24花音と歌いたい
それから成人して親の同意が必要なくなった頃、青葉は花音の父、久世誠司と出会った。
必死だった。
その人が花音の父とか世界的な作曲家とか、どうでもよくて、この曲なら花音に届く。それだけだった。
引っ越し先の内覧で偶然聞こえたその旋律を青葉は直感で信じた。
「先に花音の隣からいなくなって、花音を1人にしてしまったのは私なんだ。だからその責任は取らないといけない」
「責任って……そりゃおまえには重たくないか……?」
ここまで静かに長話に付き合ってくれた久世が呆れ顔でため息をついた。
そこに同情とか、憐れみとか、そういった類いのものは見当たらず、ただ青葉の抱いていた感情を同じ目線で悩む仲間としての顔があって逆に青葉は安堵する。
久世の言う通り花音との関係は複雑で湿っぽく重たい。
しかし青葉にとっての重荷ではなかった。
両親が久世のように青葉と向き合ってくれる人たちだったら自分も幾分かラクに人生を歩けたのかもしれない。
今さらそんなことを言っても仕方がないが。
「ううん、私がそうしたいの。もう私は花音を1人にしない、高嶺の花になんかしてやるもんか……」
それが青葉の歌う理由。
カノンに歌を届けたい理由だった。
そんな決意と裏腹に脳裏をよぎるのはついさっきの花音だ。
その強い意思と怒りをたたえた瞳は青葉の記憶に明確に焼き付いている。
「でも、認めないって……花音、怒ってた……」
声を殺しながら青葉は漏れる嗚咽を耐えていた。
ライブが終わった疲労も重なっているのだろう。
普段より弱気になっていた。
「……場所を変えよう。そろそろここを出ないとならん時間だ……」
こういうとき、久世は慰めの言葉ひとつかけてやれない。
歌詞で綴るならどれだけでも優しい言葉が使えるのに。
◇◇◇
青葉と久世は個室の小料理屋に場所を移した。カノンをマネージャーに引き渡した日向も合流している。
「カノンさんはなんで……あんなこと……正直珍しいんです。あそこまで感情をみせるって」
日向も先程のカノンの態度には困惑の色を隠せないようで形の良い眉が垂れ下がっている。
よほど花音はお行儀良くしていたのだろうと、青葉は苦笑した。
「私の知ってる花音は直情的で感情的でしたよ。ほんと、お姫様みたいでそれを認めさせるだけの子」
「どうやら僕の知っているカノンさんはプライベートだと違うかたみたいだ」
「むしろあんな大人ぶってる花音を私は知りません。ほんと、よく笑ってワガママで……」
むかしを懐かしむように青葉は笑った。その微笑みも今は痛々しい。
日向も青葉も明らかに沈んでいた。
日向は日向でカノンの知らない一面を目の当たりにして戸惑っているし、青葉については何もかもの感情が落ち着いていないのだ。
ついさっき、人生初のライブを乗り越え、過去の視線恐怖症に打ち勝ち、その喜びを噛み締める間もなく大事な人に手酷く噛まれたのだから。
久世は気持ちを切り替えるようにパァン!と手を叩く。
その音は空間の空気を震わせ、調度品の表面を波打った。
個室を震わせるその音に日向と青葉が弾かれるように顔を上げた。
「アイツ、歌は褒めてただろ?」
「え、あぁ……うん……」
「なら認められないのは信念……そう、根っこの部分だ。アイツの根っこのところと俺たちのが合わない。それだけだろ」
「でも信念なんてどうしたら……」
「だからだよ。言っただろ?俺だけの曲も、青葉だけの曲もあいつには届かない。だから俺たちの歌を届けるんだ。あの孤高のお姫様に一人で歌うのはやめちまえって言うために」
「そ、そう!それ!!」
「まだ、折れちゃいないだろ?」
「うん……折れてない。この程度で折れてなんかやらない。私は諦めが悪いの!」
目に光が戻る。
疲れているのは間違いないのに爛々と光るその目はまだまだやれると強く光る青葉の目だった。
「日向さん、無茶なお願いしても言い?」
「なんだい?僕でできることなら協力するよ」
意思を固めるように深呼吸する。
この目をした青葉は折れないと、久世も日向もよく知っている。
だから青葉が何を言っても叶えてやろうと、一瞬だけ久世と日向は視線を交わした。
「カノンと歌いたい」




