5はち合わせる
それからAoとkuzuPの快進撃は目覚ましいものだった。
初めて投稿した動画は瞬く間に100万再生を超えトレンド1位に「Ao」「kuzuP」の名前が並んだ。
Aoに続けとばかりに歌ってみた動画が次々に投稿される。
その勢いのまま投稿した2曲目に至っては投稿して1時間たらずでトレンド入りを果たしAoの注目度は上がる一方であった。
「すごい勢いですねぇ、Aoさん」
「そらあの歌唱力とビジュアルがあればそれだけで注目されるだろ。そこに俺の曲がありゃあこれくらい余裕」
「さすが久世さんだ。僕の見込んだ通り枯れてませんね」
「…………」
日向は満足げにクスクスと笑い、動画に寄せられたコメントをスクロールしている。
久世を褒めるが、いわゆる「バズらせる」方法については日向の意見を全面的に取り入れている。そういうことは日向が得意とするところだし、久世も信頼していた。
青葉の実力や久世の能力によるところも大きいが、「よい音楽」がそのまま話題になるわけではない。話題となるテーブルに乗らなければ良いものでも人の目にすら触れないのだ。
AoとkuzuPのコンビが瞬く間に人気を博した功績は日向にあるが、久世は素直に感謝を伝えられないでいる。
「この調子でどんどん新曲書いてくださいよ」
「わあってるって。期待してろよ」
こんな感じで冗談めかさなければ久世は日向に礼のひとつも言えないのだ。
「久世さーん、いる?」
「……入ってきてから聞くなよ……ていうか鍵……」
「開いてたよ?……って誰?」
「あ……」
思えば青葉が久世の家を出入りするのはだいたい昼間か夕方頃。日向が来るのは夜が多く顔を合わせる機会はないに等しかった。
お互いに姿を認識し両者の目が久世に向いた。
「若いツバメ!?久世さんそんな人いたの!?」
「パパ活!?見損ないました!!」
「どっちも違うから!!どんな誤解だ!!どんな!!」
「だって久世さんみたいなオジサンがこんな美人、家に連れ込めるわけないじゃん!!」
「失礼にも程があるだろ!」
「久世さん!女はもういいとか言ってませんでした!?若い子騙せるほどお金ないでしょ!?」
「それなりにあるわ!!って、ねぇよ!!」
「しかも家事までさせてるし!自炊しないわりに良いもの食べてると思ってたけど作ってもらってたの!?」
「悪いかよ!」
「今さら久世さんの女好きに口出ししませんけどさすがに10代はダメですよ……犯罪……」
「コイツは成人しとるわ!身分証もみたから!!」
「だから良いってことないですよ!!倫理的にアウトです!!」
「久世さんにそういう趣味があるのは構いませんけど好意に甘えて通い妻みたいなことさせるのはどうかと思います……」
「だーかーらー!!おまえらちょっと落ち着け!!」
「あのな、俺もまぁ若いときはそれなりに遊んでたし今もてきとうなところあるからさ、誤解が生まれるのはしょうがねぇよなって諦めてるワケ。そりゃ週刊誌にすっぱ抜かれたネタだってハニトラの浮気だったからな?だがな、今はもうそういうのは一切やめたんだよ。懲りたんだ……あれからもう10年近くたつだろ?まーさすがの俺だって落ち着くって。あの頃みたいに両手に美女侍らせて~とかさ、もう勘弁なんだわ」
「はい……」
「すみません……」
ひとしきり叫び倒した日向と青葉を座らせ久世は頭を抱えた。
付き合いの短い青葉はともかく、かれこれ20年近い付き合いの日向にまで「パパ活」などという誤解をされたことは地味にダメージが強い。日向からしたら未だにあの頃の遊んでいたイメージが強いのだろうが。
「久世さんが若いツバメ飼ってるわけじゃないってわかりましたけど……日向さん?どういうご関係なんですか?」
「それは僕も聞きたいです。久世さんにこんな若い女性の知り合いがいたなんて……」
「ソイツがAoだよ。俺んちで収録とかしてる」
「え、あなたがAoさん!?」
「そうでーす!配信とかみてない?」
「見てますけど……あぁ……言われてみれば……配信と同じ顔……」
「葵……おまえ少し落ち着け……」
「すみません、焦りました。久世さんが若い女の子連れ込んでると思ったら頭に血がのぼって……なるほど、あなたがAoさんなら納得です。たしか学生と聞いていますが……」
「あ、はい。この近くの帝都大学3年生」
「は?帝都大?そんな頭良いとこの学生だったのかよ……おまえ」
「別にどこの学生かなんて関係ないでしょ?久世さん聞かなかったし」
「そりゃあんまり興味ないが……」
久世が知りたかったのは青葉の学歴や学科ではない。帝都大といえば国内トップクラスの偏差値を誇る難関大だ。就職先も引く手数多。わざわざ不安定な歌い手になるより安定した将来が約束されている。
それなのに、なぜわざわざ歌い手なんてやっているのか……親友に歌を届けたいというが、悲しいほどに真っ直ぐな目をさせるだけの理由があるというのか……。
「で、そちらのあなたは?久世さんみたいな枯れたオジサンに甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる人なんて変な人に決まってます」
「ひどい言いぐさだなぁ……僕は日向葵。職業は……音楽プロデューサーやってます」
日向が懐から名刺いれをだすと慇懃に頭を下げながら名刺を渡した。
日向が経営している事務所の社名とロゴの入ったシンプルな名刺である。青葉は受け取りながら日向と名刺を交互に見つめている。
「音楽プロデューサー?」
「まぁ曲が売れるようにあれこれ走り回る音楽のなんでもやさんみたいな?」
「ふうん」
「むかしは久世さんと組んでいろいろ仕事してたんだよ?」
「仕事の腕なら葵の右に出るやつはいないからな。信用して問題ない」
「ふうん」
歳の若い青葉にとって作曲家や歌手はメジャーな存在だろうが、音楽プロデューサーと言ってもピンとこないのだろう。
中性的な美貌や柔和な雰囲気に気を取られがちだが日向は数々の新人アーティストを世に送り出し国内の音楽業界の重鎮たちとも繋がりを持つ敏腕プロデューサーだ。
「久世さんに褒められると照れるなぁ……青葉さんくらいの歳なら知ってるかな?カノンのプロデュースにも関わってるんだよ」
「カノン、知ってますよ?もちろん?。へぇ……そうなんですね……」
青葉にしては珍しく顔をうつむかせながら名刺を手帳にしまった。同世代の歌手となれば青葉も興味を示すかと思っていたがそうでもないらしい。
「しかし青葉さん、それだけの実力がありながらどうして事務所に所属していないんですか?僕たちのあいだでも話題でしたよ?どこかの事務所のプロモーションじゃないかって」
「あー……やっぱそこ気になっちゃう?」
煮え切らない言い方で青葉は視線をそらした。
久世とてそれは疑問だった。特に青葉はYouTuberたちが所属する事務所にも入っていない言わば完全な個人勢だ。それでこれほどの人気がでるわけだから実力はプロに比肩するといって差し支えない。
親友に歌を届けるというならどこかの事務所に所属したほうが世に出るのは早かっただろう。
「実はね、私子供のときモデルやっててそのときに視線恐怖症になっちゃったんだよねー……」
「視線恐怖症?」
「そ。人の視線とかそういうのがダメ。こうやって気心知れた人たちと話す分には平気なんだけどカメラとか知らない人がたくさんいると、ね……」
「そうだったのか……今は?」
「今はだいぶ良くなったよ。完治ってことはないんだろうけど配信やれる程度には平気!まかせて!」
視線恐怖症。
トラウマのひとつだ。
青葉の話を聞く限り他者視線恐怖症とよばれる類いだろう。
芸能界にも発症する人は多くみられ久世も日向も何人もみてきた。
今こうして笑いながら歌う青葉にどれだけの苦労があったか……。
「高校で親友と出会ってからよくなって、一緒にデビューしようかって話があったところで私がフラッシュバックおこしちゃってそれっきり。だから私は親友に歌を届けたいんだ」
「……ならぜってぇソイツに届けるぞ」
「届くよ、私と久世さんの歌なら」
新曲の打ち合わせをしてイメージを固め、青葉は隣の部屋に帰った。
昼間は普通の女子大生だ。忙しいのだろう。




