26販売開始
「いや、ならんだろ。あの2人のだぞ?」
「ですかねー……」
企画書と、配信チケットの販売サイトに表示されたサーバーメンテナンスの画面をみて、久世は無情に言い放つ。
配信チケットの販売開始と共にアクセスが集中してチケット販売サイトのサーバーが落ちたのだ。
SNSにはチケットを買えなかったファンたちが怒りの投稿を繰り返し瞬く間にトレンド入りを果たした。
皮肉なことにそれが宣伝効果を拡大させ、なかば炎上の様相となっている。
青葉も自身のチャンネルとSNSでメンテナンスが終わり次第、販売を再開すると投稿しているが沈静化は見込めないだろう。
「まぁ波乱含みのほうがおもしろいんじゃね?そういうの得意だろ」
「僕はあまり炎上商法が好きじゃないんですよ。タレントのイメージ悪くなるし……求められてるならやりますけど、あの子たちのイメージじゃない」
「そうか?カノンも青葉も歌い手としてはかなりアグレッシブだろ?そんな2人が因縁含みで客もいない状態で歌うんだ。和気あいあいってことにはならんだろ」
「……なんか予測できる……」
「だろ?珍しいな、おまえがこんな読み違いするなんて」
「きっと、こうなったらいいなってのが先走ったんです。僕らしくもなく」
「たまには良いんじゃね?俺はアイツらがバチバチにぶつかって良いように曲書いてるけどさ……正直……」
「正直?」
「いや、なんでもない。それより新曲2曲できたからカノンに渡しておいてくれ」
「わかりました……」
きっと彼女たちは全身全霊でぶつかり合うのだろう。
青葉は諦めが悪く決めたら一直線で真正面。
ぶつかるなら全力だ。
青葉の熱量を迎え撃つならカノンにも同等のものが求められ、さらにカノンには受け止められるだけの度量と実力と理由があった。
久世はそれを想定して新曲を作っていた。
「あの、久世さん。カノンさんに渡した曲はやらないんですか?」
「……あいつら次第、かな」
◇◇◇
カノンは盛り上がるネットや関係者をみてため息をついた。
ネット配信のライブなんて、これまでのカノンなら絶対にやらなかっただろう。
これにはカノンのファンたちも驚いているようでSNSのトレンドは朝からカノンの話題に染まっていた。
チケット販売サイトのサーバーが落ちたことも拍車をかけているらしい。
「Aoね……」
言葉は濁されたが、あの様子では日向は青葉と花音の関係を知っているのだろう。
知った上で今回の話を持ちかけてきた。
普通の音楽プロデューサーならそんなことまでしないはずだ。
青葉と花音の間にいるのが日向だから持ちかけたのだろう。
音楽配信サイトから過去に久世の作った曲を指先だけで選んで再生する。
ドラマのサウンドトラックとして作られた曲で、当時まだ若かった久世の個性が尖っている。ドラマの内容は至って平凡で退屈だったが、曲の良さからドラマが評価されておりドラマのサウンドトラックとしては三流と久世自身がインタビューで答えていた。
ドラマよりも曲が目立つようではサウンドトラックとして意味がない。当時の久世にしては珍しく謙虚に聞こえるが、実際のところ曲に負けるような退屈なドラマを作るなという嫌みであると果たしてどれほどの人が気付いているだろうか。
こういう久世の不遜な部分を教えてくれたのは日向だった。
日向は昔からカノンに嘘はつかなかった。
◇◇◇
『音楽プロデューサーの日向葵です』
「ひまわりちゃん」なんて気軽に呼ばれていた中性的な男性が差し出した名刺には明朝体で『日向葵』と書かれていた。
良い音楽プロデューサーがいる、そう言われて事務所から紹介されたのが日向だった。
一目見た瞬間、あふれる幼いときの父との記憶。
ただ無邪気に音楽に触れていたあの頃の記憶だ。そのとき父の隣にいた男が、今はカノンのプロデューサーとして紹介されている。
なんという因果。
その時のカノンは驚きを隠すのに必死で、なるべく表情を隠すように俯いて手元の名刺に視線をむけた。
字面が『日向葵』。なるほどそういうことか。
『ひまわり』
『あー……そう呼ばれることもあるかなぁ』
『ふうん、勿体無いわね。あおいなんて綺麗な名前なのに、その様子じゃあんまり呼ばれないんでしょ』
『…………』
行儀の良い表情が何気ない一言で崩れた。
本人にも自覚があったのだろう。照れくさそうに口許を押さえながら日向は観念したように話しだす。
『これを話さないのはズルいと思うから先に話すけど……僕はきみのお父さんを知っている』
『みたいですね。かすかですけど、あなたに会った記憶があります』
『よく覚えてるね……もう10年以上前なのに』
『まぁ……それは』
幼いなりに父とこの人は近しい関係なのだろうと察していたが言葉を濁した。どう表現するのが適切なのか花音にはわからなかった。
ただ父は母よりも近い場所にこの人を置くのだと感じていた。
『そのうえで、きみはお父さんと同じことを言うんだね』
『なにが……』
『僕の名前。久世さんも僕の名前をみて綺麗だって言ったんだ』
昔を懐かしむ日向は、美しいと表現するに相応しい顔でそう語る。綺麗なものに触れるとき、人はその顔をする。
きっと父と日向は浅からぬ関係なのだろう。
◇◇◇
カノンにとって日向は父親の代わりみたいなものだった。
仕事の手腕における信頼はもちろんあるが、それ以上に業界から追い出された父と繋がりがある人物は貴重だった。
母は良い顔をしなかったが日向よりカノンを上手く売れる音楽プロデューサーなどいるわけがなく、渋々といった具合に納得した。
蜘蛛の糸にすがるようにカノンはわずかでも父との繋がりを持っておきたかった。
父に近い人物であるせいだろう。日向には不思議と本音が出てしまう。
こちらの本音を見透かされているせいもあるだろう。
特に日向にはカノンが何を歌っているのか知られてしまっているぶん、隠し事はたいがいバレるのだ。
日向もカノンに嘘をつくことは得策ではないとわかっているのだろう。カノンの気分を上げるために調子の良いことを言うことはあるが、嘘はつかなかった。
なにより日向は、自己の利益よりも、カノンの歌をどれだけ多くの人に聞かせるか、を重視する。
そんな日向が持ち掛けた話だからこそ、受ける必要があるとカノンは考えていた。
「それに青葉、一度決めたら諦め悪いからなぁ……しょうがない、受けてあげようかな」
まだ青い、春の頃の美しいばかりの思い出が鮮やかに甦る。
きっと花音はこの先青葉以上の人なんて見つけられないだろう。
それくらい青葉の存在は深いところに根付いていた。
だから。
だからこそ。
「確かめないと……」
ゆっくりと起き上がり、日向から送られてきた音源データを再生する。
イントロだけで久世の曲だとわかる。
花音に歌えと背中を押すような、カノンが歌いたくなるような、そんな曲。
狙っているのだろう。
相変わらず音楽に関してだけは人の心をよくわかっている人だ。
久世も、日向も、花音に訴えてくる。
今の青葉と歌えと。
「今の青葉と歌うと何があるのかしら」




