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アルノス・トリニティ ーId:Venisー  作者: もふもふラリアット


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第十二話 「黒の襲撃」


 血の匂いが鼻腔を通り抜ける。

 一面の血溜まりと血に沈む死骸。


 さらにその奥ーー


 形容し難い耳障りな不快音を響かせる咀嚼。

 2mほどの巨躯を持つ猪。

 2本の反り返った太い牙は、血を浴びている。


 真っ赤に染まった顔面が俺達を覗く。

 

「うぅ、フォルス……」


 アフルには応えたようだ。

 何も言わずにアフルを右肩に担ぐ。

 同じく表情がすぐれないアルノが口を開く。


「フォルス……? バカ担いでどうすんだ? あのクソ猪やる気満々みたいだけど」


「逃げるぞ、場所を変える」


 こんなところで2人を戦わせたくない。


「ブモォォォォォッ!!!!!」


 ーー轟進。


 山そのものが動くかのように巨体が迫る。


「横に避けろッ!」


 叫ぶ、アフルを担いだまま左へ跳躍。

 右へ避けたアルノに視線を向けると、その間ーー視界を遮って巨体が駆け抜けていく。


「フォルス! こっちだ!」


 アルノが指差した先、密集する木々。

 俺とアルノは木々へと走り出す。

 ぬめりと水分を含んだ土を足裏に感じながら。


 急減速した巨大な猪が切り返す。

 そして急加速。


「わ! わぁ! き、来てる!」


 肩に担がれたアフルが、迫り来る背後を見て声を震わせて叫ぶ。

 猪は俺達の背中を踏み潰す勢いで逼迫。


(間に合う……)


 間一髪、木々の間に体をねじ込む。


 直後、乾いた破裂音。

 幹が歪み、木は振動で大きく揺れる。

 巨体は怯むことなく、頭を木の横へずらし、鋭い眼光が3人を映して低く唸りを上げる。


「アルノ、このまま進むぞ」


「お、おう……」


 俺達は足を止めず、木々を縫って奥へ抜けた。

 視界には草木があまり生えていない裸地が広がる。


「はぁ、危なかった……完全に出会うタイミング間違えてたよな、俺ら。嫌なもん見ちゃったよ」


「あれはフォドルボアか。元々、気性が荒いとは聞いていたが、少し不可解なところがある」


 担いだアフルをゆっくり地面に下ろした。


「うぅ……かっていか?」


「活性化な。それよりもお前は大丈夫なのかよ?」


「2人とも少し顔色が悪いようだな、1度帰ることも視野に入れておこう」


 アフルは茶髪を揺らしながら首をブンブン横に振ると、両手でペタリと両目を隠した。


「少し目つぶったりしたから大丈夫……あんま見てない、ギリギリセーフ」


「何がギリギリセーフだよ。ダメそうなら早めに言えよ? それでフォルス、不可解なところって?」


「やつが木に頭から衝突した直後に怯みもなく、俺達を睨んできただろう?」


「た、確かに、頭が相当硬いってことか?」


「それもそうだ……」


(なぜ怯まなかった? 猪、いや、フォドルボアだからなのか?)


「俺の思い過ごしならいい。だが、いくら硬くても頭に衝撃が伝わっているのなら、少しでも動きを止めるはずだ」


「なぁ、もしかすれば、本当に活性化ってこと……なのか?」


「わからない。あくまで勘でしかーー来る」


 獣の殺意。

 俺達を辿るように道をかき分けてきた血塗れの猪。

 さっきのフォドルボアだ。


「ほ、ほんとに来やがった……」


「ここでやるぞ」


 短刀を引き抜く。

 結局、活性化だろうが、なんだろうが気にすることはなかった、邪魔なら。

 今……ここで殺す。


(次はもう、動けなくなりはしない)


 殺意には殺意を。

 その心中で1歩を踏み出そうとした時。

 目の前を横から出た剣が阻む。


「何のつもりだ、アルノ」


「頼むフォルス、こいつを俺にやらせてくれ」


 自身の殺意で忘れていた。

 過去の俺は強くなることに執着していたことを。

 そのためなら、無茶すらしかけていたことを。


「あいつに俺が勝ちたい」


「おれもやる! 魔術まだ撃ってない!」


 駄目だ。


 出かけた言葉を喉奥に押し戻す。

 俺には、こいつらを否定することが出来ない。


 過去の自分を否定することなんて出来る訳がなかった。


「本当に危険な時は、俺が叩き斬る」


 過去の俺はそれが嬉しかったのか、軽く笑みを浮かべて見せた。


「あぁ……ありがとな、フォルス。お前も体調悪いなら休んでろよ、アフル」


「やだ! おれもやるったらやる!」


 アフルは錆1つない真新しい光を放つ杖を掲げ、アルノは俺に茶色のリュックを託して前に出る。


 2人と1体の対峙。


 ズン! と獣が重く地を鳴らす。

 蹴り上げと共に戦いの火蓋が切られた。

 鈍重な突進が猛威を振るう。


「アフル、避けろ!」


 アルノ、アフルは左右に大きく踏み切り、猪の進行方向から逸れ、間を巨体が駆け抜ける。


 急減速。

 さっきと同じ、ターン。

 その瞬間、絶好の的だ。


 ーー火塊が揺れる。


「ファイアショットォ!!」


 アフルの杖から放たれる火の初級魔術。

 真っ直ぐ、一直線に飛ぶ。

 その矛先は猪。


 一瞬、フォドルボアの目が大きく見開かれる。


 着弾。

 火塊が爆ぜ、体毛を焼く。

 ゆらりとその巨体が傾いた。


 ズシン……と呆気なく倒れ込む。

 違和感ーー体を焼く火を受けてなお、不気味なほどに反応が薄い。


(あれは……魔術が効いていない)


「まだだ!」


 倒れた猪にすかさず、肉薄するアルノ。

 剣には半透明の魔力を纏い、振り上げる。


 ーー腹部に渾身の一撃が叩き込まれた。


「な……剣が、通らねぇ」


 傷1つ、つくことすらなかった。

 アルノの言葉を失った表情。

 直後、巨体は地を転げ回る。


「クッ……!」


 アルノは狙いの定まらない的への攻撃を断念し、後方へ下がる。

 ゴロゴロと地を平らにするかの如く、転がり続ける猪。火は煙となって鎮火された。

 そしてピタリと動きを止める。


 ーーのそり。


 巨体には似合わない不気味なほどゆっくり、静かに起き上がる猪。

 眼光の内側には殺意を漲らせたまま。

 

「ね、ねぇ、アルノ……この猪、おれの魔術が」

「あぁ、このクソ猪、俺達の攻撃が効いてない……」


 2人とも苦戦しているようだ。

 俺が手を貸すべきか……


(いや、まだ突破口はある)


「アフル、来るぞ!」


「お、おす!」


 再び、猪の地響きのような踏み出し。

 爆発的なまでの加速。

 肉壁の大弾が空気を突き破る。


 獣の視線は1人に絞られた。

 アフルだ。


「避けろアフル!」


 アルノが叫ぶ。

 アフルは恐怖の入り混じった表情。

 しかし、ムッと覚悟を決め、左へ走り込む。


「あのバカ! 走り出すのが早すぎだ! これじゃ追従されるぞッ!」


 猪は横へ避ける対象(アフル)から目を離さない。

 俺は短刀を引き抜き、構えを取る。

 アフルは走りながら猪をチラリと振り返る。


「こ、こっち来てる!」


 迫る圧に恐怖しながらも思いっきり真横へ飛び込む。

 

「うぅ、ひぃやぁ!」


 至近距離。

 間一髪を凌ぎ、巨体が通り過ぎた。

 遅れてドサッと地面に落ちる。


 もう少し遅ければ完全に俺は動かざるを得なかった。

 そうならなかったことに思わずため息が漏れる。

 

「こ、このぉ〜! デカ猪め!」


 ガバっと起き上がり、プンプンと怒りを見せる。

 怒りに連動し、杖が光を放つ。

 熱で大気が歪み始める。


「お、おま……怖かったからってムキになってんじゃねーッ!」


「こわくない! ないったらないッ!」


 恐怖を脱してハラハラの次は怒りが込み上げてきたといったところなのだろう。

 ただ、あれは火の中級魔術。

 過去の俺が唯一扱えた最大火力の炎。


 減速し、動きを止める猪。

 その背後、空気の振動。

 渦巻き、燃えたぎる炎が形を成す。


「フレイム・ボルテクス!!」


 炎渦が巨体を飲み込む。

 炙り尽くすような凄まじい熱波が届く。

 じりじりと肌を焼き付けた。


「あいつ……! あの魔術まで……」


 アルノの目は見開いていた。

 

 ーー決壊。


 巨体を覆った炎渦は制御を失う。

 火の粉となって霧散していく。

 

(やはり未完……だったか)


「あ、れ……おれの魔術が」


 たった1発、魔術の失敗。

 それだけでもアフルの心を沈めるには容易だった。

 再び眼光は、幼き魔術師を射抜く。


「こっち向けッ!」


 アルノの注意を逸らすように石を投擲、猪の顔面を捉える。

 だが、全く効かず、それも意味をなさない。

 巨体が見据えるのはただ、一点のみ。


「クソッ、早くも攻撃手段がない……!」


 地鳴りを起こす猛追。

 弾丸の如く、一直線。


 取り乱すアフル。

 無力を悟るアルノ。

 殺意の抑止を振り切る猪。


 獣と幼き子供、眼光と目の間に映る景色。

 ほんの僅かに出来た狭間。


 超越。


 音、重力、刹那を置き去りにして、身体はそこへ至る。

 

 駆ける銀閃、魔力の重圧が一帯を支配した。

 一点、迷いはない。


 白銀の右脚を振り抜くーー


 猪の牙をへし折り、顔面へとめり込んだ。

 

 軽石を思いっきり蹴り飛ばす。

 その感覚と同様、そこにいた巨体が姿を消した。


 衝撃、遠くにある岩の崩落と共に、獣は沈む。

 遅れて全てが動き出す。

 土煙が舞い、へし折られた牙の破片が地面に突き刺さった。

 

 辺りは静寂に満ちる。

 アルノ、アフルは何も言わなかった。

 2人は俯き、どこか悔しさを滲ませる。

 

「おそらくだが、あの猪はまだ死んでいない。気絶しているだけだ、その間にトドメを刺して今日はーー」

 

「あっははハー!!? すごいじゃーン、君何モノ〜?」


 声を遮る唐突な第四者。

 俺を含めた3人の視線が同時に第四者へと向く。

 深くフードを被り、全身を黒のローブで覆った得体の知れない人物が木々の間から姿を現す。


「……何の用だ」


「ん〜、少しだけネッ!」


 瞬足、眼前。

 悟る、アルノとアフルでは追いつけないと。


 手品と見紛うほどの一瞬で、いつの間にか持っていた二丁の短い鎌が振るわれる。


 刃先が俺の頸動脈へ、そっと迫っていた。


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