17認められない
「終わった!!終わった!!終わったんだよナァ!?葵に言われてたことこれで全部だよな!?」
「終わった!!終わってる!!こなした!!挨拶とかめちゃくちゃした!!表情筋死ぬ!!あとは撤収するだけ!!終わった!!」
「まーじでおつかれさん。おまえあれだけ歌ったあとなのにすげぇよ、ほんとすげぇ、マジですげぇ」
「語彙力崩壊してるし!ボカロP!!しっかりして!!」
「ハァァァ!!初ライブ!!人生の初ライブでもこんなに緊張しなかったからな、俺!!」
「私も初めて撮影したときより緊張したかもー……ハー……呼吸できてる?できてるよね?」
「これ実は夢オチとかない?青葉、俺の顔面殴ってくんない?」
「フルスイングでいい?」
「やっぱいい。頭蓋骨砕けちゃう」
「砕いた方が夢じゃないってわかるかもよ?」
「わかった瞬間俺は三途の川のほとりにいるだろうよ!」
控え室の前でドアをノックするか数秒悩む。
既に残っているのはkuzuPが久世だと知るスタッフくらいで、その大半は久世誠司という作曲家を知らない若いスタッフだ。
だからどれだけ頭の悪い会話をしていても良いのだが、隣にいるカノンの機嫌は過去、類を見ない程度に悪い。
事務所から芸人バラエティー番組へのオファーがあったときより悪い。
「なかは随分楽しそうねぇ」
「あー……まだテンション高いんだろうね……」
できれば自分もカノンのアテンドではなく久世と青葉と初ライブ成功の祝福をしたい。
なぜカノンがこれほど不機嫌なのかわからないし、わからない以上対処のしようがない。
「ねぇ」
「…………」
カノンは自分が一言発すると周囲が動くとわかっているのだ。
この不遜っぷりに久世の血を感じずにはいられない。久世が育児に関わったのは幼い頃くらいのくせに。
コンコン、とわざと大きくドアをノックすると内側から久世のヒェッという悲鳴が聞こえた。
「日向です。二人にお客さんを連れてきましたよ」
「どうぞー」
よほど青葉の方が落ち着いているではないか。とはいえ今の二人に突然カノンを会わせるのは危険だ。
「カノンさん、少し待ってて……って!カノンさん!?あぁぁぁ!!」
日向の制止を無視してカノンは控え室のドアを蹴り飛ばした。ガン!と鈍い音が響く。
カノンはたしかに不遜ではあるが、礼儀は弁えている。1ミリたりとも謙遜なんてしないが、無礼を働く子ではないのだ。それなのにこの態度は明らかにおかしい。これは不機嫌なんかじゃない。
明らかな怒りだ。
「花音……」
「久しぶり、だな……」
妖精のような少女が現れただけで、控え室の空気が変わった。浮ついたイベント終わりの雰囲気から氷をぶちこんだ冷たく張り詰めた空気に変えたのだ、カノンが。
この歌姫にはそれだけの力があるのだ。
「あの……」
「認めない」
「えっ……」
カノンは確かに認めない、と言った。
静まり返った控え室では聞き漏らすはずもない。ハッキリと静かに、それ以上に明確な怒りの発露だ。
「歌は良かった」
カノンの一言に全神経が集中するのがわかる。
彼女が何に怒り、何を思っているのか。
それがこの部屋の中心となっている。
「青葉もまた上手くなった。さすが久世さんですね、あなたの作る曲はいつだって色褪せない」
「花音……」
どこか諦めたような、全てを投げ出すような言い方だ。褒めているようでまるで褒めていない。いや、本人としては褒めている。
しかし称賛より怒りが上回っているのだろう。言葉に棘を隠して相手に突き刺すところは本当に久世とよく似ている。
しかし、久世よりも若い分、最後まで感情を隠すことはやはり不得手らしい。
「だけど……それでも私は認めない。私は私が信じた歌を否定する人を認めるわけにはいかないから!」
吐き捨てるようにそう言って、カノンは踵を返す。
久しぶりの親友との再会を喜ぶでもなく、父親と対面して戸惑うでもなく、ただ1人の歌手として怒りをぶちまけ、カノンは去って行った。
「カノン!?ちょっと待って!カノン!?」
あわてて日向が後を追いかけた。
マネージャーが関係者通路で待機しているから合流するのだろうが、カノンのプロデューサーとして追わないわけにはいかなかった。
感情を表に出さないカノンの激怒がどれほどのものなのか、それはカノン以外の誰にもわからない。




