもっとベテランで人気のある人も声かけてたはず。それなのにAoさんは断ってkuzuPと組んだ。あの人が組んでくれるとも限らないのに。特にkuzuPは表に出ないことでも有名だったよね」
「そう、ですね。メールも返してもらえなかったし曲を書いてもらえる期待は低かったです」
「わかってたんだ、そこ」
「気難しいボカロPを振り向かせたら話題になるじゃないですか」
「それで犯罪ギリギリまでやる必要ないよね」
「……そう、ですね」
歯切れが悪い。青葉の表情にも焦りがみえる。誤魔化せないと判断したのだ。
しかし、日向の目的は青葉に真実を暴露させることではない。
青葉には青葉なりの目的があるのだ。
そうでなければこれだけの手間とリスクを引き換えにして久世に近づく理由がない。
歌い手によくある「知名度を上げるため」といった理由ではないはずだが、日向はその理由にあまり興味はなかった。
だが、手の内を明かさねば青葉も日向に応えないだろう。
「僕はね、これ以上久世さんに傷ついてほしくないんです」
「…………」
ひどく情けない言い方だと、自嘲する。
久世は日向に守られるほど弱くはないし日向自身もそう思っている。
そうだとわかっていても、あの日生きているのか死んでいるのかもわからないほどに弱りきった久世の姿が日向の不安を駆り立てるのだ。
スキャンダルが出て、全てを失ったあのとき。
世間は自業自得、身から出た錆だと久世を非難した。
誇りも地位も名声も、なにより久世自身もひどく傷つけられたが、傷ついてほしかったわけではなかった。
「あの人は音楽がないと生きていけないんです」
「それはみていてわかります」
「青葉さん、どうして久世さんの曲にこだわるんですか?」
あれから10年近い時が過ぎて、ようやく立ち直りはじめた久世にこれ以上傷ついてほしくない。
久世は強い。
音楽のせいで何もかもを手放すことになっても、結局音楽は手放さない。そういう選択ができる強い人なのだ。
だけど、痛くならないわけではない。
久世には音楽を続けてほしいが、痛い思いをしてほしいわけではないのだ。
40歳を越えたいい大人が20歳になったばかりの女性にする話でもないだろう。
しかし久世を傷つけるものを久世に近づけたくなかった。
「…………」
青葉は真剣に、いたって真面目に日向の話を聞いていた。
茶化すことも笑うこともしない。どれだけ日向が必死なのか読み取ったのだ。
「たしかに、私のやり方だと久世さんを利用しているようにみえるかもしれませんね」
「利用っていうと語弊があるけれど、久世さんを引き合いにだす理由がみえないんだ」
「kuzuPの歌が好きだから、じゃダメですか?」
「それだけではないことくらいわかるよ」
「厳しいなぁ……」
「…………」
少しばかり俯いて青葉は黙った。
どうはなすべきか、どう伝えるべきか考えているのだろう。
日向も青葉の考えがまとまるのを待った。
そして青葉はまっすぐ日向の目を見返した。
「理由はまだお話しできませんけど、久世さんにとって悪いようにはしません。利用してる自覚はありますが踏み台にしようとか、久世さんを陥れるとか、そういうつもりはありませんから。ただ……」
「ただ?」
「久世さんの曲でないと届かない」
「…………」
「これだけは間違いなく言えることです。だから私は久世さんを利用している」
「久世さんの曲、ね……」
「日向さんなら久世さんの音楽じゃないと届かないって意味わかりませんか?」
「あっ……」
そこに嘘や誤魔化しがないことくらい、日向にはわかってしまった。青葉の言うとおり、誰よりも久世の音楽を必要とする気持ちがわかるから。
本心の言葉と誤魔化しの言葉では、説明できない違和感がある。
アーティストの本気、というものが日向にはよくわかるのだ。
「……そういうのは利用って呼ばずに助けてもらっているって言うんだよ」
「そうですか?」
青葉に久世を傷つける目的がないならそれでいい。
久世の音楽が必要だと真摯に訴える青葉に久世を傷つける理由がなかった。
「別に青葉さんを悪者呼ばわりするつもりはないんで悪ぶろうとしなくていいですよ。久世さんがあなたを利用しているのも間違いないんですから」
「別に私は……」
「そうだな、久世さんは青葉さんを利用して作曲家の知名度をあげている。青葉さんは久世さんの音楽で親友さんに歌を届ける。僕は青葉さんに曲を作らせることで久世さんに音楽を続けさせる。お互いがお互いに『利用』しあう関係でいるのがシンプルだ」
「……いいんですか?私にもし下心でもあったら……」
「青葉さんはそんなことするのかい?」
思わぬ心配をされつい可笑しくなってしまう。
青葉は根が真面目だからそのうち良心の呵責に耐えられなくなるだろうに。
クスクスと笑うと青葉の眉間にわかりやすいほどの深いシワが刻まれた。
「……日向さんって魔性とかよく言われません?」
「わかる?そうらしいよ」
悪びれずに笑うと、青葉が苦虫を噛み潰したように口角を上げたので誰か心当たりがあるのかもしれない。




