18懐古、衝動/転換点
「視線恐怖症……ですか……」
異国の言葉を聞いたような母の声をどこか他人事のように聞いていた。
医師は青葉のカルテと顔を交互にみながら哀れみを込めた目をしている。青葉が他者の視線に恐怖を覚えることをよく理解しているのだ。
「この子モデルで……表紙もやって……これからなんですよ!なんとかならないんですか!?」
なってたまるか。
泣きながら医師に訴える母はまるで自分が不治の病に冒されたような狂いっぷりをしている。壮年の男性医師は根気強くそれに頷き、それでいて今の青葉に必要なのは休息だと母を説き伏せた。
医師の行為は今の青葉にとってとてもありがたい。
なにせ青葉にはもう母を説得するとか理解を求めるとか、そういった人間同士の相互理解を深める気力すらなかったのだから。
カウンセリングルームで泣き崩れる母を青葉はどこか冷めた目でみていた。
他人事のようだ、
本当に他人事であったほうが、よほど気が楽ではあるけれど。
こうして弱冠14歳だった青葉のモデル人生は幕を閉じたのである。
雑誌の表紙をいくつも飾り単独特集を組まれ将来を嘱望された若いモデルはカメラの前にすら立てなくなった。
「あの先生はダメね、もっと優秀なお医者さんを探しましょう。大丈夫よ、ママの知り合いにそういうのに詳しい人がたくさんいるの。青葉ちゃんのそれだってちゃんとしたお医者さんにかかればよくなるわ。そしたらまたモデルに戻りましょう」
家に帰るまで一言も発しなかった母は帰宅するなり一息にそうまくしたてた。帰るまで気を抜いたら線路に飛び込むか道路に飛び出すんじゃないかと気が気でなかったが、青葉の杞憂に終わりため息がでる。
「大丈夫だから、きっとそれも治るわ」
たっぷりの哀れみを込めた顔で母は青葉を抱き寄せる。
母は青葉が視線恐怖症だなんて認めたくないのだろう。目に見えてわかるハッキリとした病なら青葉を悲劇のヒロインに仕立て上げただろうが視線恐怖症とあってはそもそも人前にすら立てない。
それなら母自身を主人公にして、『可哀想な娘を献身的に支える母』というストーリーを作れば良いのに、祖父母や父からの冷笑を受けられるのが怖いのだ。今さらまだ芸能人なんてやりたいのか、という。
「ママはね、むかしモデルか女優になりたかったの。スカウトだっていっぱい受けたわ。でも青葉ちゃんができちゃったから諦めたのよ」
だから青葉はモデルになってね。
言外にそう言われているようで、青葉自身も母の期待に応えたくて、それはそれは必死だった。
モデルをしていることで学業を疎かにすることは許さない。普段家庭に無頓着な父と、祖父母は並の結果以上の成績を青葉に求めた。
そんな期待とプレッシャーは14歳の青葉には重たすぎたのだ。
一時は外に出ることすらできなくなって家庭は揉めた。
リビングからは母の泣き叫ぶ声と父の怒鳴り声、呆れた祖父母のため息が毎夜響いてそんな惨状に耐えかね青葉は高校を都内でも有名な女子校を受験した。そこは良家の令嬢が通う偏差値上位の学校で、全員を納得させるにはこれが最善だったのだ。
そんなときに出会ったのが花音だった。
「ねぇ、あなた顔が良いじゃない。私と歌ってよ」
「は……?」
まだお互い腹の探り合いをする4月。
教室の隅で俯く青葉の真正面からソイツは堂々と言った。まるで貴族かどこぞの姫かとも言え横柄な態度に青葉は呆気に取られた。
なにより前髪を長く伸ばし高い身長を少しでも隠すため常に背筋をまるめロクに顔も見えない青葉に向かって『顔がいい』なんて言えるわけがないのに。
文句のひとつでも言ってやろうかと顔をあげた瞬間、言葉を失ったのは青葉のほうだった。
なんて綺麗な子だろう。
明らかに校則違反の明るい茶髪を緩く巻き、幼さの残る綺麗なアーモンド型の瞳が真っ直ぐにこちらを向いていた。黒目が大きく、輪郭のハッキリとした瞳が揺れ動くだけで落ち着かない気分にさせられる。
綺麗な曲線を描く輪郭に黄金比のバランスで配置された目鼻立ちはまさにお人形という表現がよく似合う。
スッと通った鼻筋や、桜色に艶めく唇は同じ高校1年生とは思えないほど大人びていた。
「今日暇?カラオケ行くよ」
行こうよ、とか、どう?みたいな誘いではなく決定事項として言われた。
教室にいた全員が青葉と花音をみている。
そのときはまだ花音がちょっとした有名な子だとは知らなかったがこれだけの可愛い子だ。ほかにも誘いを受けているだろうに何故わざわざ自分を連れていくのか青葉には見当もつかなかった。
返事もまともにできないまま半ば強引に引きずられるようにカラオケに連れていかれ、何を気に入ったのかわからないが、そのまま付き合いが続くようになったのだ。




