第九話 「おかね!」
「……は?」
一瞬だった。
武器を弾かれ、振り下ろされる爪に死を悟った。
ただ、問題なのはその次だ。
気づけば、フォルスが眼前に現れ、デカ狼を溢れ出る絶望諸共真っ二つに断ち切っていた。
多くの唸り声は、あの一刀で嘘のように消え失せ、静まり返る。
今なら狼達の言葉が分かる気がする、嘘だろ……って。
状況を整理してもあの瞬間の出来事だけは、どうしても理解が及ばないんだけど。
あの瞬間見えた白銀のあれは一体……
ダメだ、理解が追いつかない。でもこれだけは言える。
「す……すげぇ」
「わはぁ! すごい!」
フォルスは地面に向かって剣を軽く一振りして血を払った後、周囲に睨みを効かせる。
雑魚狼達は危機を感じ取ったのか、散り散りに退散していく。
(俺の時は唸ったり、ウォンウォン鳴いて散々調子乗ってたくせに……なんかムカつく)
安全を確認したフォルスがこちらを振り返る。
その表情は、先ほどの困惑や焦りといった強張りは既に消えていた。どこか吹っ切れたような表情。
「な、なぁフォルス、今のめっちゃすごかったやつって」
俺がフォルスを見ると少し俯いて気まずそうにする。
何かを言い出そうとして言葉を選んでいる様子。
そして、どこか申し訳なさそうに口を開く。
「それは……俺も力を隠し通したい訳ではなかった。ただあの状況にも関わらず、私情で迷っていた。本来、戦場でこんなことがあってはならないはずだ。本当にすまない……」
め、めちゃくちゃ申し訳なさそうにしてる……
後で詰めてやろうとか思ってたけど、責めるに責めづらい……
(ルフィンとかアッシュ、なんならたまにシェークだって……反省する気ゼロの奴らしか見てこなかったからなぁ、どうすればいいか……どうすればいいんだ?)
「ま、まぁ確かに戦場でそれはよくないけどさ、次からは気を付けてくれればそれでいいから! あの時は『あ、俺死ぬ』とは思ったけど今はそんな気にしてないって。ほら、結果的に俺は生きてるんだし〜!?」
(クソッ、なんで俺がこんな下手くそなフォローしないといけないんだよ!)
「そっちじゃなくてさ、あのものすごいスピードで動くのとか、あの巨体を相手にどうやったら一刀両断できるのか俺は聞きたい」
「あ! おれもおれもー! ボス瞬殺だった! すごい!」
腕を上下にブンブン振りながら、ハイテンションかつ興味津々に目をキラキラさせたアフル。
想定外な反応だったのか、俯いていたフォルスはフッと穏やかな笑みを口元に浮かべた。
「あれは……魔力コントロールだ。気になるなら後で少し仕組みを教えよう」
魔力コントロール? 今のが……?
俺の補助的に使うやり方じゃなくて、むしろそっちがメインにすら感じるあの光が?
(魔力にはまだ上があるってことか? だとしたら、俺は……もっと強くなれる)
未知の可能性に胸を高鳴らせ、静かに拳を固く握り締めた。
「とりあえず今は解体して、素材をギルドに持っていく。今日の晩飯がかかっているんだろう?」
「あ、そうだった。俺達の依頼ってシルティオウルフの群れを討伐って話だったけどさ、デカいの倒した場合って通常個体よりも高い金額の報酬ちゃんともらえるのかな?」
「あぁ、依頼内容はシルティオウルフの群れを沈静化することが目的だ。ボスを沈めたことで被害が出なくなるのなら依頼は達成したも同然。報酬はもらえるはずだ。それもおそらくだが、高額だ」
アフルの目がぱっちり見開かれる。
「お、おかねいっぱいってこと!?」
「あぁ、そうだな」
「ごはんいっぱい食べれるってこと!?」
「そうだな」
「うふふふ、ウへへへへへ」
うわ、気持ち悪ッ! 口角の上がり具合半端ねーな。
アフルは体をプルプルと小刻みに震え始めたかと思えば、両膝から地面に崩れ落ちる。
その表情は大満足だったと物語っている。
「お腹、いっぱい……!」
「え? いや、何言ってんのお前?」
突然つぶやいた言葉の意味が理解できないんだけど。
でもなんかさっき見たようなそうじゃないような?
昼間のことを思い出す。
あの満足そうな顔は昼間見た食後の表情と同じだった。
「いや、まさか、想像だけで飯食ったのか……? こいつ、めちゃくちゃバカだろ! なんてアホなんだ……」
「はぁ……お前ら、バカなことやってないで一緒に解体を手伝ってくれ。早く帰って夕食を食べたいんだろう?」
一足先に解体作業を行なっていたフォルスが、くだらないやり取りに見かねてため息を漏らす。
「っておい、ちょっと待て! バカなことしてるのはどう見てもこいつだけだろ! 俺とこいつを一緒にするんじゃねーよ!」
「わかった、わかったから早く手伝ってくれ」
「絶対わかってないやつの言い方してるじゃん。もうこれ以上一緒にされたくないから手伝うけど……」
素直に解体に加わろうと一歩を踏み出すと、後ろからバタっと倒れ込む音が聞こえた。
振り返るとアフルは仰向けになって、大の字で地面に寝転んでいた。
何事かと思った俺とフォルスは静かに見つめる。
「お腹が減って力がでなーい!」
「ふざけるな」
「ふざけんな」
「ふぁい……」
アフルはシュンとしながら起き上がると、トボトボと歩いて解体に加わる。
死にかけたり、危なっかしい戦いをしながらも、なんとか勝利を掴み取った3人は解体を済ませ、デパルへと無事に帰還する。
報酬を受け取りにギルドに立ち寄る。
ギルドの換金所。
解体したシルティオウルフ達の素材を見せた。
査定するおっさんは、くまなく素材に見入る。
「こ、これは……!? お前さんら、この大きな素材は……こいつは一体どこで見かけた?」
「この街近辺にある森だよ、名前なんつったかな?」
「とにかく森! ねぇおじちゃん! 早く、早く! おかね、おかね!」
アフルは台に両手をついて、興奮気味にピョンピョン飛び跳ねる。
「お、おう坊主……お金への執着がちとばかし、早すぎやしないか……?」
その年でもうお金に囚われているのかと思われてるアフルはおっさんに軽く引かれていた。
「こいつただ腹減ってるだけだからほっといていいよ。そんで、デカいシルティオウルフってやっぱ珍しい?」
「そりゃー、珍しいも何もこいつは今まで未発見だ」
ギルドの受付。
受注板の返還と査定票を提示する。
受付のお姉さんは査定票を大きく二度見した。
「査定票並びに受注板……確認しました。ち、ちなみに巨大なシルティオウルフの素材って」
「事実だ、確認したければ隣部屋の換金所へ確認しにいけばいい」
「そう……ですよね、ごめんなさい」
フォルスに淡々と言われるお姉さん。
くそデカシルティオウルフなんて聞いたことないと信じられない様子で呆然としていた。
「それでは、あなたたちには今ここで『信用の証』を発行する権利が与えられますが……」
メダル懐かしいな、今は持ってないんだった。家にまだあった気がする。
「必要ない、報酬金だけで十分だ」
「おかね! おかーー」
◇◇◇◇◇
木の扉を開けて質素な室内に足を踏み入れる。
生活に必要最低限の物だけが置いてある空間。
宿屋の一室にある簡素なベッドに深く腰掛ける。
高額の報酬金をもらい、アルノ、アフルと夕食を食べた。
やけに肉料理が多かった気はするが。
誰かと食事をするのは久しぶりだった。
それから宿屋でそれぞれの部屋を借りて今に至る。
一息ついて、今日1日を振り返る。
俺の過去となる2人。
夢か現実か。
謎の声。
どれを取っても理解できないものばかり。
世の道理から外れてしまった、まさに夢のようだ。
そして俺は、その夢に干渉してしまった。
もう戻れはしない。
この手に触れてしまった以上、この先は何があっても現実となる。
(夢か現実か、はたまた地獄のような悪夢か……)
背中からベッドに倒れ込み、仰向けになった。
想像のつかない重さに、思わずため息を吐き出す。
昼の聞き込みで情報共有しなかった事実。
大陸歴991年ーー時間軸は俺の時代。
2人が過去から現代にいるということだ。
それが何を意味するか、彼らはまだ知らない。
失った物とそれに伴う深い傷。
2人はいずれ知り、背負うことになる。
(その時俺はどうすればいいんだ……わからない)
彼らに決断を委ねるしかないのか?
いや、俺が決断をする理由はどこにもない。
失わないように最善を尽くすだけだ。
疲れきった思考をプツンと切り落とし、微睡に沈む。




