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アルノス・トリニティ ーId:Venisー  作者: もふもふラリアット


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第五話 「眠り」2


『アルノ・ヴェニス』


 それは唯一、俺を俺たらしめる名のはずだった。

 なのに、たった今、耳を疑うような信じられないことを言い出す子供がいた。


「何なんだよ……お前」


 全くもって見覚えのない場所で3人が目覚めて、そんで今度は名前が同じだって? 


(ふざけんなよ……何の冗談だ)


 それだけじゃない。

 この子供が着ているローブ、ズボン、ブーツ、デザイン、何に至るまで昔俺が着ていたものだ。


 一瞬、子供が昔の俺と重なって見えると同時、鼓動が上がるーー嫌な動悸が震える手先に警鐘を鳴らす。

 違和感に思考が埋めつくされ、考えることすら出来ず、街の喧騒だけが耳奥に騒がしく響いていた。


「お前……誰だ?」


 振り絞ってやっと出た言葉だった。

 子供はごくりと唾を飲み込み、後退る。


「お、おれはおれだ!」


 昔の自分と全く同じ服装をして騒ぎ立てる別人に歩み寄り、胸ぐらへと手を伸ばして掴みかかる。


「わ、わぁ! やめぇー! なにするの! 離せー!」


「なぁ、何なんだよ……何か知ってるなら教えてくれ。何で俺が昔着てた服を、お前が着てんだ?」


「はなせ! おれなにも知らない! はなせったらはなせ!」


 子供はジタバタと暴れ、胸ぐらを掴んだ俺の両腕をペシペシ叩く。

 違和感がギチギチに詰まった脳内。

 その中でふと、親しい人物の記憶が吐き出される。


(彼女は、フィアネは大丈夫なのか……?)

 

「答えろ、何で俺はあんな場所でお前と目覚めた? フィアネはどうした? 何でお前がアルノ・ヴェニスを名乗るんだよ……!」


「うぅ……知らない、ほんとに知らないったら知らない!」


「いい加減に……」


 その時、胸ぐらを掴んだ俺の手を、男に上からがっしりと掴まれた。

 その手のひらは硬く、見た目とは裏腹にゴツゴツと硬い皮膚の感覚が俺の手に伝わる。


「……落ち着け、いい加減にするのはお前だ」


「だってこいつ、昔の俺と共通点が多いし、明らかにおかしいんだよ」


「多くない!」


「なら、あの場でお前達と一緒に目覚めた俺はどうだ? お前達から見て、共通するところはあるか?」


「ない!」


 男を上から下、隅々まで見渡しても服装など全く共通点が見当たらない。


「た、確かに見た目は全く共通するとこないけど……」


「そこの子供が着ている魔術師ローブなども、王都やその他の主要都市で簡単に手に入る。似たような服装になることもあるはずだ」


「それは、そうかもだけど、名前だって……」


「お前達はアルノ・ヴェニスという名だったな。だが、俺の名は『フォルス』だ」


「フォルス……?」


「あの場所で、目覚めたという謎はお前だけでなく、俺もそこの子供ですらわからない。それを余計な勘繰りだけで疑うのは早計じゃないか?」


 子供への違和感は拭えないものの、確かにフォルスという存在は共通点も疑う要素もなく、全く関係ない人物だった。


「何よりも、アルノという同じ名でありながら、お前達は顔や髪色が全く違う。同名の赤の他人ということだってあるだろう」


(早計……だった……か)


 膨張した違和感は空気が抜けるみたいに、脳内から一気に排出されていく。

 握力が弱まり、子供の胸ぐらを掴む手が力無く離れる。


「はぁ、確かにあんたの言う通りだよ。その、悪かったな。ガキ……」


 子供は俺の手から解放されると、男の背後に隠れた。

 横から顔を出し、全く威嚇にすらならない双眸で睨みつけてくる。


「フンだ! このニセモノめ! おれの名前マネしたこと謝れ!」


「……いらない注目を集めたようだ。さっさとギルドへ向かおう」


 気付けば俺の声が、周りにいる人達の注目を集めていたようだ。

 さすがに子供の胸ぐらを掴んだのはまずかったのか、皆一様に俺達へ冷ややかな視線を向けてヒソヒソと何かを話していた。


「はあ……そうだな、早くここから離れよう。早く飯食べたいし」


 ギルドへの歩みを再び進めた俺達は、思い出したように前の話題に戻る。


「……そう言えばだけど、あんたのことはフォルスって呼べばいいのか?」


「それで構わない。俺もお前のことはさっき言っていたアルノと呼ばせてもらう」


「わかった。そんじゃ次はお前だなガキ、お前のことは何て呼べばいいんだ?」


「そんなに自分の名前が好きなら、おれはアルノじゃなくていいもん! おれの方がお・と・な! だからね!」


(こいつ……フォルスが味方になったからってさらに態度デカくなってやがる……)


「なぁ、こいつやっぱり殴り倒していいか?」


「やめておけ。それよりもだ、この子供の名前はあだ名になるが、『アフル』というのはどうだ?」


「おぉ、それいいかもな。アフル……字面だけならアルノっぽさもあるし」


 ぐぅーー


 さっきの変なやり取りで待ちくたびれたのか、腹の音で空腹を訴えかけてくるアフル。


「ねぇねぇ、お腹すいた。もうそんなのどーでもいいから早くお肉食べたい」


「おい、嘘だろ? さっきまで名前で抗議してたやつが言う台詞じゃねーだろ……こいつの中じゃ自分の名前ですら飯に負けるのかよ」


 こうして俺、フォルス、アフルの奇妙な巡り合わせの下に、集った3人はギルドへの道を辿った。


◇◇◇◇◇


 ギルドへ歩く2人の背中を見つめながら、男ーーフォルスは内心で激しく動揺していた。


 俺は……何をしているんだ……


「ーーッ!?」


 突然のことに理解が追いつかなかった。

 見覚えのない草原で目が覚めると、そこには知らない2人がいた。

 

 1人目は茶色の髪をした赤い魔術師ローブを身に纏う幼さのある子供。

 2人目は赤茶髪、子供よりは体格が大きく、深緑のマントを羽織った冒険者のような風貌をした少年。


 赤茶髪の少年に起こされ、状況を確認するも得られた情報は見知らぬ場所と人だけで何もわからない。


「これはどういう状況だ?」


 不可解すぎるこの状況に、思わずそう尋ねてしまった。

 彼らと話をしているこの状況が夢なのか。

 はたまた別の何かによる物なのかはわからない。


 会話は進み、すぐに2人への違和感を覚える。

 2人とも髪が赤色でなかったり、顔が違うものの、服装や態度、話し方、背格好が当時の俺、『アルノ・ヴェニス』にそっくりだった。


「そういえば、あんたらの名前聞いてなかったよな。俺はアルノ・ヴェニスだ。アルノって呼んでくれ」


「ちがーう! なんでおれの名前全部知ってるんだ! この偽物め!」


 その違和感も確信へと変わる。


 それでも、過去の懐かしい自分を目の前にすると驚愕や困惑でもなく、不思議にも安らぎのような安堵が心に染み渡る。


(俺も昔はあんな感じだった……か)


 この数年間を振り返る。


 俺は……何度も戦場に立った。

 シェーク、アッシュ、そしてルフィンが死んだ後も戦場に立ち続けた。


 光はとうに潰え、モノクロに映る視界にはーー焦点も合わず、虚空を見つめる死体の数々。


 どこを見ても人とモンスターの死体、死体、死体、死体、死体……寒い。

 俺の呼吸は、酷く冷たかった。

 体温すらも、地に転がった使い手を失った剣と同じ、熱を感じない。


 その剣を拾い上げる。


 戦場には未だ怒号、呻き、悲鳴の混沌とした喧騒が響く。


 自我を喪失した人間とモンスターが絶え間なく俺に迫る。

 司祭の力はモンスターだけでなく、いつしか人間にすら、影響を及ぼすようになっていたからだ。


 それは、まさに地獄だった。


 人を斬った。モンスターを斬った。死なないために、生きるために、生へと惨めったらしく縋りながらも、その一振りに己の命を懸けて眼前の敵を斬った。

 全てはあの司祭を殺すためだけに。


 だから俺はーー

 

「それは、そうかもだけど、名前だって……」


「お前達はアルノ・ヴェニスという名だったな。だが、俺の名は『フォルス』だ」


 過去の自分達に偽名を使う。

 彼らには俺のことを知ってほしくない。

 彼らは、これまでの空虚な戦いを知るべきではない。

 そう思った。


 知られてしまえば、俺の存在はきっと彼らが歩む人生の妨げになってしまうかもしれない。

 そうなった時の彼らの表情は想像すらしたくなかった。


 それでも……このまま彼らに俺のことが知られないのなら。

 少し、ほんの少しだけでも、まだ何も知らない彼らの行き先を見たいと思ってしまった。


 俺はその微かな衝動に身を委ね、彼らと共に行動する。

 まるで『夢のような』感覚から醒めないように。


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