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アルノス・トリニティ ーId:Venisー  作者: もふもふラリアット


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第八話 「光への兆し」


 この夢のような世界で、初めての戦いが始まる。

 短刀を構えてアルノ、アフルと共に戦わなければならない。


 しかし、体が思うように動かなかった。

 敵に持っていた短刀を叩き落とされ、実感する。


 俺は戦えないーー


 そして、知らず知らずのうちに、恐怖していた。


 夢ならば、過去の自分が希望に向かって突き進む姿を、ただ漠然とそばで見続けられる。

 そんな愚鈍で甘い考えは、すぐに打ち砕かれた。


 想像していた2人が道を切り開いて、進み続ける爽快な夢ではなかった。

 もがき、疲弊し、下手を打てば死にかねない、かつての俺と同じ状況に陥っていく。


(これは現実ではない……夢なんだ。俺はあの2人の自分を見てるだけでいい……)


 アフルの魔力は限界が近く、アルノは1人で敵に立ち向かう。

 2人の喉元に死の手がかかるところを、ただ黙って見ていることしかできない。


 背中からじんわりとした冷や汗が滲み出る。


 ーーガキィィィン!


 鋭い金属音が鳴った。

 気づけば過去の自分、アルノが俺に振るわれた巨獣の爪を剣で防いだ。

 

(夢……なのに、また俺は守られたのか……?)


「なぜだ……アルノ。俺は、何も……」


「さぁな、言いたいことはあるよ。ただ名残ってやつを捨てきれなかっただけだ」


 胸を貫かれたような感覚を覚える。

 ただ、それは苦痛や不快を覚えるようなものではないと理解できた。

 むしろ、心にゆっくりと沁み込み、馴染んでいく。


 名残ーー


 かつて、共に旅をしていた仲間。シェーク、アッシュ、ルフィンとの絆とも呼べるもの。

 助け合い、笑い合い、感情をぶつけ合った仲間達との間に出来た繋がりだった。


 その仲間という繋がりを覚えていたアルノは名残から今、仲間である俺を守りに来たというのか。


 守る……か。


 それでも揺らぐことはない。

 そんなことに意味はない。


 俺は知っている。

 例え、守っても、守られても、その先で失わないとは限らない。助けることに何の意味もない。

『無力』なんだ。


 アフルが袖をギュッと掴んでくる。


「フォルス……アルノがこのままじゃ負けちゃう、助けて」


「……」


「なんで……? どうして、なんでなにも言ってくれないの!」


 悲痛な声に、耳を傾ける心の余裕がなかった。

 やり場のない暗い本音を、心の内で吐露する。


 仲間を守りたかった、それでも失った。

 失った俺という存在に、もはや意味がないんだ。

 

(だからせめて、全てを失う前に、この夢だけは見させてくれ……)


 俺が大きく干渉すれば、その夢はいつか決壊するかもしれない。

 だが、今2人が置かれているのは、最も危惧している死して失うかもしれないという局面そのもの。


 ーー魔力の揺らぎ、突風。


 信念のような圧が風に乗り、一帯に吹き荒れる。

 風の魔術はあの巨体を持つ獣から放たれていた。


 一騎討ちで1番近くにいたアルノの体勢が崩れる。

 風を持つ狼、風狼は無慈悲に爪を振り下ろす。


 遅れてアルノが剣を振るう。

 金属同士の衝突、耳を劈く甲高い音が響く。

 力及ばず手に握られたアルノの剣は右斜め後方、俺の数歩先へ、カランと転がっていった。

 

「痛ッ……あ……」


 抵抗できるものは何もない。

 もうじき、迫り来るであろう死。

 アルノは絶望に飲まれかけ、ただ立ち尽くす。


「……!?」


 冷酷な死の爪は殺意を抱く感情と共に振り上げられる。


 一体どうすればよかった。

 夢を見ても失う、現実を見ても失う。


 ただ俺とは違う、彼らの行き先を見てみたかった。

 

(そんな独りよがりの夢に縋り、こんな残酷な終わりを見せられるとは……)


 探していたものを忘れ、それを取り戻すことから目を背けて、夢に浸った俺への罰なのだろうか。


 そんなくだらないことを考えている間に、夢物語は終焉を迎えようとしていた。


 奥底、何かが溢れる。


(やめろ、もうやめてくれ……)


 これ以上何かを失うのならこの人生には一体何が残るっていうんだ……もう少し、夢くらい見させてくれ……


 死が近づくアルノの横顔をただ眺めながら、無力に手を伸ばす。


 終わる。


 希望のような夢が終わりを告げる。

 過去と同じ絶望が視界を埋め尽くす。


 恐怖は諦めに変わっていく。

 今、この体を縛りつけるのは底なしの無力感。

 焦りも体を動かそうとする意志すらない。

 後は全てが終わるのをただ目を閉じて待つのみ。


 もう、俺の全てが無意味だったんだな。

 やっと終われる。


(俺の人生ってなんだったんだ……)


『ーーアルならきっと、前に進み続けられるって、私は信じてるよ』


「……ッ!?」


 雑音、いつの記憶かもわからない女性の声。

 心の奥が、ドクリと脈打つ不思議な感覚。


 無意識に袖を掴んでいたアフルの手を振り解く。

 何かに突き動かされ、右足が一歩前に出ていた。


 踏み出した1歩を止めずに1歩、また1歩と踏み出しては、力強く地面を蹴り上げる。


 なぜかはわからない、ただ懐かしく感じた。

 それでも、たったそれだけのことでも、暗闇に沈んでいく死にかけの心が温かな光に包まれ、闇が晴れていく。


 なぜ俺は今抗おうとしている……?

 失うのが怖いんじゃないのか……これが甘い夢ですらないことはわかっているはずだ。


(自分でも、もう何が何だかわからない)


 それでも聞こえたあの声と言葉が心に火を灯す。

 進めという意志に意味もなく従う。


 もうどうでもいいーー


 夢とか現実とか関係ない。

 失いたくないと、心が呻きを上げる。


 戦闘が始まってから、全く動かなかったはずの体から今、枷が外れる。

 体が自由自在に動くことを理解した。


 数歩先に辿り着いたのは地に落ちた1本の剣。

 弾かれた剣を拾い上げる。


 俺の意志、本能が熱を帯びた白銀の魔力へと変わり、浮かび上がる。

 魔力を全身、そして剣に、練り込むように張り巡らせ、柄を右手で握り締める。


(どうせ失うのなら、1秒でも長くこの夢を見続けてやる)


 過去の無意味だと思っていた戦いから得たこの戦闘技術が今、初めて意味を持ち始めた気がした。

 『アルノ・ヴェニス』の赴くままに。


 彼らを死なせたくない。


 今、目の前で潰えようとする希望に手を差し伸ばす。


 強大な敵を見据え、再び足に力を入れて一歩。

 爆ぜる、地を抉る跳躍。


 風や重力、物理法則のあらゆる障壁を超越して前へ突き進むーー


 刹那、体は既に風狼の眼前へと至っていた。

 両腕は頭上へ、天を指し示す剣を握る。

 そして白銀の重厚な魔力を纏う切先が、天から地へと暗闇を斬り開く。


 一閃絶断。


 光を放つーー


 爪が振り下ろされる次の瞬間。

 魔力を解放した一刀は、その場にいた誰よりも早く、風狼を脳天から一刀両断していた。


 崩れ落ちる真っ二つとなった亡骸の隙間から『アルノ・ヴェニス』の瞳に陽の光が差し込む。


 その光はまるで、絶望という暗闇を彷徨い、やっとの思いで見つけたーー微かな希望のようだった。


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