23懐古、衝動/エピローグ
それからのことはあまり記憶がない。
記憶に残すほど印象的な出来事もなかった。ただ再び家から出られなくなり、何度も連絡をくれた花音と話すことすらできなくなった。
メッセージには何度も青葉と歌いたい、自分がいるからと言葉が綴られていたが読むたびに立ち上がれない自分が情けなくて、弱い自分が嫌いになった。
それよりも花音の隣に立てなくなってしまったことが重くのし掛かる。
花音の傍にいたい、共に歌いたい、それが青葉の本心のはずなのに部屋から出ようとすると胃のあたりがせり上がり、吐きそうになる。
なんとか部屋を出ても父や母と会ったらどうしようと頭のなかで思考がぐるぐると渦巻いて頭が痛くなる。
通院のために家を出るときなんて足が震えてまともに歩くことですら億劫になる有り様だった。
両親はあれから青葉のことを腫れ物扱いするようになり必要最低限の会話しか交わさなくなった。
視線恐怖症と認めざるを得なくなったがどう接していいのかわからないのだろう。
毎月青葉の銀行口座に小遣いと呼ぶには多すぎる金額を振り込んでいるので養育するつもりはあるらしい。
高校3年生に上がる頃、花音が通信制の高校に転校したと人伝に聞いた。その頃青葉も学校へはほとんど通えなくなっていたので試験だけを受けに人目を避けて通学している状態だった。
花音も青葉から最後に「ごめん」と一言メッセージを送ったことで何かを察したのだろう。メッセージはパタリと途絶えていた。
『やることもないなら大学には行きなさい。ここの大学に受かったら下宿費用くらいは出してやる』
父からメッセージアプリ経由でそう言われ家から出る口実を作るため青葉は難関の部類に入る大学受験をすることになった。
父の指定した大学より上のランクを狙えば口出しはしないだろう。
そんな打算も込みで挑んだ大学の合格通知をもらった頃、花音は歌手「カノン」として華々しくデビューを果たした。
「そっか……すごいなぁ……花音は」
動画投稿サイトでは無名の歌手にも関わらず大きな注目を集めており、コメント欄には海外からも歌唱力を絶賛するコメントが並んでいた。
良いプロデューサーがついたのだろう。現代にしては珍しいプライベートを一切さらさずメディアへの露出も最低限にした売り方が逆に興味を引き「カノン」という歌手への好奇心を掻き立てていた。
カノンの容姿も相まってミステリアスな魅力と高い歌唱力は瞬く間に注目の的となったのだ。
「遠くの人みたい……」
主題歌を歌ったドラマの特集記事はドラマの内容よりカノンの歌について語る割合が多く、ドラマの内容にあわせて書き下ろした歌詞とカノンの表現力をこれでもかと褒めちぎっていた。
掲載された数枚の写真に写るカノンは青葉のよく知る花音なのに知らない人みたいだった。
おもむろに動画サイトに掲載されたドラマ主題歌を再生した。
正直、自分の知らない花音の歌を聞くのは怖かった。
しかし偶然にもその日は青葉が実家を出て大学近くのアパートに引っ越した初日だった。
3年に上がるときキャンパスが変わるからまた引っ越しはするが2年は住む予定の新天地で青葉は少しだけ浮き足立っていた。
指先は再生ボタンを自然に押した。
イントロとほぼ変わらないタイミングで歌声が流れ出す。
「違う……これ、花音の歌じゃない……」
芽生えた感情は怒りだった。
確かにそれは花音の声で、花音本人が歌っている歌だ。
だけど、違う。
花音の歌はこんなんじゃない。
こんな孤高の女王みたいな力で凌駕し、ねじ伏せる歌は花音の歌じゃない
花音の歌は花で、太陽で、風で嵐で光。
高いところから1人で歌う歌は花音の歌じゃない。
歌を聴けば、それが花音の意志で歌っているものかどうかくらい、青葉には区別がつく。
たしかにそれは花音の意志で歌っている歌だ。
でも、違う。
「なん……で……」
自分が隣にいなかったから、とかおこがましいことは思わなかった。
それでも花音の歌はこんなんじゃないと、図々しく青葉は苛立った。
ちがう。ちがう。
花音はもっと楽しく歌う子だ。
聞いているこっちまで楽しくなる、そんな歌を歌う子なのに。なんだ、この歌は。
そんなんじゃないだろ、花音は。




