6思いふける
調べるとたしかに10年近く前に「井手青葉」というジュニアモデルがいた。
その容姿と明るいキャラクター性で同世代の女児から人気が高かったようで、本人も積極的にモデル活動をしていた。
10代の女子向け雑誌のモデルとして活動し、わずかながら子供向けテレビ番組にも出演していたらしい。
しかしモデル・井手青葉は突然表舞台から姿を消した。
学業が忙しかったりモデル活動に飽きたり、はたまたストーカー被害にあったりと人気絶頂のジュニアモデルが辞める理由などいくらでもある。
しかし、
「青葉さんはこの時期に視線恐怖症を発症したんですね」
日向はもってきた雑誌のコピーを並べた。
この頃、子供向けファッション雑誌はデジタル配信に積極的ではなく当時の雑誌のコピーなら手に入ったのだという。
タブレットでは青葉が出演していたテレビ番組の動画が流れていた。画質が荒く時代を感じる動画の中心で幼い頃の青葉が満面の笑みをむけていた。
この頃から人目を引く容姿とオーラを纏っていたようで、彼女が画面にいるだけで無意識のうちにそちらに視線が向いてしまった。
「時期的にそうだろうな」
「あと知り合いに聞いてみたんですけど、青葉さんってかなり人気があって期待値も高い子だったそうです」
「これなら仕方ないだろ」
パソコンに写された画面のなかで5人が横並びになった端に青葉が立っていた。
細身で手足が長く、身長は同級生たちにくらべわずかに高い程度。
それなのに顔立ちの綺麗さとよく動く表情は画面映えして、真ん中でしゃべる子よりもくるくる表情が切り替わる青葉に目がいってしまう。
これは成長したらさぞや有名な女優か、歌手になっていたことだろう。
「ただ問題があって、青葉さんの母親がかなり入れ込んでいたようです」
「娘がモデルになったらそりゃな」
「元々ご自身がモデルになりたかったんですけど、夢かなわず娘に期待してたようですね」
「あー……そっちのタイプね」
芸能界は狭き門だ。
自分の叶わなかった夢を子供に託す、といえば聞こえはいいが過度な期待を寄せる親は珍しくない。
アイドルの作曲をするときはその傾向が顕著で、やれ娘のパートを増やせだのもっと前で踊らせろなど……言い出したら枚挙に暇がない。
青葉から親の話は一切でていないが察するに良い信頼関係を築いていたわけではないのだろう。
「そんなときに出会った『親友』か……」
「高校時代なんて3年程度でしょうにそんな相手にこれだけ情熱を燃やせる関係だったんでしょうね」
「しかもアイツ帝都大だろ?わざわざ歌手なんかやらなくても就職先なんて引く手数多だ。それなのに事務所にも入らないで個人でやってよ……どんな相手なんだか、アイツの親友」
「久世さんだって入るじゃないですか。歌を届けたい相手」
「…………」
久世はテーブルに出した古びた菓子の缶をあけた。そこには古い写真が納められている。デジタル漬けで紙の書類をすぐに失くす久世にしては珍しい几帳面さだ。
缶には雑誌の切り抜きにCDまで入っていて、そのどれもが何度も手に取られ、なんども読み込まれた痕跡を残していた。
「そう、だな……」
10年以上前に撮影された写真。
そこに写る少女は満面の笑みを向けている。写真の少女はだんだんと成長し、ある年を境に写真は途絶えていた。最近の日付のものは成人した女性となった雑誌の切り抜きだ。
離婚してから1度も会わせてもらえない娘。
別れた元妻からは必要ないと言われたが毎月養育費は納めていた。
今は青葉と同じくらいの歳だろう。
娘の年齢すらまともに覚えてないのだから会わせてもらえなくても仕方がないのかもしれない。
もっとも、今さら会いたいと思われているかどうかすら久世にはわからなかった。
付けっぱなしになっていたテレビから曲が流れる。
キャッチーで耳に残るテンポと歌詞でありながら歌声の持ち主は他者を誰一人寄せ付けない圧倒的な存在感を放っていた。
今をときめくトップシンガー・カノン。
久世の血をわけた実の娘だ。
「青葉さんがなんであんなに必死なのかはわかりませんけど、青葉さんの気持ちはわかる気がします」
「そうなの?」
「えぇ。僕だって久世さんの可能性を諦めてません。あなたの曲を世に出したいんです」
「今でもじゅうぶんだろ」
「あなたはこんなもんで終わる人じゃありません」
「俺に今さらそんなこと言っても効かねぇよ、敏腕プロデューサーくん」
「僕が保証します」
「そういうのは新人相手にやりな」
「冗談だと思って……」
「酸いも甘いも噛み締めたオジサンなんでね、俺」
「はぁ……でも僕も協力しますよ、kuzuPとAoさんに」
「今でもかなり世話になってねぇか?」
「こんなの大したことありません」
日向は久世にまだやれると言ってくれる唯一の人だ。おそらく昔からの付き合いで、久世の全盛期を知るからこそそう言ってくれるのだろうが、久世にはその期待に応える勇気はまだなかった。
敏腕プロデューサーと名高い日向の目に適う存在だという自信は今のところ久世にはまだない。
それなのに日向の期待に応えたいと思う自分もまたいて、未練がましさに嫌気が差す。
「花音さん、元気にしてますよ。新曲の準備でいそがしいみたいですけど」
「そうか……すまないな、葵」




